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ご都合主義探偵 権三郎  作者: TT93
第五章
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第五章 1-4

第五章 1


 アジトの制圧を一通り終えると、権三郎はひとまずメデューサに報告を入れた。

「メデューサ、構成員は全員無力化したぞ」

『流石ですね。お疲れ様です、エスイチゴウ』

 メデューサに労いの言葉をかけられる。その声には多分に安堵の響きが混じっていた。

『今回はかなり追い詰められましたね。こめかみの傷は大丈夫ですか?』

「まぁ今回は人数も多かったしな。流石の俺も少し疲れた」

 権三郎が苦笑混じりに零す。

『あの増員は想定外でしたしね』

「素人に毛が生えたような連中だったが、なにぶん頭数が多かったからな。ホークアイを待機させといて正解だったぜ」

『それで、傷のほうは?』

「おおすまん、それな。もうすっかり塞がったぜ。さすが機構謹製の傷薬は効きめが違うな」

『それなら一安心です』

 権三郎はだいぶ暗くなった周辺を見回しながらメデューサに尋ねる。

「ところで、今何時だ?」

『18時20分です』

「チッ、予定を多少オーバーしちまったな。ボスの奴が悪足掻きしやがったもんでよ」

『そちらはもうかなり暗いのでは?』

「だいぶな。こっちはもう日も沈んで、森に囲まれてるは照明も無いわで、そろそろ夜といった感じさ。ギリギリセーフだったぜ」

『この後は尋問を?』

「ああ。だがその前に拘束作業を一通り済ませんとな。照明はオクトパスのライトがあるから問題ない。ま、さっさと済ませるさ」

『私は待機で問題ないですか?』

「うむ。拘束に多少時間が掛かるだろうから待っててくれ。その後は密猟班の尋問タイムだ。肝になるのはAとD。Aからは本部の所在地を吐かせる。Dに関しては、本人の口からヒグマ脱走の経緯を詳細に聞き出してやるつもりだ。加えて、処分したヒグマをどう遺棄したかも問い詰める」

 メデューサが少し間を置いて答える。

『我々の業務は、依頼人の利益を守ることですからね。エスイチゴウにとって最重要なのは、鳩森郁美氏への補償の件でしょうか』

「当然だ。前にも言ったが、密輸団を潰すのは本来俺達の仕事じゃない。やるべきは、コイツらがやらかした業務上過失傷害と証拠隠滅の罪を白日の元に晒して、補償金・慰謝料の類をガッポリせしめることさ」

 権三郎が力強く宣言した。

『組織の撲滅はオマケ、と仰ってましたよね 

 メデューサが悪戯っぽい調子で言う。

「そうさ。だが探偵という仕事の性質上、刑事事件絡みでは警察を始めとした行政機関との連携は不可欠だ。依頼人に利益を齎す為にはそれしかない。それに、ソータの奴にもご褒美をやらんとだしな」

 権三郎が笑いながら言う。

『協力者1号の彼ですね』

「うむ。ぶっちゃけアイツの存在を抜きにして刑事事件とは関われん。せいぜい今回も華々しくヒーロー役を演じてもらうとするぜ」

『協力者1号は、それを余り歓迎してないようだと伺ってますが?』

 権三郎が若干苦い表情になる。

「そりゃまあ、いち刑事が俺の身代わり役を務めるというのはかなり無理があるからな。アイツも周囲の目を欺くのに毎回苦労してるだろう。特に今回は相当無理があるな」

『それでしたら、エスイチゴウも警察関係の協力者をもっと増やす方向で考えてみると良いのでは?』

 権三郎の表情が苦味を増した。

「そこは数の問題じゃないんだよ。大事なのは信頼の深さだ」

『数より質の問題だと』

「そうだ。とはいえこの規模の案件にも関わるとなると、やはりソータ一本のパイプじゃそろそろ限界かもな……」

『正直、苦しいかと私も思います』

「だが、やっぱりそこは厳選だ。簡単にゃ妥協できん」

 権三郎は苦渋を滲ませつつ言い切る。

『他地域の超探偵達は、警察の協力者を概ね3人は揃えてるようですよ。私の仲間から伝え聞いた話ですけどね』

「たしかにそのくらいは欲しいとこだがな。他の連中はどうやってパイプを作ってるのやら。しかし、コンピュータにも横の繋がりがあるんだな。初めて知ったぜ」

『まあ、女房衆の井戸端会議のようなものです』

 メデューサが冗談めかして言った。

 そのとき、すっかり暗くなった周辺に気付いた権三郎は、慌て気味に通信を打ち切る。

「おっと、つい長くなっちまった。あんまり放置したままだと倒した奴等が動き出しかねん。ひとまず切るぞ」

『了解です、待機してますね』

「AとDの尋問の際には、地理探索でお前の力を借りることになるだろう。そんときゃハイパーモードのスタンバイ頼むぜ」

『承知しました』


 メデューサとの通信を終えると、権三郎はまずオクトパスの元に向かった。

 Bたちがギャアギャア煩いので、権三郎はオクトパスに三人の口を塞ぐことを命じた。

「貴様達からは後でじっくり話を訊く。少し待ってろ」

 オクトパスは本体の底部から、触手とは別のマニュピレーターのような機構を展開し、彼等の口を特殊テープで覆った。

「オクトパス、セパレート。Aパーツを分離しろ」

 次に権三郎がそう命じると、オクトパスの円盤状の本体が真ん中から二つに割れ、その上部分が分離して宙に舞い上がる。直径は同じだが厚みは半分の20センチ程だ。

「オクトパス、ライトモード」

 分離した円盤が眩い光を放つ。といっても捕獲の時のような閃光ではなく、地面を明るく照らす照明という具合の光り方だ。

「俺の真上に移動して付いてこい。今から団員の拘束に入る」

 円盤は権三郎の4メートル程上空に位置取り、半径7メートルほどの地面が明るくなった。

 古参警備班10名は既に拘束済。権三郎はまずリーダーAの手脚口を拘束ツールで封じた。

 再び広場の方へ戻ると、輸送バスの付近まで移動して、倒れている新人警備班12名を拘束する。

「しっかしこれだけ多いと、拘束するだけでも結構骨だな」

 権三郎はボヤキながらも手際良く男達の身体を縛り上げていった。中には意識のある者もいたが、彼等はもう動くことは勿論、口を開くのも面倒という様子で、陸に上がったマグロ状態であった。ゆえに作業は極めてスムーズに進み、かなりの短時間で終えることが出来た。

 仕上げに権三郎は飼育班を捕らえた場所へと歩を進める。アジト建物から100メートルほど離れているので、着くまで割と時間がかかった。

 スパイダーの白く光る4つの眼が見える。2匹の蜘蛛は宙に浮き、計8つの小さな光を灯していた。

 権三郎は目の前まで辿り着くと、一匹目のスパイダーに命じる。

「スパイダー1、中のこいつらを一分ほど動けない程度にスタンしろ」

 蜘蛛は網に弱めの電撃を与え、中にいる二人が大袈裟な悲鳴を上げた。

「スパイダー、戻れ」

 蜘蛛メカが元の小石に戻る。権三郎はそれをポケットに収めると、男二人の手脚を素早く拘束した。そして、うち一人の口をテープで塞いだが、もう一人の眼鏡の男にはそれをしなかった。

「おいメガネ、貴様が飼育班のリーダーだな?」

「は、はい。そうです…」

 メガネは認めた。

「ついでに、闇医者を兼ねてるのも貴様か?」 

「はい、私です」

 それも認めた。

「貴様、3ヶ月前のヒグマ脱走事件のことは当然把握してるよな?」

「ええ、知ってます」

 メガネは素直だった。

「あのヒグマは死体で帰ってきたんだろ? 死体の処分を担当したのはお前か?」

 メガネはその点は首を振った。

「いいえ、屍体処理はやってません。あの屍体は、密猟班のメンバーが山に埋めに行ったはずです」

 権三郎はそれを聞くと、「よし、お前はもういい」と言ってメガネの口を塞いだ。

「勿体ねえな。せっかく医者になったってのにこんな末路とは」

 権三郎は憐れむようにメガネに一瞥をくれる。

 そして権三郎は残りの二人も同様に拘束すると、四人をその場に放置した。

「暫くすれば警察が来る。それまで地ベタでゴロ寝してるんだな」

 権三郎はそう言い捨てると、光る円盤に足下を照らされながらアジトの方に戻っていく。

「さてと、こっからが本チャンだ。密猟班ども、ネッチリと絞り上げてやるぜ」

 権三郎が口許を綻ばせた。


五章 二


 拘束を終えた権三郎は、オクトパスの待つ地点へ戻った。

 上空には分離した円盤が静止している。

「セパレート解除、戻れ」

 指令と同時に、円盤は滑らかに降下し、本体とドッキングした。タコ頭の照明がふわりと灯り、周囲を淡く照らす。


 権三郎はサブリーダーBに歩み寄る。Bは二本の触手に絡め取られ、猟銃は地面に転がっていた。

 権三郎は拘束テープを勢いよく剥がす。皮膚を痛めたBが、涙目で睨み返した。

「おいB、ここからは尋問タイムだ。俺の質問に嘘偽りなく答えろ。いいな!」

 怒号のような声。だがBは、薄ら笑いで応じる。

「オクトパス、スタン」

 権三郎の一言で触手が閃き、電流が走った。Bは叫び、全身を痙攣させる。

「言っとくが、俺は手心なんか加えんぞ。さっきまで殺し合いだったんだ。お前らが本気で俺を殺そうとした以上、情けをかける義理もない」

 権三郎は顔をぐっと近づけ、額が触れそうな距離で怒鳴った。

「できるはずないだろうが!」

 再びボタンを押す。電流が走る。Bが悶絶する。

「そういうことだ。俺の尋問は、戦前の特高並みだと思え」

 鋭い眼差しを突きつける。

「痛い目に遭いたくなきゃ、態度を改めろ」

 Bはついに折れた。

「わ、分かった。もうやめてくれ」

 権三郎は軽く頷き、質問を始める。


「まず訊く。密輸団の本部所在地を知っているか?」

「し、知らねえ。俺は何も知らねえ」

「ほう、じゃあどう説明する? お前らのジープが小型バスを先導していた件だ。Aとお前の会話、全部聞こえてたぞ。あの増援は本部から連れてきた新兵だろう? 場所を知らねえわけがねえ」

「ち、違う。聞いてくれ、銀ピカ――いや、探偵さん」

 権三郎が鼻で笑う。

「今さら『さん』づけか。調子のいい奴だな……。あ、そうだ、アーマーモード切ってなかったな」

 カフスボタンを押すと、スーツが通常の白衣装に戻る。

「これでもう“銀ピカ”はおしまいだ。で、その理由ってのは?」

 Bが切実な目をして言った。

「俺たち密猟班が本部参りをする時、素面だったのはアニキだけだ。あいつが運転して、俺たちは目隠しされた。だから場所は分からねえ」

「本当か?」

「嘘じゃねえ。もうあの電流はごめんだ!」

「つまり、Aは特別な立場だったと」

「ああ。アジトのボスってだけじゃねえ。本部の幹部でもあった」

「じゃあ、増援の新兵は?」

「本部が指定したパーキングで合流したんだ。直接は行ってねえ」

 権三郎は少し考え、低く言う。

「……一応、信じてやる。Aの“秘密を守るため”ってのも、あながち嘘じゃなかったか」

「そうだ、本当に知らねえんだ」


 次の質問に移る。

「三ヶ月前のH町熊害事件。これを聞け」

 権三郎はボイスレコーダーを取り出し、BとDの会話を再生する。

 Bの顔が青ざめた。CもDも動揺している。

「B君、君は典型的なイジメっ子だね。後輩いびりがそんなに楽しかったか? それともD君の才能が妬ましかった?」

 淡々と皮肉を交えて言い、続けた。

「会話では、Dが一人でヒグマを運んだことになってる。おかしいな。そんな重労働、一人でできるはずない」

「あ、ああ、それは……」

「何かのペナルティだったんだろう? それにしても一人ってのは無理がある。他に誰かいたんじゃないのか?」

「……その件は、D本人に聞いてくれ」

「どうせお前のイジメで仕組んだんだろ」

 挑発にも、Bは淡々と答えた。

「怯えてたのは確かだ。いつかDに地位を奪われるかもってな。けど、あの件を命じたのはAだ。俺じゃねえ」

 権三郎は短く黙し、頷いた。

「よし、信じてやる。お前から得られる情報はもうなさそうだ」

 そう言って、Bを解放する。テープで再び口を塞ぎ、オクトパスの触手がBの体を地面にドサリと放り投げた。

 権三郎はウィンチェスターを拾い上げる。

「これは証拠品として警察に預ける。刑期を終えたら、二度と銃を握るな。真人間になれ」

 Bは虚ろな瞳で夜空を見上げるだけだった。


 続けて権三郎はCの尋問を行ったが、新たな収穫はほとんど無し。

 権三郎は先程と同様に、Cの口を塞ぎ地面へ雑に放り投げた。

 そして最後に、Dのもとへと歩み寄る。

 今度は、テープをゆっくりと丁寧に剥がした。

「よぉ、D君。気分はどうだ?」

 柔らかな声。だがその瞳には、鋭い光が宿っていた。


五章 3


 そう権三郎に声を掛けられ、Dは少しはにかんだような顔を見せた。

「控えめに言って、最悪です」

 涼やかな声が響く。俳優並みに整った顔立ちのDが、巨大な触手に囚われている様は、どこか倒錯的な美を帯びていた。


「正直でよろしい。でな、D君よ。何より君に聞きたいのは、三ヶ月前の“あの事故”の全貌だ」

「今の話を聞いていて、探偵さんがあの件に強く拘ってるのが伝わってきました」

「その通り。強く拘ってる。組織の摘発以上にな」

「そうなんですね……やはり、あの一件が切っ掛けで貴方はこの密輸団を追いかけ始めたのでしょうか?」

「ザックリ言えば、そんなとこだ」

「参ったな。結局、Bさんの言った通りになっちゃった」

 Dが少し砕けた口調で言った。

「ヒグマを逃がしたのは、本当に君か」

「はい、僕です。間違いありません。組織には本当に迷惑をかけてしまいました」

「それだけか?」

「はい。僕のドジでこんなことになってしまったんです。あんな凡ミスさえしなければ、移送中に脱走されるなんてあり得ないことですから」

 その発言に、権三郎の表情が微かに歪む。

「いや、逃がしただけならまだ“事故”で済んだかもしれん。幾らキミらが非合法組織でもな。だがあの一件では死人が出た。犯人ならぬ“犯熊”は君たちが処分した。しかも犠牲者の発見現場をはじめ、あの丘陵地帯に残った痕跡は徹底的に潰された。これじゃとても事故とは言えん。明らかに立派な“事件”だぜ」

 権三郎は『事件』の部分を強調して言った。

「最近、Bさんから聞きました。あの公園、封鎖されたらしいです。地元の人たちの憩いの場まで奪ってしまった……」

「そこか? お前の罪悪感の根源は」

 権三郎の呼び方が「君」から「お前」に変わった。

「こんげん、ですか?」

 Dの間の抜けた返しに、権三郎が怒声を浴びせる。

「死者が出たことについて、どう思ってるかを聞いてんだよ!!」


 権三郎の凄まじい形相に、Dは顔面を強張らせた。

「はい……仰る通り、それが僕の最大の罪です。ただ、僕はその現実からずっと目を背けてきた」

「背けてきた?」

「ええ。全貌を話していたら朝になってしまうかもしれません。なので“ざっくり”と説明します。それでも長くなりますが、いいですか?」

「構わん。話せ」

 Dは小さく息を吸い、淡々と語り始めた。

「僕があのヒグマを放擲させられることになったのは、海外のサーカス団との交渉に失敗して、もう“売り物にならない”と判断されたからでした。

 アニキ――いや、Aさんから責任を取れと迫られ、殺すか逃がすかはお前に任せると言われました」

「ふむ」

「僕は“逃がす”ことを選びました。するとAさんは『アジト近辺の山岳地帯は後々面倒になる』と言って、『お前の自己判断で近県の山奥にでも適当に捨てて来い』と命じられたんです」

「本当にお前一人でか?」

「そこは後で説明します。とりあえず、僕単独で動いたということで」

「分かった。続けろ」

 Dは視線を落としたまま、淡々と続けた。

「僕は考え抜いた末、お隣のG県の山奥に放逐するのがベストだと判断しました。檻に入れたヒグマをトラックに積み、最短ルートを選びました。その通過点に、あのH町があったんです。

 しかし、そこでアクシデントが起きました。……あの丘陵地帯を走っていたあたりで、急に腹痛に襲われたんです」

「で、道路にトラックを停めて、その辺の森の中で野グソってとこか」

「恥ずかしながら、その通りです。そしてトラックに戻った時、ヒグマはもういませんでした」


 権三郎は目を細めた。

「Bにボロクソに言われてたな。射撃以外はてんでマヌケだと」

「すみませんが、その辺は端折ります。とにかく僕は動転して、まず付近の森をざっと探しました。でも見つからなかった。

 更に雨脚が強くなって……焦った僕はAさんに電話を入れました。するとAさんは『ひとまず待機してろ、すぐ向かう』と言ってくれたんです」

「その時は何時頃だ」

「夜の八時前後だったと思います」

「救援は?」

「四十分後くらいです。Aさんを先頭に、仲間たちが本当に総出で来てくれました。Aさんは“説教は後だ”と言って探索を始め、雨の中、必死に森を捜しました」

「Bや警備班は?」

「BさんとCさんが警備班を率いて、丘陵の山道を上下に分かれて探索に向かいました」

「それで?」

「Aさんは脱走場所付近の森にはもう居ないと判断し、『熊は水を求めて河原へ行ったんじゃないか』と言いました。

 それでジープを出して、河原を捜すことにしたんです」

「河原は離れてたろ」

「最低でも一キロ以上は離れてたと思います」

「そこで見つけたのか」

「はい。まさかそんな遠くまでとは……僕も驚きました」

 Dは小さく息を呑んだ。

「ジープには麻酔銃が積んでありました。Aさんは最初、タロを麻酔で眠らせて回収するつもりだった。あ、ちなみに“タロ”というのがそのヒグマの名前です」

「ほう、名前なんて付けてたのか」

 その問いにDは軽く頷き、続ける。

「Aさんは見事に麻酔を命中させました。でも、良かったのはそこまでです」

「異変が起きたんだな」

 Dが虚を突かれたような顔になる。

「探偵さん、まるで見ていたようですね。そうなんです。タロが意識を失った直後、警備の人がAさんに何か耳打ちしました。Aさんの顔色が変わり、“やはり射殺する”と言い出したんです」

「……それで?」

「Aさんの態度を見て、僕は悟りました。タロが人を襲ったんじゃないか、と。怖くて確認できなかったけど。Aさんも理由を語らなかった。ただ“撃つ”と言い切りました」

「撃ったのはAか?」

「はい。最初は僕に命じました。『テメェの不始末はテメェで付けろ』と。でも僕には出来なかった。タロを撃てなかったんです」

「なぜだ」

「僕がタロを育てたからです。子熊の頃から僕が調教してました。反抗期に入っても、僕を襲うことはなかった。だから、殺せなかった」

「なるほどな……そういうことか」

 権三郎が納得顔をみせる。

「僕は『殺さないでくれ』と懇願しました。でもAさんは聞かなかった。『お前が撃てないなら俺が撃つ』と言い、M82でタロの頭を丸ごと吹き飛ばしました」

「……一発で?」

「いえ、一発目は外しました。大雨で手元が滑ったんでしょう」

 権三郎が得心したように頷く。

「屍体処理は? 飛び散った肉塊を片付けるだけでも相当ホネだったろうに」

「僕は免除されました。代わりに、タロの遺体を山中に遺棄するよう命じられたんです。サポートに警備班二人を付けてくれました」

「熊一匹のためにずいぶん人を使ったな」

「はい。僕がトラックに戻った頃には、知らない作業員が大量に証拠隠滅してました。ざっと三十人はいました」

「そしてお前は運んだ、と」

「はい……泣きながら運転していたら、警備班の人が代わってくれました」

「優しさというより、事故防止だろうな」

「そうかもしれません」


 権三郎はしばし黙り、静かに告げた。

「D、前もって言っておく。この話が終わったら、タロを埋めた場所を教えて貰う」

「えっ!? はっきりした場所までは……」

「おおよその範囲でいい。何が何でも思い出せ。タロの遺骨は重要な物証だ。

 例え頭蓋が無くとも、骨格と前脚の骨が残っていれば十分だ」

 Dは顔を伏せ、重く頷いた。


五章 4


 権三郎はヒグマの遺体を埋めるくだりには言及せず、仕切り直すように言った。

「それで、タロの遺体を埋めた後はどうしたんだ」

 Dが回想する顔になり、少し間を置いて答える。

「その後は、G県から一旦現場のH町まで戻りました。着いた時はもう深夜の2時くらいになっていて、Aさんに『僕はこれからどうすればいいですか?』と指示を仰いだところ、Aさんは『お前は山道で地均ししてる連中と合流してそれを手伝え』と言われました。そこからは僕もカッパを着て、頭にヘッドランプを巻き、鍬を持って丘陵内の山道を耕やそうとしたんですけど、Aさんから『お前は河原に繋がる低地の山道を耕せ。上の方には行くな』と言われたんです。でも、河原から丘陵地帯へと繋がる山道は、既に大半が耕されていてタロの足跡らしきものは全て消されてたんです」

 そこで権三郎が口を挟んだ。

「要するにAは、丘陵の頂上にあるМ山公園にお前を近付けないよう配慮したんじゃないか?」

「どうでしょう。作業が終わってる所に回された訳ですから、Aさんはもう僕を隠蔽の戦力とは考えてなかったと思うのですけど」

「そこはお前の疲労も考慮したんだろう。だがそれ以上に、人間の死体が出たという事実を少しでも遠ざけておきたかったのではないかと俺は読んでる。それで、その隠蔽工作は何時頃まで続いたんだ?」

「大雨にも関わらず、未明の3:30くらいからぼんやりと空が明るくなってきたんです。ちょうど夏至の頃でしたから。仲間達からは後で散々嫌味を言われました。よりによって最悪の時期にやらかしてくれたって」

 権三郎は頷きながら言葉の続きを待つ。

「そのタイミングで、Aさんからトランシーバーで通信が入ったんです。まだ暗いうちに引き上げたいから、今から即、総員撤収モードに入れと」

「撤収はどれくらいスムーズに運んだんだ?」

「僕がトラックに戻ったのはAM4時頃でした。それからすぐアジトに帰ったんですけど、その頃にはもう薄っすらと朝の気配が漂ってましたね」

「他の連中もお前と同様のタイミングで次々と撤収していったのか」

「僕が直接見たのは一部の動きだけですからそこはなんともいえません。ただアジトのメンバーは僕と大差ない時間に帰ってきたから、たぶん同じタイミングで総員撤収したのかと。本部からの派遣組の動きについては全く分かりませんでしたけど」

 Dの言葉に権三郎は頷く。

「時間的な制約に範囲の広さ、その上悪天候と不利な条件が揃ってたから、杜撰な隠蔽で妥協せざるを得なかったんだろう。ま、その辺りはこれからAに直接問い質すがな」

 Dは喋り疲れたのか、やや虚ろな目をして話を結んだ。

「だいぶ端折りましたけど、概ねこれがあの夜に僕が経験した一部始終です」


 権三郎が再び仕切り直すように言う。

「君の話で、あの夜に何が起こったのかはだいたい掴めた。残りは全てAの奴から証言を引っ張る。さて、次が一番肝心な点だが…」

 Dは黙って権三郎の顔を見ている。

「君の言う『死者が出てしまったという現実から目を背けてきた』とは、具体的にどういうことだ?」

 Dはもはや観念した様子で口を開いた。

「Aさんは一応、犠牲者を出してしまってしまったことについて箝口令を敷いてくれたようでした。でもそれは、僕が衝動的に自首でもしたら困るからという、暫定的な処置だったのだと想像します。その後も、アジトのメンバーは僕の前では直接その話はしませんでした。あのBさんさえもです。けど、そんな重大な事実をいつまでも隠し通せるはずもない。僕は、警備班の人達が噂話をしている場面をみつけて、陰から盗み聞きしました。そして、想像通りあの夜にタロが人を殺してしまったという現実を耳にしてしまったのです」

「君はそれをどう受け止めたんだ?」

「正直に言えば『やっぱりか…』と思いました。Aさんの変貌ぶりから察して、他の可能性はまず考えられなかったから。それでも、死亡事故までは起きてないかも…という一縷の望みに縋っていたのは事実です。でもそれは打ち砕かれてしまった。その時から僕は、密輸団を辞めることを考え始めました」

「具体的な行動に出たのか」

「暫くは、禊を済ませるつもりでアジトの雑用などを精力的にこなしていました。でもある日、遂に限界を感じてAさんに懇願したのです。『辞めさせて下さい』と」

 権三郎は苦笑する。

「カタギの会社じゃないんだ。そんなストレートな辞意が通るとでも思ったか?」

「勿論思ってませんでしたが、僕の精神も限界だったので発作的にやってしまった感じです」

「それで、Aはなんと?」

 Dは乾いた笑いを発しながら答える。

「ははは。いきなり鉄拳が飛んで来ましたよ。その後は何発も殴る蹴るの暴行を加えられて、フラフラになった僕にあの人は言いました。『お前の手はもう血に染まっちまった。後戻りはできねえ』と」

「いかにも奴がやりそうな行動だな」

「僕はその時、全てがどうでもよくなってました。このままAさんに殴り殺されてもいいし、それが叶わなければ自殺するのもアリかなと」

「結局どうなったんだ」

「Aさんは、『総括はひとまずここまでだ』と言ったあと、『但し、お前が脱走したら地の果てまで追い詰めて必ず消す』と言い添えて去りました。僕は何も言い返す元気もなく、ひとまずその日は傷の手当てだけして終わってしまいました」

「翌日からはどう過ごした?」

「結局、僕は脱け殻のようになってしまいました。脱走して警察に駆け込む勇気も持てず、かといって密輸団の仕事にも身が入らなくなって……。アジトの仲間達は、腑抜けになった僕を露骨に見下すようになってきました」

「その調子でずっと過ごして来たということか」

「しばらくはそんな感じでした。でもそんな僕が再び生気を取り戻したのは、猟だったんです。皮肉なことにね」

「お前は銃を持つと眼の色が変わるからな」

「みたいですね。別に意識を変えようとしてる訳じゃないんですけど、銃を持つと、もう一人の自分が自然に目を覚ますというか」

 Dが自己分析でもするように言った。

「それで結局、悪に染まる決意をしたということか」

「というより、諦めがついたという感じでしょうか。僕は結果的に人を死に追いやった。可愛がっていたタロも助けられなかった。どうしようもない罪人です。それなら、今後はその十字架を背負いながら、いつか地獄に落ちる日まで猟銃を握り続けようと考えるようになったんです」

「……開き直りか」

「今日の闘いでも、貴方を殺すことにはギリギリまで躊躇いがありました。けどAさんからM82を託されて、もう逃げ場が無いと悟ってからは、僕は完全に無情のスナイパーと化していた。貴方の頭を吹き飛ばすことに何の躊躇も感じなくなってたんです」

「毒を喰らわば皿まで、ってとこか」

「そんなとこかもしれません」

 Dはそういうと、吹っ切れたような顔付きで言葉を繋いだ。

「でも結局僕達は負けました。たった一人の男にね。そう、貴方にです」

「……」

「これでようやくスッキリしました。どんな裁きも受け入れる覚悟です」

「分かった。ではお前に命ずる。警察の尋問では、あの夜にお前がやったことを全て正直に話せ。お前の方から自白するんだ」

「はい。あの丘陵地帯でタロ、いやヒグマの若い個体を逃走させた一件ですね」

「そうだ。そしてその後にお前が取った行動も、余す所なく白状するんだ」

「分かりました。全て包み隠さず、僕の方から自白します」

「お前がそこをキッチリやってくれるかどうかで、俺の依頼人が利益を享受出来るかどうかが決まるんだ。頼むぞ!」

 権三郎がDと眼を合わせながら強く訴えた。

「はい」

「お前はこの密輸団の中では比較的好感の持てる人間だった。だからこういうことは余り言いたくないが、もしお前が約束を破って、脱走事故の件を黙ったままだったら…」

「どうなりますか?」

「お前の出所後、俺はお前を地の果てまで追い掛ける。絶対に逃がさん。そして制裁を加える。それはこんな生易しいものじゃないからな。覚悟することだ」

 権三郎は目を糸のように細めながら、重々しく警告を発した。

「貴方を怒らせるのは、組織を怒らせるより怖いようですね。大丈夫、ちゃんと自白しますから。安心して下さい」

「組織の報復はあまり心配しなくていいと思うぞ。なぜなら、間もなくこの密輸団は本部ごと壊滅するからだ。俺の相棒が必ずやってくれるだろう」

「それは頼もしいですね。とにかく、僕はもう全てを受け入れる覚悟ができてます。後はなるようになるだけでしょう」

 その堂々とした態度に、権三郎は少しだけ頬を緩めて言う。

「お前には、本業の罪以外に『業務上過失傷害』の罪状が追加されることになるだろう。しかし一連の隠蔽工作に関しては、Aを初めとした密輸団幹部の責任が強く問われることになる。お前ばかりがワリを食う訳じゃないからその点は安心しろ」

「分かりました」

「それに今回の一件は、警察の杜撰な対応にも大いに問題があった。警察には本部の摘発のみならず、身内の不祥事にもキッチリケジメをとってもらわんとな」

「確かにあの一件がただの事故として扱われたのは、当事者の僕でさえ意外に感じるところはありました」

「よし、D。これで俺達は『黙契』を交わした。尋問はここまでだ。最後に、お前がタロを遺棄した場所を必死に思い出して貰うぜ!」


 権三郎はメデューサにハイパーモードを起動させ、オクトパスのコンピュータとリンクさせる。オクトパスの底部から大きなスクリーンが現れて、追跡調査が開始された。

 熊害事故の犯熊、愛称タロの遺骨が埋められた場所を特定する作業だ。

 Dはとても協力的で、『G県〇〇市付近の山林の中』という感じに具体的な材料を提示してくれた。メデューサはその情報を解析して、Dが挙げた場所の映像をモニターに映し出していく。

 Dは映像をじっくりと見て、『この景色は見覚えがある』『ここは違うと思う』という具合に、忌憚なく記憶を伝えてくれた。

 時には首を捻って考え込む仕草を見せることもあったが、彼も映像を観てるうちに段々と当夜の記憶が掘り起こされたようで、確実に核心へと迫っていく手応えが感じられた。  

 そして遂に、恐らくこの辺りだろうというポイントを絞り込むことが出来た。

「たぶんこの辺りの森の中で間違いないと思います」

「D。よく思い出してくれた。協力に感謝する」

「いえ。全ては自分のまいた種ですから」

「ここまで絞り込めれば、後は俺が何とかしてみせるぜ」

「上手くいくことを願ってます」

 権三郎はDを見据えて言う。

「では、これからお前の身を拘束する」

「はい」

 Dの表情には、吹っ切れたような潔さが漂っていた。

 権三郎がオクトパスに指令を出そうとしたとき、Dが何かを思い出したように話しかけてきた。

「そうだ、探偵さん、最後にひとつだけ聞いてもいいですか?」

「なんだ?」

 Dがオクトパスの本体を見上げながら言う。

「あなたがその気になれば、もっと早い段階でこのタコ型ロボットを使えたはずです。なぜそうしなかったんですか?」

「……俺は、ギリギリまで切り札は使わん主義でな」

 権三郎が静かに答えた。

「効率の悪い主義ですね」

 Dが苦笑交じりに零す。

「道具に頼り過ぎると堕落するからよ。……じゃ、やるぞ」

 Dは無言で頷いた。

 オクトパスのマニュピレーターが彼の手脚を拘束する。最後、口を封じる前に権三郎が一言Dに語りかけた。

「お前の罪は許されるものではない。一生かけて償っていく性質のものだ。それは肝に銘じておけ」

「はい……」

「D、君とはもっと違う形で出会いたかったぜ」

 権三郎はDの口を封じた後、オクトパスに優しく地面に寝かせるよう命じた。

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