四章 17-20
四章 17
権三郎と、BとCの膠着状態はまだ続いていた。
Bは特別に筋骨隆々というわけではない。だが、俊敏さにかけては群を抜いていた。間合いの取り方が巧みで、相手との距離を常に一定に保ち続ける術に長けている。
一方のCは、ずんぐりとした豆タンク体型。重いレミントンをまるで玩具のように操る姿は圧巻だった。再装填の動作に無駄はなく、射撃姿勢も安定している。鈍重に見えて、その実、隙がない。
二人の呼吸は合っていた。まるで長年の戦場を共にしてきた兵士のように。
権三郎は防弾服〈アーマードスーツ〉に身を包んでいる。首から下は無敵と言っていい。
だが彼らが狙うのは“足元”だった。
弾丸が地面を抉り、土埃を巻き上げる。その瞬間、視界を奪われる。もしその隙に頭部を撃ち抜かれれば、勝負は終わる。
Bは最初、自ら決めるつもりでいた。だが、すぐに悟った。
探偵の反応速度は、常人の域を超えている。銃口の向きや手の動き――その一瞬を見ただけで、次の行動を読まれてしまう。
ゆえに彼は、リーダーAの指示に忠実に従うことにした。
頭部を狙う射撃は、もはや“命中のため”ではない。敵を動かす“誘い弾”だった。
しかし、弾は無限ではない。集中力にも限界がある。
そして何より、接近戦に持ち込まれたら終わりだ。あの体術を見せつけられた後では、格闘戦など愚の骨頂だと分かっていた。
(D、早く……ケリをつけてくれや)
Bは焦燥を胸に押し殺し、銃口を探偵へと向け続けた。
Cも同じだった。
時間の感覚はとっくに狂っていた。数分にも満たぬ戦闘が、永遠のように長い。
額を流れる汗が視界を曇らせる。
(俺もBも、そろそろ限界だ……D、頼むぞ)
焦りは冷静さを奪う。だが彼は、それでも己を律し、撃ち続けた。
BとCの挟撃は完璧だった。探偵を“封じる”ための機能美がそこにあった。
その背後で、Dは地面に二脚を立てた。
Aから受け取った新しい装備――それが、彼に確信を与えていた。
伏せ姿勢を取り、バレットM82を静かに構える。
金属の冷たさが掌を伝う。
呼吸を整え、スコープを覗き込む。
視界の中心には、BとCの連携に翻弄される探偵の姿。
(今度こそ外さない……)
Dは意識を極限まで研ぎ澄ませた。周囲の音が遠のく。脈動だけが、世界のすべてになる。
“ゾーン”に入るとはこういうことだと、彼は悟っていた。
探偵の足元で、再び土煙が舞った。視界が奪われる。
そこへ反対側から銃声。二人の狙撃が完璧に重なった。
探偵は反射的に跳ぶ。だが、その跳躍の先――Dの銃口が待ち構えていた。
スコープ越しに、探偵の顔が浮かぶ。
大地に両手を突き、次の動作へ移れない一瞬の“硬直”。
Dは息を止めた。
「ここだ!」
引き金を絞る。
銃口が閃光を放ち、バレットM82が大地を震わせた。
反動が肩を叩く。だが今度は、逸れない。確かな手応えがあった。
(決まった……!)
煙が晴れた。
だが、そこに立つ者の姿を見た瞬間――Dの胸に冷たいものが走った。
探偵は、まだ生きていた。
ただし、そのこめかみから頬にかけて、赤い筋がいくつも走っていた。
四章 18
権三郎は負傷していた。
Dの放った銃弾が、こめかみをほんの僅かに掠ったのだ。精々0.1ミリほどであろう。
だがその凄まじい威力は、彼にかなりの量の出血をさせるほど効果を発揮していた。
しかし、それでも権三郎はまだ冷静さを保っていた。流血はそのままに、彼はグルグルと前転して新たなポジション取りを敢行する。
権三郎は血を流しながらスピーディーな前転運動を何度も繰り返した。ただ一直線にDの元へ向かうのではなく、斜め方向に角度を付けて三人のスナイパーの射線から巧みに身体を逃がしていった。
権三郎は時折空中前転も織り交ぜてトリッキーにスナイパー達を翻弄する。その動きは先程のDと同様に、彼が『ゾーン』に入ったことを感じさせるものだった。
権三郎が目まぐるしく回転移動しながら言葉を発する。
「お前ら、よくここまで俺を追い詰めたな! そろそろコイツを使う頃合いが来たようだ!」
そのとき、権三郎を中心にして、B・C・Dが7メートル程の正三角形を描く瞬間が来た。
Dは近距離からのラストシューティングに最後の望みを賭け、引き金に手をかけている。だがどうしても『その一瞬』を捉え切れない。
権三郎は前転からダイレクトに横っ飛びへ移ると、瞬時にポケットから小さなフリスビーのような物体を取り出し斜め上空に向けて投げ付けた。
「広範囲捕獲システム、オクトパス!!」
権三郎がそう叫ぶと、フリスビーは上空数メートルの辺りで真横に静止し、0.1秒ほどで直径170センチ程度までに拡大。厚みも40センチ程有り、ちょっとしたUFOと化したその物体は、即座に全体から凄まじい閃光を発した。余りの眩しさにスナイパー達は眼を閉ざさずにはいられない。
スナイパー達が視界を封じられている隙に、円盤の底部からパープルメタリックに輝く謎の触手がニョロニョロと生えてきた。その数は九本。触手にはシルバーの斑紋のようなものが処々に付いていて、まるで蛸の脚だ。
「なんだこりゃ!」「眼があけらんねえ!」
とB&Cが叫ぶ。Dは目を塞ぐだけで精一杯だった。
九本の触手は、三本ずつに分かれて三人のスナイパーの身体に絡みついた。うち二本が射手の身体を拘束し、残りの一本が彼等の手にする銃を巻き取った。ウネウネと生き物のように動く触手は、取り上げた銃を高い位置まで引き上げて、二本の触手が強い力で人間達を締め上げる。
その段階までくるともう円盤は発光をやめ、パープルメタリックの胴体を晒していた。そこには球状の眼らしき物が付いており、オレンジ色に光っていた。
遠目からその一部始終を観ていたAが叫ぶ。
「卑怯だぞテメェ! チートにも程があんだろ!!」
BCDはもはや、何が何だか分からないといった様子で呆然としてるだけだった。
Aの罵倒はまだ続く。
「オクトパスっちゃ、タコのことだろ。ソイツは脚が一本多いじゃねえか!」
権三郎はポケットから布型止血剤を取り出し、顔を拭きながら答える。
「その程度は誤差の範囲だ」
しかしAは引き下がらない。
「そんな紛いモン、俺は認めねえぞ!」
権三郎は半ば呆れ顔で小さな溜息をつく。
「A。これで貴様の部下は全て制圧した。残るは貴様ただ一人」
権三郎は再び目付きを鋭くして、ツカツカとAの元へ歩み寄っていく。
「A、チェックメイトだ。詰みだよ。貴様も大将なら、引き際は潔くしたほうがサマになるぜ」
アジトの壁にもたれ掛かっていたAは、特にそこから動こうとはしなかった。
「ま、確かに絶望的だわな」
Aが投げやりな感じに呟く。
「俺とサシでやり合うか、素直に投降するか、どっちを選ぶんだ?」
権三郎は歩みを進めていく。
「俺もタイマンにゃそれなりに自信はあるが、正直オメェに勝つ自信はねえな」
Aは開き直るようにそう言った。
「アーマーモードは解除してもいいぜ?」
権三郎が挑発するように言っても、Aの答えは変わらなかった。
「それでも厳しそうだ、遠慮しとくぜ」
権三郎は若干拍子抜けしたような顔をして、まだ言葉をやめない。
「なら、ヒグマでも使役するか? この壁の何処かにもどうせ非常口があるんだろ? そこから内部に侵入して、猛獣使いよろしくヒグマをボディガードに付けるってのも面白い趣向だとおもうが」
権三郎が半笑いしながら言う。
「オメェ本気で言ってんのか」
「流石の俺も、ヒグマの一撃を貰えばふっ飛ばされて致命的なダメージを受けるだろう。最もこのアーマードスーツにはカスリ傷一つ付かねえがな。中身のほうは無事じゃ済まんさ」
「俺は狩り――屠殺と捕獲専門だ。調教の技術はねえ」
「調教役はいねえのか? 世界中のサーカス団に売り捌いてるんだろ。幼獣はある程度人間に慣れさせとかないと売りモンにしにくいんじゃねえの」
「そのへんは飼育班の担当だ。例外はDくらいのもんさ。アイツは狩猟と調教の二刀流だ」
それを聞いた権三郎が目を丸くする。
「なんと! D君は調教までこなすのか。そいつは凄い。何とも惜しい人材だな、こんな世界に足を踏み入れなければ…勿体ねえ」
Aが饐えた目をして口を開いた。
「もういい銀ピカ。いや、首突っ込みたがりのゴンさんよ。俺の負けだ、素直に投降する」
それが聴こえたのか、後方でB達がどよめく声がした。
権三郎が半信半疑な目付きになる。
「本当か〜? 怪しいなぁ…」
Aが両手をバンザイしながら言う。
「ただよ、投降するにも最低限の手続きってもんがある。内部を案内するから、俺に付いてきてくれ」
権三郎は暫く顎に手を当てて思案していたが、結局それを受け入れた。
「分かった。いいだろう。どんな手続きかは知らんが、貴様の拘束は内部でも可能だろうからな」
Aは頷くと、こんなことを言ってきた。
「じゃあ行くか。ところで銀ピカさんよ、俺も腕が疲れた。ドアの解錠もあるし、下ろしてもいいか?」
Aが顎をひねって自分の腕を指し示す。
「いいだろう」
そこからはAに先導される形で、権三郎は壁伝いにドアの方に向かって歩き出した。
やがてAはドアの前に着くと、ジャケットのポケットを弄り始めた。
「あれ、キーがねえな、確かに入れといたはずなんだが」
「落としたんじゃねえのか?」
「いや、そんなはずはねえ。銀ピカ、ちょっと待っててくれ」
Aはポケットを探りながら、ここにもねえ、ここにもねえなどと言っている。
そのとき、権三郎がオクトパスの動きを確認するために一瞬後ろを振り向いた。
そして再びAの方に向き直った時。
その手にはキーの代わりにピストルが握られていた。
Aと権三郎の間には、約2.5メートルほどの距離が空いていた。
四章 19
銃口が、権三郎の眉間に吸い寄せられるように向けられた。
わずか2.5メートル。外すはずもない距離だ。
「どうやら俺の勝ちみたいだな、銀ピカ」
Aの口角が、薄く吊り上がる。
「ふ、やはり奥の手を隠していたか。お約束だな」
権三郎が小さく笑った。
「この距離なら、絶対に外さねえ。お前の頭蓋、もう逃げ場はないぞ」
権三郎は両手をゆっくりと上げた。
その動きには、敗北を受け入れた男の静けさがあった。
「……まいった。形勢逆転、認めよう」
勝者の余裕をまとい、Aは鼻で笑った。
「まずは、自前の拘束ツールで両足を縛れ。
そのあとで――すべて話せ。内容次第では、命だけは助けてやらんこともない」
権三郎は黙ってポケットに手を入れ、銀色のツールを取り出した。
体育座りの姿勢になり、足首にそれを巻きつけ始める。
その瞬間、Aの銃の射線が、ほんの一瞬だけずれた。
――閃光。
真紅の光が、権三郎のアーマドネクタイから弾けた。
Aは反射的に目を閉じる。視界が真白に染まり、世界が一瞬だけ消えた。
再び眼を開けたとき――
そこに立つ権三郎は、すでに別の“形”をしていた。
顔の前に構えられた、円形の金属製の盾。
中心には覗き窓。直径、およそ四十センチ。
光を弾き返すその表面には、刻まれた銘がひとつ。
――WSDO。
Aの喉が、ごくりと鳴った。
銃を持つ手に、わずかな震えが走る。
権三郎がゆっくりと口を開いた。
「逆転に次ぐ逆転、これが『振り出しに戻る』ってやつだ」
四章 20
権三郎が盾を構えながら口上を叫ぶ。
「伸縮式機甲防盾、メタルシールド!」
Aが悔しげに歯噛みする。
「おのれ〜、またしても……」
権三郎は、ボトルグリーンにコーティングされた盾の覗き窓からAをひと睨みし、静かに口を開く。
「A、ラスボスのテンプレ、楽しませてもらったぜ」
嘲笑けるように権三郎が言った。Aの表情が屈辱に歪む。
「貴様のような海千山千があっさり降伏するとは最初から信じてなかったよ。ま、俺も隙を作っちまったから偉そうなことは言えないが」
そのとき、Aが自棄になったようにピストルの引き金を引いた。パーンと音が鳴る。盾は当然のように弾をピキーンと軽々跳ね返した。
「オイオイ、これをプラスチックのオモチャとでも思ったか? こいつはA級装備だが、跳弾性能はアーマードスーツを凌ぐ。銃弾どころか、砲弾さえ通さねえぞ」
Aが、くそぉ〜と小さく呟いた。
「Aよ。この間隔、目算で2.5メートルってとこか。一方向からの射撃なら、俺の首上を捉えるのは99%不可能だ。捌き切る自信がある」
権三郎は覗き窓から余裕の眼差しを向ける。
Aは悔しいながらも説得力を感じた。この男は相手の動きを先読みする洞察力が人間離れしている。
「かといって、これ以上近づけば俺の間合いだ。勿論、頭はしっかりガードさせてもらうぜ」
権三郎の眼にサディスティックな光が宿った。
「ちきしょう!」
Aは己の全速を持って権三郎の側面へと廻り、やや下のアングルから頭部を狙い撃つも、彼は首を動かしもせず手だけでシールドの向きを変え、いとも簡単に銃弾を弾き返した。
「テメっ、コンニャロ!」
Aは悪罵を吐きながら、必死に権三郎のサイドを取ろうと円の軌道で走り回る。やがてパーンと銃声が響いたが、権三郎はシールドの向きをずらすだけで余裕綽々とそれを防いだ。
「A、よせ、ムダだ」
覗き穴から権三郎の冷徹な眼が光る。
Aはフェイントをかけて、右回りと見せかけ即座に左回りに反転。それが奏功し権三郎の頭部を斜め後方に捉えた。
「今度こそー!」パァンと銃声が響く。しかし権三郎は身体を少し捻っただけで関節の可動域を確保。斜め後ろに構えたシールドが渾身の一発をも無情に弾き返した。
Aはとうとうヤケを起こしたように間合いを詰める。その瞬間、権三郎の蹴りがAの顎の先端を掠めた。Aの発砲はまた空振りに終わる。
「お前の動きは全て読み切ってる。諦めろ」
権三郎は冷徹に投降を促し、追い討ちをかけるように言った。
「お前それ、六発式リボルバーだろ。フル装填してたとしてもあと一発だ。どうするよA」
権三郎はシールドを正面に構えながらAの方を振り向き、小窓からニヤついた眼を向けてくる。
「ぎゃはははは! いやあ〜、それにしてもウケるぜえー」
その時点で、Aがなぜか突然狂ったように笑い出した。腹を抱えて爆笑、という有様だ。
「なんだA、遂に発狂したか?」
権三郎が怪訝な表情を浮かべる。
「何が笑えるって、その盾の…ネーミングセンスだよ!」
Aが盾を指差しながら笑い狂う。
「ん、メタルシールドか。何がおかしい?」
権三郎が首を傾げる。
「オメェよ、やれゴンザブロッドだ、ゴンザブーメランだ、武器に変な名を付けてやがったろ?」
権三郎がむっとした顔で答える。
「悪いか。単なる趣味だ」
Aはその場にしゃがみ込んで語り続ける。
「ま、それ自体がネタバレになってるわな。オメェの下の名前はたぶん、ごんざぶろ…」
それは権三郎に途中で遮られた。
「俺の通り名は『ゴンさん』。これが公式だ。それ以上は話さん!」
「通り名に『公式』もクソもねえと思うが」
Aは鼻で笑うように言い、尚も続ける。
「ま、さっきのオクトパスやら、Dから聞いたスパイダーやら、そのへんも捻りがねえけどよ、ギリ許容範囲だ」
権三郎はむっとしたまま沈黙する。
「けどよ、『メタルシールド』は頂けねえ。あんまりにもそのまんますぎるぜ〜!」
Aがまた狂ったように爆笑を再開した。
「Aお前、すっかりキャラ崩壊してねえか? さっきまでのダンディぶりは何処へ行った」
権三郎が呆れ顔でツッコむ。
「話を逸らすな銀ピカ! とにかくメタルシールドはねえだろう。ダセエ、ダサすぎる」
Aがダサいを連呼した。
「どこぞの饅頭のCMみてえに言うんじゃねえ。正式名称なんだから仕方ねえだろう!」
権三郎はキレ気味に言い返したが、Aは首を横に振った。
「いいや、それは逃げだ。他のネーミングは味があるのに、メタルシールドだけ明らかに浮いてる。テメェは目を逸らしたんだよ、己自身のセンスの無さから……」
「A、渾名を付けるにも向き不向きがある。これに関しちゃネタが浮かばなかったんだ、しょうがねえだろう」
権三郎はもはや弁解口調になっていた。
「浮かばなかっただぁ? ふん、言い訳だな」
Aはその言い分を認めない。
「貴様、悪党の分際でヤケにツッコミ上手だな! 密猟なんてやらずに、芸人でも目指せば良かったんじゃねえか?」
権三郎がそう言うと、Aは妙に嬉しそうな顔をした。
「オメェもそう思うか? 実はな、自衛隊に入る前にゃ半年ほど養成スクールに通って……って、んなこたぁどうでもいいんだよ!」
Aは強引にその話題を打ち切ると、しつこく話を蒸し返す。
「とにかくメタルシールドは頂けねえ。そんなモンで詰まされたとあっちゃあ、俺の悪党人生が浮かばれねえだろう?」
「知るかそんなこと!」
権三郎がウンザリ気味に吐き捨てる。
「メタルシールド……つまり『きんぞくのたて』。プッ、まるでよ、RPGに出てくる序盤のモブ装備みてえじゃねえか。ドロップ品じゃなくて、店売りのヤツ! ハハハ、安っぺえ、ショボいにも程があるぜー!」
Aは再び、腹を抱えて笑い転げる。しかもそれが長々と続く。権三郎の表情が憤怒の色を帯びてきた。
「そんなモブ装備で詰まされるボクって、本当にかわいちょうでちゅねー」
Aはとうとう『ボク』呼びまでし始めた。
権三郎は我慢も限界とばかりに、とうとうメタルシールドを地に投げ捨てた。
「貴様っ! そこまで俺を愚弄するか! ならこんなモン捨ててやる!」
その瞬間、Aはガバッと上半身を起こし、素早く引き金に指を賭けた。
「かかったな、死ねえ!」
しかし権三郎は、シールドを投げ捨てた直後に両腕をX字に組み、顔面を防御していた。
パァン! パシーン!
最後の一発はアーマードスーツの袖に跳ね返され、Aのピストルは弾切れになる。
Aの表情が絶望の色に染まった。
「テメェ、なぜこの一発を……我を忘れてたんじゃねえのかあ!」
権三郎がフッと微笑む。
「今のは、最後の陽動作戦だったんだろ。途中からそんな気がしてた」
「テメェ、見抜いてやがったのか…」Aの手からピストルがこぼれ落ちる。
権三郎は首を横に振った。
「あくまで途中からだ。マジで理性が崩壊寸前だったぜ。よくもまぁ、俺様の素敵なネーミングセンスを散々にこき下ろしてくれたなあっ!!」
権三郎はそう吠えると、ゴンザブロッドを素早く展開し、その尖端をAの眼前に突きつけた。
Aは顎をガクガクと震わせている。
「A。今度こそ貴様には何もなくなった。降参…するよな?」
権三郎はそう言って、空いた手でポケットからセミオート拘束メカを取り出した。
Aは諦めきったような顔でゆっくりと立ち上がり、両手を組んで権三郎の前に差し出す素振りを見せた、のだが。
Aは瞬時に身体の向きを変えると、脱兎の如くその場を駆け出した。
そのスプリントは凄まじいスピードだった。オリンピック級の逃げ足だ。
『アニキー、そりゃないすよー』
『俺達を見捨てるんすかー』
後方からB達のブーイングがこだまする。
Aが走りながら叫ぶ。
「誤解するな! 自分の為じゃねえ! 組織のために俺はまだ捕まる訳にゃいかねえんだ!」
Aがいかにも建前臭い発言をした。
権三郎は軽く嘆息すると、小声で呟く。
「あ〜あ、貴様にはガッカリだぜ。最後の最後にゃ、潔いとこを見せてくれると思ったんだがな…」
権三郎はゴンザブロッドのグリップの、赤いボタンを押した。
「ゴンザブロッド、スピアモード!!」
ジャベリンの時とは違い、今回は尖端の部分が球状に変わった。
「A、貴様も所詮小悪党に過ぎなかったようだな!」
権三郎がロッドを投擲した。それは一直線に、凄まじい速度でAの背中を追い掛けていく。
ふと後方を振り返ったAは、ロッドが矢のように飛んでくるのを視界に捉えた。
「当たってたまるかよ!」
Aは素早く横っ飛びして、勢いのまま地面をゴロゴロと転げ回り、射線上から辛うじて逃げおおせた。
逃げおおせたつもりだった。
Aが地面から立ち上がり逃走を再開しようとしたとき、数メートル離れた空中にロッドが静止状態で浮かんでいるのが見えた。
「なんじゃそりゃー!」
Aが悲鳴を上げるように叫んだ。
そこで権三郎が追加の一言。
「ホーミング!!」
ゴンザブロッドはAのいる位置に尖端部を向き変え、グリップ基底部がロケットのように煙を噴いて、再びAに向かって突進してくる。
「いい加減にしろー!!」
Aは往生際悪くジグザグ回転移動で尚も逃走を続けようとしたが、ロッドは正確に彼の背中を追尾していく。そして数秒後。
ロッドの丸まった尖端が遂にAの背中を捉えた。
「うぎゃーーー!!」
Aは断末魔の悲鳴を上げ、バッタリと大地に崩れ落ちる。彼は白目を剥いて、全身をビクンビクンと痙攣させはじめた。
権三郎はそれを見届けると、腰に手を当てて大きく深呼吸した。
「チェックメイト」
日はほぼ沈み、夕闇が濃くなってきた広場に、権三郎の呟きが小さく木霊する。
この時点で、密輸団アジトは完全に無力化されたのだった。
第四章 完




