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ご都合主義探偵 権三郎  作者: TT93
第四章
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第四章 1-4

第四章 1


 権三郎はメデューサに問いかける。

「メデューサ、現在時刻は15時30分。今は9月の下旬だが、あのアジト付近の日没時間が何時くらいになるか調べてくれ」

 メデューサは解析に入ると、ほぼノータイムで返答した。

『日没の定義にもよりますが、完全に日が沈むのは18時過ぎくらいかと思われます』

 権三郎は静かに頷く。

「よし。日没までにケリを付ける。あのアジトの周辺は真っ暗だからな」

 メデューサは戸惑いの表情を見せる。

『今日でないとダメなのですか』

 権三郎が力強く頷く。

「うむ。こういうのは勢いが大事だ。俺の体も暖まってる。更に天候の問題だ。今日は好天に恵まれてるが、明日の予報はどうだ?」

 メデューサが素早く解析し、答える。

『アジトのある地域は、午後から曇りのち雨の可能性があります』

「ならば今日だ。制圧日和ってとこだな」

 メデューサは硬い表情のままで言う。

『今からですと相当ギリギリですが』

「大丈夫だ、アレの使用許可が出てる」

『VFX9ですね』

「おそらく、一時間強もあればアジトに着けるだろう」

『即出発するのですか?』

「ああ、俺の準備は全て整ってる。メデューサ、まずお前に頼みたいのは、ハイパーモードを起動してアレのナビに最短ルートを表示させてくれ。どんな悪路でも問題ない。但し渋滞はなるべく避けたいので、そこは上手く考えてくれ」

『了解しました』

「更に、今からホークアイを全速でアジトに向かわせろ。着いたら、近辺の樹上に待機させておくんだ」

『そちらも了解です。アレを使うのですね』

「そうだ。こちらは一人。イザというときはアイツに援護を頼めるようにな」

『この後は必要に応じて、いつも通りピンマイクから指令を出して下さい』

 メデューサはそう言った後、自発的に鮮やかなレッドのボディに姿を変えた。

『ハイパーモード、起動』

「よし、では行ってくるぜ。必ず最高の結果をもぎ取ってやるさ」

『私は何の心配もしてません。でも一応』

「一応、何だ?」

『ご武運を……』

 メデューサが恭しく頭を下げた。

 権三郎はメデューサにサッと敬礼すると、小さめなボストンバッグを抱えてシークレットルームを後にした。


 権三郎はクローゼットから真っ白なスーツとグレーのYシャツを取り出して素早く着替える。ネクタイもいつもの三色ストライプとは違う真っ赤な物を付けた。玄関では白いシューズを履く。どれも普段の彼の出で立ちとは異なっていた。

 彼は事務所を出ると、いつもの駐車場とは逆方向に向かい早足で歩く。5分後には大きなコンテナの前に辿り着いていた。どうやらレンタルガレージのようだ。

 権三郎はロックを解除すると、素早く中に入って行く。

 照明を点けると、そこに佇んでいたのは超大型のバイクであった。

 形状はノンカウルのクラシックなスタイルだが、凄まじく巨大なエンジンが積まれている。ボディカラーは鈍い輝きを放つゴールド系で、これもクラシカルな雰囲気を醸し出していた。

 権三郎はキーを差し込み、セルボタンを押す。たちまち、凄まじい轟音とともにエンジンが唸りを上げた。

「超高速移動用可変式特殊ビークル、ゴンザブラー!!」

 権三郎がそう叫ぶと、自動的にシートが開き、内部のトランクルーム空洞部分がせり上がってくる。そこには、黒光りするフルフェイスヘルメットと、これまた漆黒な全身タイツ型のツナギが載せられていた。

 権三郎は素早くそれらを装着すると、トランクルームを元の状態に戻してボストンバッグを入れる。そして彼はゴンザブラーに跨ると、簡単に計器類を確認し、「ゲート、オープン!」と叫んだ。

 ガレージの入口が自動的に開き、権三郎はアクセルを捻る。

 こうして権三郎を乗せたゴンザブラーは公道へと繰り出した。まもなく三車線の広い国道に入ると、彼は早速100キロほどの速度を出して前方を走る車の群れを追い越して行く。

『エスイチゴウ、500メートル先にオービスがあります』

 ピンマイクからメデューサの警告が届く。

「ここからが本番だ。ゴンザブラー、フルカウリング、オン!」

 権三郎が指令を下すと、クラシカルなノンカウルの車体が、たちまち漆黒のカウルパーツに覆われていく。2秒後には、エンジン部分を含めた全身が完全に黒いパーツに囲まれていた。

 ゴンザブラーはもはや、デフォルトとはまるで違うフルカウルマシンと化していた。その様はまるで黒い弾丸のようだ。

「これでオービスも怖くないってね」

 権三郎は軽口風にそう零すと、さらにアクセルに捻りを加える。その加速性能は圧倒的で、僅か1秒で200キロに到達した。

 ゴンザブラー・フルカウルモードには特殊な妨害電波を発する機能があり、オービスを始め一切の速度計測器のセンサーを無効化する。

 ゴンザブラーは前方の車両群を次々とアクロバティックに追い越して行く。付属のフルフェイスメットには特殊な視界確保装置があり、200キロ超えの高速走行でも全く視野が狭まることは無い。ライダースーツも特殊な繊維で作られており、強い風圧の抵抗にも一切の影響を受けない。

『エスイチゴウ、白バイが700メートル後方まで迫ってきてます』

 メデューサの警告がきた。すかさず権三郎は計器類の中のあるボタンを押す。すると、通常のナンバープレートがたちまち黒いシャッターに覆われる。

「とりあえず、この国道を抜けるまではあの白バイを貼り付かせておくか。アレを使うのは一車線に入るまで控えたい」

『賢明な判断です』メデューサが同意を示す。

 権三郎はここまで200キロ前後を維持していたが、当然というべきかある交差点で赤信号に掴まってしまう局面が来てしまった。

「メデューサ、あの技を使う。空中の体勢制御は任せたぜ」

『ラジャ!』

「ミラクル、ダイブ!」権三郎がボタンを押しながら叫ぶ。

 ゴンザブラーは停止線まで走ると、そこからジェット噴射で10メートルほどの空中に高く舞い上がった。

 交差点を直進で飛び越えると、ゴンザブラーは何事も無かったかのように車道へとスムーズに着地する。そして疾走を継続する。

 ゴンザブラーは超高性能ショックアブソーバーを装備しており、激しい振動を受けても車体及びライダーは一切ダメージを受けることが無い。

 しかし白バイもサイレンを鳴らして赤信号を突き抜け、しぶとく喰い下がってきた。バックミラーに映る後方には、いつの間にか白バイの数が増え、パトカーの一群までもが追走してきている。

「ちいとばかしネズミの群れが増えてきちまったな。そろそろ巻きたいとこだ」

『エスイチゴウ、100メートル先を右折で一車線に入ります』

「よし、いいタイミングだ」

 ゴンザブラーが右折する。直角に曲がる際にも姿勢維持自動システムが働き、減速は最低限に抑えられる。

 一車線に入ると、幸い前方を走る車は無かった。権三郎はあえて急減速し、追尾してくる白バイ・パトカーの群れを30メートルほどの距離まで引き付ける。

「頃合いだ。ハイパー・ミスト!!」

 権三郎がボタンを押すと、ゴンザブラーの尾底部から真っ白な濃霧がモクモクと噴き出し、後続車は一気に視界を失った。

『うおっ、なんだコリャ』『何も見えん!』『ありえねえー』といった叫びが後方から聞こえてくる。ゴンザブラーは好機とばかり一気にアクセルを捻り、250キロまで加速する。数分後には、ゴンザブラーを追い掛けてくる車両は影も形もなくなっていた。


 メデューサの最適ルート検索で、車が全く走ってない閑散とした区域に入った。周囲は一面田んぼと林が広がってるだけですこぶる見通しは良い。おまけに人っ子一人見当たらない。一車線だが道幅も広いので、まるで『飛ばしてください』と言わんばかりの道路である。

「これはいい。時間の稼ぎどきだ。ゴンザブラー、フルスロットル!」

 権三郎がアクセルを目一杯捻ると、ゴンザブラーはあっと言う間に最高速度に到達した。そのスピードは350キロだ。

 文字通り黒い弾丸となってゴンザブラーは疾走する。

 緩いカーブに差し掛かったそのとき、突然車道に飛び出して来る影が一瞬映った。

 ゴンザブラーは自動で急停止する。この機体は制動力も桁外れで、前方に障害物を認識すると0.001秒で停止することができる。超衝撃吸収システムにより、最高速度からの急停止でも乗員の身体には全くダメージが残らない。

 そこにいたのは野生のタヌキだった。

「なんだ、タヌキか。一瞬犬かなんかだと勘違いしたぜ。この辺にはこんな奴らもいるんだな」

 権三郎はそんな呑気な感想を洩らすと、再びアクセルを握りしめた。


 ゴンザブラーは早々に市街地を抜け、続けてグルグルと登っていく山道に入ってからも、100キロ代を維持して疾走を続けていた。

『エスイチゴウ、舗装された車道はそろそろ終わりです。ここからアジトまでは未舗装の道になります』

 ナビゲーターを務めるメデューサから情報が入る。

「了解。また切り替え時だな」

 権三郎は一時停止すると、計器類の中にある茶色いボタンを押した。

「ゴンザブラー、オフロードチェンジ!」

 ゴンザブラーの全体を覆うカウル装甲がみるみるうちに消え去って、質量保存の法則を無視するかの如きスリムな車体へと姿を変える。タイヤの形状まで様変わりして、変型を終えた時にはまるでトライアル競技で使われるような完全オフロード仕様の機体がそこに在った。 

「メデューサ、アジトまではあと何キロくらいだ?」

『あと7.8キロといったところです』

「よし、この調子なら予想以上に早く付けそうだな」

 権三郎は、別機体とみまごうほどに形状を変えたゴンザブラーのハンドルを握りしめ、未舗装ルートに舵を切った。

 その道は、大型トラック1台程度なら余裕で通れる広さはあったものの、2台の車が交差するにはやや厳しいといった塩梅である。

「しかし密輸団の奴ら、対向車が来た時はどう対応してるんだかな」

『来ないものと割り切ってるとしか考えられませんね』

 そんなやりとりを交わしつつ、ゴンザブラーオフローダーはデコボコ道を難なく走破していく。

 しばらくすると、100メートルほど前から大型トラックが向かってくるのが見えた。

 その巨体はトラックを通り越してもはや大型トレーラーといえるレベルであった。ほぼ道幅一杯ギリギリといった際どいラインをゆっくり走行している。

「密輸団の連中、だろうな」

『恐らくは』

「メデューサ、密猟班の連中だったら取り逃す訳にはいかん。ゴンザブラーのカメラズームで運転席の映像を送る。緊急に解析してくれ」

 権三郎が映像を送ると、即座にメデューサから返事が返る。

『服装からして、どうやら警備班の模様です』

「よし、それならもう一度アレを使うしかないか」

 権三郎はゴンザブラーを加速させ、一気にトレーラーの間近まで迫る。

「本日2回目、ミラクルダイブ!」

 ゴンザブラーが宙を舞い、軽々とトレーラーを飛び越えた。

「あばよ。今は雑魚に構ってるヒマはねえ」

 権三郎はそう吐き捨て、再びアクセルを全開にした。

 デコボコ道はかなり長く続いたが、やがてそれにも終わりが来た。

 平坦にはなったものの、舗装されているわけではない。ただの土という感じである。

 そして、著しく道幅が広くなった。やがてそれは拓けた空間になり、前方に何やら黒っぽい建物が視界に入ってきた。

『エスイチゴウ、目的地到着です』

 メデューサの声がピンマイクから響いた。

権三郎はゴンザブラー付属の時計を見て言った。

「現在16時25分。久々に乗ったにしてはまあまあのタイムだな」

 車体から降りた権三郎は、ヘルメットを脱いでブルブルと頭を振ると、大きく深呼吸するのだった。


四章 2


 権三郎はメットとツナギを収納し、トートバッグを開けた。中から取り出したのは、ライターほどのサイズの謎めいた機器が二つ、直径七センチほどのフリスビー状の円盤、小型の電子端末、そして用途不明の小物数点。どれも市場では見かけぬ代物ばかりだ。共通しているのは、そのどれもが異様にコンパクトであるということ。

 それらをジャケットの両腰ポケットに収め、さらに十センチほどの金属棒をスラックスのサイドポケットへ差し込む。最後に通信用ピンマイクを胸ポケットに挟み込むと、彼は相棒・ゴンザブラーを目立たぬ茂みへと押し込み、葉をかけて隠した。


「メデューサ、ホークアイは到着してるか?」

『エスイチゴウ、今、あなたの真後ろの枝に停まってます』

 振り返ると、木の高枝にホークアイがいた。片翼を曲げ、軽く敬礼のポーズ。アイランプは消えており、本物の鳥のようだ。

「よし、スタンバイ完了。――殲滅作戦を開始する」


 颯太への連絡もすでに済んでいる。

 いよいよ権三郎自らが動く時が来た。


 建物の前に立つと、彼は裏手へと回り込む。非常口が使われている可能性もあったが、そこは出たとこ勝負だ。角から裏を覗き込み、人気のないのを確かめると、壁に背を預け、慎重にカニ歩きで進む。

「この時間の警備は二人だったな?」

 小声でマイクに囁く。

『そのはずです。ホークアイを飛ばして確認させましょうか?』

「不要だ」

『しかし、その白スーツはかなり目立ちますよ』

「心配無用。銃弾飛び交う戦場をくぐってきた身だ。この程度で援護はいらん」

『了解』

 メデューサの声が一瞬沈黙する。


 やがて権三郎は非常口を通り過ぎ、建物端の林状のエリアへ到達。数本の樹木の間に身を潜め、じっと息を潜めた。

 間もなく、一人の警備員がアジトへ戻ってくるのが見える。裏手ではなく正面へ向かって歩いていく。

 権三郎は音を立てずに小走りで位置を変え、メインドア近くの木陰に滑り込んだ。


 警備員がトランシーバーを取り出そうとした瞬間、権三郎は豹のように背後へ回り込む。

「よっ、警備員さん。お勤めご苦労さん」

 囁きと同時に、右手で口を塞ぐ。

「ぐふぅ!」

「悪いが、しばらく寝てもらうぜ」

 首筋に手刀、続いて鳩尾に一撃。警備員は声も上げられず崩れ落ちた。


「まずは一匹」

 タバコ箱ほどの器具を取り出し、男の足元をなぞる。瞬時にロープが展開し、両足を拘束。さらに両手を縛り、口に機器を当てると、強化テープが自動的に巻きついた。

「さて、待ち伏せは性に合わねぇ。二匹目はこちらから狩るか」


 権三郎は森へと分け入り、次の標的を探す。やがて、遠くにもう一人の警備員の姿を見つけた。

「お、いたいた」

 男はトランシーバーに向かって愚痴をこぼしている。

「おっかしいなー。11号のやつ、応答がねぇぞ……」

 その背後へと、権三郎が音もなく忍び寄る。

「よぉ、その11号くんなら今お昼寝中だ。――あ、もう夕方か」


 警備員が反射的に飛び退く。さっきの奴よりはデキる。

「な、なんだテメェ!? 何モンだ!」

「貴様ら如きに名乗る名はねぇ」

「なら、ぶっ飛ばして吐かせるまでだ!」


 警棒を抜くと、それはシュッと伸び、長さ一メートルのスティックに変わった。

「ぶっ殺してやる!」

 唸りを上げて振り下ろされる一撃。

 権三郎は肩をわずかにずらし、紙一重で回避。二撃目、三撃目も同様にかわす。まるで相手の動きを読んでいるようだ。

「チョコマカとしやがって!」

 男が振りかぶった瞬間、権三郎は間合いを詰め、腕を取って背後に回り込み、関節をきりきりと捻り上げる。

「い、痛ぇ! 離せ!」

 警棒が地面に転がる。

「そんな腕じゃハエ一匹殺せねぇぞ」

 低く呟き、背後から腕を回して首を締め上げた。

「ゲホッ、ゴホ……!」

 青ざめた男が抵抗を失う。

「安心しろ、殺しはせん」

「た、助けて……」

「おねんねの時間だ」

 権三郎がさらに力を込めると、男はずるりと崩れ落ちた。


 二人目も同様に拘束し、トランシーバーを踏み潰す。

 そしてアジトのメインドアへ向かって、ゆったりと歩き出した。


「メデューサ、警備二名拘束完了。これより本丸へ突入する」

『了解。ホークアイの起動、いつでも可能です』

「合図したら動かせ」


 重厚な鉄扉の前に立ち、深呼吸で気を整える。

「たのもーーー!」

 分厚いドアをドンドンと叩く。

「たのもーーーっ!!」

 反応なし。

(チッ、道場破りの定番をスルーとは。風情のねぇ連中だ)


 権三郎は気を取り直し、声色を変える。

「こんにちわー、宅配便でーす!」

 途端に、屋内がざわついた。

「どなたかいらっしゃいませんか〜? 置き配は対応してないんですよ〜」

 するとドア越しに声。

『宅配便? そんなもん頼んでねぇぞ』

「え? おかしいなぁ、住所は合ってるはずなんですけどねぇ」

『間違いだろ! 帰れ!』

「確認だけでもお願いしまーす。帰るに帰れないんすよー」

『しつけえ!』

「このまま帰ったらクビなんですよー! お願いしますよぉ!」

 やがて、ドアがギギィと開いた。


「まったくしつけぇ野郎だな! 見せろ!」

 現れたのは、アーミールックの巨漢。顔つきも態度もプロレスラーそのもの。

「どうも〜♪」

 権三郎は満面の笑みで両手を振った。


 巨漢が訝しげに睨む。

「お前、本当に宅配便か? そのスーツ、派手すぎだろ。荷物も持ってねぇじゃねえか」

 権三郎の笑顔が、すっと消えた。

「宅配ならあるさ。形はねぇけどな」

「……何だと?」

 男の顔に緊張が走る。

「お届けモノは――この密輸団、閉店のお知らせだ。

 天に代わって、この俺が報告しにきたってわけだ!」


四章 3


 権三郎の咆哮を受け、巨漢警備員の顔が強張った。

「て、テメェ、なぜそれを……どこから情報を得た?」

 権三郎は両腕を直角に曲げ、胸の前で掌を突き出すという、ふざけたポーズで応じる。

「企業秘密で〜す」

 そう言ってベロまで出した。


 巨漢の表情が動揺から憤怒へと変わる。

「野郎、調子に乗りやがって……」

 リーダー格の巨漢は、周囲の警備員たちに怒鳴った。

「おめえら、こいつどう処理すんだ? 追い払うか、捕まえて拷問か、それとも――この場で始末か!」


 即座に声が上がる。

「秘密を知ってる奴を野放しとか、あり得ねっす!」

「捕まえて締め上げましょうよ、どっから情報を得たか吐かせねえと!」

「殺るのはその後っすね。情報引き出してからの方が効率的っしょ!」


 権三郎は鼻で笑った。

「おーおー、いかにも悪党らしい会議だな。テンプレすぎて笑えるぜ」


 挑発にも巨漢は動じない。

「もう一度訊く。てめぇ、何者だ? 警察の回しモンか」

 権三郎は人差し指を左右に振る。

「貴様ら外道に名乗る義理はねぇが、一つだけ教えてやる――俺は、探偵だ」

「探偵だぁ? ふざけんな!」

「大真面目だ。事実を言ってるに過ぎん」


 野次が飛ぶ。

「マンガじゃあるめえし、そんな探偵いるかよ!」

「刑事だろ? それとも公安か?」


 権三郎は一喝した。

「――シャーラッップ!!」

 瞬間、場の空気が凍る。

「少しだけ教えてやる。このアジトに関しては、俺はすでに大量の情報を握っている。……たとえば、三ヶ月前の“ヒグマ脱走事件”とか、な」


 どよめきが走る。

「てめぇ、そんなことまで……」

「そう。そして俺は警察とのパイプもある。ただし安心しろ――密輸団の件は“少しだけ”喋った程度だ。肝心な情報は一切出してねぇ」

「本当か?」

「ああ。信じるかどうかはお前ら次第だ。だが――」

 権三郎が指を鳴らす。

「俺がここから帰ったら、全部警察に話す。アジトの映像や音声は、このポケットにある」

「なっ……!」

「つまりだ」

 権三郎の口元が吊り上がる。

「お前らが助かる道は一つ。俺をこの場で殺して、証拠を闇に葬ること――それだけだ」

 挑発の笑みが、夜気に鋭く光った。


「バカかお前! 一人で勝てるわけねえだろ!」

「『自殺志願者』ってやつだな!」

「頭ぶっ飛んでるぜ!」


 権三郎は冷たい眼差しで巨漢を見据える。

「お前に訊く。――やるのか、やらねえのか」

 巨漢は目を細めた。

「お望みどおり相手してやる。ただし殺しは後だ。まずは監禁して、ゆっくり聞かせてもらう」

 権三郎は軽く頷き、背後の原っぱを指差した。

「なら、外だ。広い場所でやろうぜ」

「いいだろう。アジトを汚すと上がうるせえからな」


 権三郎はアジト前の空き地へ歩き出し、中央に立つ。

「カモーン、悪党ども」

 手招きまでして見せる。

「野郎ども、やれ!」

 巨漢の号令で十人ほどの警備員が飛び出した。


「ふむ、少し増員したか」

 権三郎の唇が歪む。


 一番槍の男が突っ込んできた。バタフライナイフを振り抜く。

 だが、次の瞬間――

 バシッ!

 ナイフが宙を舞う。権三郎の蹴りが、男の腕を真上に弾き飛ばしていた。

「ぐっ……!」

 悲鳴と共に腕が不自然な角度で曲がる。

 さらに権三郎の手刀が首筋に突き刺さる。

 ドサリ――男はその場に崩れ落ちた。

「1号がやられた……」

「コイツ、強えぞ!」

「見かけに騙されたな!」


 2号と3号が距離を取り、顔を見合わせる。

「正面は無理だ。左右から挟むぞ」

「了解!」


 二人が同時に突っ込む。2号は警棒、3号は鎖分銅。

「死ねぇっ!!」


 だが、刹那。権三郎の身体がふわりと宙を舞う。

 ――バキッ、メリッ。

 2号の警棒が3号の顔面を砕き、3号の分銅が2号の脇腹を打ち抜く。


 権三郎は二人の背後に着地。髪を払ってひとこと。

「見たか今の」

 呆然とする警備員たち。

「人間の動きじゃねえ……」

「重力、無視してやがる……」


 倒れた二人は動かない。

「トドメは不要のようだな」

 権三郎は冷ややかに言った。


 残る七人が距離を取って作戦会議を始める。

「アイツ、マジでヤベぇ」

「正面突破は無理。多方向からいくしかねえ」

 巨漢が命じた。

「4〜7号。四方から同時に攻めろ。どこかに必ず隙ができる」

 名指しされた四人が頷く。

「よし、4対1なら勝機ある!」

「間合いは取れ、相打ちは避けろ!」


 再び地を蹴る四人。鎖鎌、長警棒、木刀、サバイバルナイフ――それぞれの刃が夜光を放つ。


 権三郎はくるりと身を翻し、状況を一瞥。

「少しは学習したようだな。四方同時のリーチ攻撃とは」

「次こそ一撃かますぜ!」


 彼はポケットに手を入れた。

「この段階では使いたくなかったが……やむを得まい」


 引き抜いたのは十センチほどの鉄棒。

 ボタンを押すと、棒が伸び、太くなり――

 鮮やかなメタルレッドの光が走る。


「――強化型威力調節式電磁警棒、ゴンザブ・ロッド!」


 地鳴りのような唸りが響く。

 赤い閃光が、夕陽に染まる森の空気を切り裂いた。


四章 4


 権三郎は灼熱色に輝くスティックを胸の前で構え、左手を添えた。

 その姿はまるで、火花を孕んだ刃を抱く武人のようだった。


「さあ——いつでもかかってこい」


 その一言で空気が一変する。

 警備班の面々が息を呑み、目を見開いた。


「あの野郎……武器持ってやがったのか」

「しかも長ぇ! あんなもん反則だろ!」

「素手でも怪物じみてたのに……」


 焦燥が走る。だが、リーダー格の巨漢が一喝した。


「ビビってんじゃねえ! 4対1だぞ、勝負はまだこっちが有利だ!」


 仲間たちは顔を見合わせ、互いに頷く。

 7号が吠え、士気を鼓舞した。


「行くぞっ!」


 瞬間、四人が地を蹴る。

 長警棒の5号が正面、鎖鎌の4号が右、木刀の6号が左、そしてサバイバルナイフの7号が背後から襲いかかる。


「うぉぉぉっ!」「死ねやぁ!」


 咆哮が重なり、四方から刃が迫る。

 権三郎の瞳に光が走った。


「ゴンザブロッド——回転斬り!!」


 掛け声とともに、彼は旋風のように回転した。

 バシッ、バシッ、バシッ! 三連打の乾いた衝撃音。


「ぐあっ!」「うぎゃっ!」「ぐふぅっ!」


 電撃を受けたかのように三人の体が震え、地面に沈む。

 全身が痙攣し、白目を剥いた。


「や、やっぱ無理だっ!」


 唯一踏み込みの遅れた4号が、恐怖に突き動かされて逃げ出す。

 権三郎は追うように疾走し、背中を一閃。


 バシッ!


「敵前逃亡はカッコ悪いぜ」


「うわぁっ!」


 4号は顔面から地面に突っ伏し、再び痙攣。

 その様を見ていた巨漢が低く呟いた。


「チッ……4号の奴、ビビりやがって」


「元々根性ねぇやつだったろ」

「期待なんざしてねぇ」


 8号と9号が冷ややかに言葉を交わす。

 巨漢は彼らを見据え、短く言った。


「……分かったろ。あの棒、ただの警棒じゃねえ」


「間違いねぇ。スタン効果付きだ」

「しかも、規格外の出力だな」


 三人は一瞬視線を交わし、巨漢が前に出た。

 重い足音を響かせながら、権三郎の正面に立つ。


「探偵、一つ提案がある」


「ほう?」


「アンタの身体能力に加えて、その化け物じみた武器じゃ勝負にならねえ。だからよ——」


 巨漢は口角をわずかに吊り上げた。


「ここから先は、タイマン勝負三連発ってのはどうだ?」


 予想外の提案に、権三郎は片眉を上げる。


「俺と一対一でやるって? ……自殺志願か?」


 挑発にも、巨漢は揺るがない。


「タイマンっても、こっちの得意分野でやる。モヒカンは元ウェルター級ボクサー、ロン毛は剣道家崩れ、俺は格闘家上がりだ」


「なるほど、プロ級の寄せ集めってわけか」


 権三郎の目が細く光る。


「その代わり、アンタの武器は封印してくれ。こっちも手出しはしねえ」


「ふむ……剣道家の相手んときは?」


「スタン効果OFF、それでいい」


 権三郎は愉快そうに笑い、頷いた。


「いいだろう。乗ってやる。ただし——裏切ったら、その時点で地獄行きだ」


「上等だ。プライド懸けてやるさ」


 巨漢の目が真剣に光った。


 そして、タイマン三本勝負——第一戦が幕を開ける。


 権三郎はジャケットとネクタイを外し、Yシャツのボタンを二つ開く。

 対する8号はアーミージャケットを脱ぎ、タンクトップ姿で拳を握った。


「形式はボクシングルール。蹴りも掴みも無し。動けなくなった方の負け——以上だ」

 立会人を務める10号の声が響く。


「リングもグラブも無しのボクシングね……笑えるじゃねぇか」


「笑うな。これは“ボクシングの形をした命の取り合い”だ」


 真剣な眼差しに、権三郎はやれやれと肩をすくめた。


「了解。じゃあ、全力で相手してやる」


 二人の視線がぶつかる。

 張り詰めた空気の中、10号の右手が振り下ろされた。


「——死合、開始!」


 8号が軽快なフットワークで動き出す。

 ステップを踏みながら円を描くように回り、鼻先まで高く構えたガード。

 権三郎も逆方向にサークリングしながら、互いの間合いを測る。


 ピッ、ピッ。

 8号が試しのジャブを放つ。


(悪くねえキレだ。こいつ、ただの喧嘩屋じゃねえな)


 権三郎は内心で唸ると、返すように変則的なジャブを繰り出す。


「フリッカージャブかよ!?」


「おい、私語は禁止だったろ」


 権三郎の右ストレートが閃光のように走った。

 バシィッ! ガード越しに衝撃が伝わり、8号の身体が仰け反る。


「細身のくせに……重ぇパンチだな!」


 8号は息を整えつつステップを速める。

 権三郎は容赦なく左の連打を浴びせ続けた。


 やがて8号はガードを固め、攻め手を失う。

(チッ……守りに徹するタイプか。厄介だな)


 権三郎が一気に距離を詰めた。

 左フックのモーションを見せた刹那——8号の右ストレートが閃く。


 風を裂く音。髪先を掠める拳。


「当たったと思ったのに……っ」


 8号が顔を歪める。


「焦らしてカウンター狙い、ってわけか。悪くねぇ」


 権三郎は前髪をかき上げ、目を細めた。


「だが、こっからは本気だ——覚悟しな」


 左右のウィービングから一気に踏み込み、腹部へ鋭い左ボディ。

「ぐおっ!」

 続けて右アッパーがストマックを撃ち抜く。

 8号が呻き、口を押さえる。


「どうした、元プロボクサー。これが限界か?」


 挑発の言葉に、8号の怒りが爆発する。


「ふざけんなっ!」


 咆哮とともに突進。

 左右のフックを乱れ打ちする。


「これが俺の喧嘩スタイルだ!」


 しかし、権三郎のボディワークは冴え渡っていた。

 ダッキング、スウェーバック、パーリング——全て紙一重でかわす。


 数十秒後、8号の息が荒くなる。


「現役離れると、スタミナ落ちるんだな」


 右ボディがえぐるように突き刺さり、8号のガードが崩壊した。


「——フィニッシュだ」


 ワン・ツー。

 閃光のような二発が顔面を撃ち抜き、8号が糸の切れた操り人形のように崩れ落ちた。


「そこまで! 探偵の勝ちだ!」


 10号の宣言が響く。

 権三郎は倒れた8号を見下ろし、静かに言った。


「……日本ランカーにはなれなかった口だな」


 返答は無い。


「ボクシングは喧嘩じゃねえ。“ここ”を使うもんだ」


 自分の頭を指差し、権三郎は小さく息を吐いた。

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