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ご都合主義探偵 権三郎  作者: TT93
第三章
11/23

三章 9-13

三章 9


 権三郎はそう断言したものの、すぐに補足を加えた。

「とはいえ、今のところは“推定有罪”だ。Bが言いかけた話も、もしかしたらM山とは別件かもしれん。Dが冷遇されているのも、単にまだハンターとして半人前だから、という可能性もある。──まあ、おそらくDで決まりのような気がするがな」

『確かに、完全に断定するのは少々早計かもしれませんね』

「それにな、推定有罪なのはDだけじゃない。そもそもこのアジトがM山事件と関わっているという確証がまだ得られてないということだ」

『薬莢と麻酔弾だけでも充分な気がしますが』

「確かに状況証拠は揃っている。動物密輸団のアジトなんてそんじょそこらに幾つもあるわけじゃないだろう。99%ここで間違いない。しかし、今欲しいのは“証言”だ。このアジトの誰かが、M山付近でヒグマを逃がしたという“言質”を取ることが重要なんだ」

『結局そこに行き着くのですね。ところで、エスイチゴウ、一つ質問をしても?』

「うむ、何だ」

『……あまり好ましい言葉ではありませんが、連中を拘束して“尋問”するという手はダメなのですか?』

「それな。俺の経験から言えば、脅して吐かせようとしても成功率は七割ほどだ。拷問にかければもっと上がるが、犯罪者とはいえ、後遺症が残るようなダメージを与えるのは避けたい。下手すりゃ殺しかねん」

『なるほど。貴方が言うと説得力がありますね』

 その一言に、権三郎は苦笑を浮かべた。

「だからこそ、密偵調査にこだわる必要があるのさ」

『了解。納得しました』

「よって調査は継続だ。時間はまだ四十時間以上ある」

『では、Dにカメレオンを張り付かせますか?』

「いや、その点については一つ考えがある」


 権三郎の立てた作戦は、密猟班サブリーダーBを軸にカメレオンを張り込ませるというものだった。

「密猟班の四人の中で、ヤツが最も“爆弾発言”しそうなタイプだと睨んでいる」

『それには共感します』

「さっきのような口論でも、独り言でもいい。Bが三ヶ月前のネタに触れる、その一点に賭ける」

『Bが眠っている時はどうします?』

「その時はC、D、リーダーAの順で張り込ませよう」

『Cの優先度も高めなのですね』

「ああ。やらかしたD自身は自分の口で語りたくはないだろう。ただ、独り言なら別だ」

『リーダーAには個室があります。カメレオン付属の盗聴器を仕掛けますか?』

「いや、ムダに電力を使いたくない。カメレオン単騎の張り込みでいこう」

『承知しました』

 メデューサの了承を得て、権三郎は団員Bにカメレオンアイをマンツーマンで張り付かせた。


 しかし、その後はなかなか新展開がなかった。

 お目当ての情報は得られぬまま、時だけが過ぎ、二日目の夜も明けた。もっともこの建物内に朝日が差し込むことはない。カメレオンアイの稼働時間は残り三十時間ほど。

 朝七時ごろ目を覚ました権三郎は、コーヒーとトーストの支度をしてモニターに向かう。

「Bのやつ、まだ起きてこないな」

 画面には、いびきをかいて気持ちよさそうに眠るBの姿。

『昨夜は深酒していたようですから、昼近くまで起きないかもしれませんね』

 メデューサの表情には、わずかな侮蔑の色が浮かんでいるように見えた。

「奴はアジト一の酒豪ってとこか。──Cは?」

『Cは六時ごろに出かけました』

「ほう、朝から勤勉だな。銃は持ってたか?」

『カメレオンアイが捉えたのは寝室からの外出映像だけです。武器までは不明ですが、大きめのリュックを背負っていたので、外出した可能性が高いです』

 密猟班はヒエラルキー上位のはずだが、個室を与えられているのはリーダーAだけだった。

「そういえば銃器類は別室保管だったな」

『ええ。おそらく一括管理でしょう』

「で、Dは?」

『Dもしばらく前に出ていきました。白い作業着に着替えていましたので、飼育班の手伝いかもしれません』

「Aのほうは? まだ未チェックか」

『Bが熟睡していたので、試しにカメレオンにロングタァンを使わせたところ、ドアは施錠されていませんでした。Aの個室も様子を見させました』

 ちなみにカメレオンアイは小柄な体躯に似合わず怪力で、外開きのドアを押し開けたり、内開きを舌で引っ張り開けることができる。

「で、Aはどうだった?」

『人感センサーに反応あり。無音でしたから、就寝中と思われます』

「ふん、トップの二人は優雅なもんだ」

 権三郎が軽く嘆息する。

『これからどう動きますか?』

「今、屋内で動いているのはDだけか。だが飼育班との会話には期待できん。よし、室内探索の続きといこうか」


 権三郎の指令を受け、今日もカメレオンアイはファントムを発動させ屋内を探索する。

 一階は昼でも薄暗いが、二階廊下はLED照明が点いており、暗視機能は不要だった。

 カメレオンアイがある部屋に入った時、権三郎はある特徴に気づく。

「妙に狭い部屋だな。ここは何の部屋だ?」

『二畳ほどの空間のようです』

「カメレオンアイ、この部屋全体を隈なく映せ」

 白い壁に囲まれた狭い空間。その壁一面に、大小さまざまな形状の鍵がフックで掛けられていた。

「さしずめキールームってところか」

『そのようですね』

「キールームが施錠されてないとは呆れるな」

『たぶん、かけ忘れでしょう』

「お、ひときわ大きな鍵がある。あれは……?」

 モニターを見つめる権三郎が、その鍵に興味を示す。

『形状から類推します』

 メデューサはズームをかけ、解析を始めた。十秒後、答えを出す。

『サイズと型式から、おそらくメインドアのキーです』

「やはりな。そう思った」

『隣にも似た形のキーがありますね』

「つまり、第二のドアがどこかに?」

『解析します』

 三十秒後、メデューサが告げる。

『寸分違わぬ同形状です。スペアキーかと』

「使い込み具合は?」

『一つ目の方が磨耗しており、日常的に使用しているようです。スペアの方はピカピカで、使用痕はありません』

 権三郎は顎に手を添え、少し考え込むと、低く言った。

「よし、それを盗ろう」

『え? スペアキーを盗む、と?』

「そうだ」

『リスクがあります。気づかれて警戒が強まるかもしれません』

 メデューサの懸念をよそに、権三郎は語気を強める。

「探偵業ってやつは、賭けなきゃならない局面がある。やるぞ」

『確かに、カメレオンアイほどの機体でなければ不可能でしょう。外部侵入とは思われにくいのも利点です』

「俺もそう考えてる」

『ところで、盗む理由は?』

「ひとつは、アジト突入時に連中が解錠しない場合の備え。もう一つは、颯太に引き継ぐ際、内部を見せるためだ」

『つまり、ドリルを持ち込まずに済むわけですね』

「そう。できるだけ身軽で動きたい」

 権三郎は指令を下す。

「カメレオンアイ、舌を伸ばしてスペアキーを呑み込め!」

 カメレオンは顔を上げ、ロングタァンで鍵を絡め取り、すぐに口内へと納めた。


 ──そこまでは順調だった。

 だが、この三日目は午後になっても進展がない。

 リーダーAとサブリーダーBが起きたのは午後二時。何をするでもなく、それぞれ寛いでいる。どうやら“本部参り”の翌日は休暇と決まっているらしい。

 Cは夕方に帰還したが、特に変わった様子もない。Dは一日中、飼育班や警備班の手伝いで働きづめ。口を開くことすら稀だった。

 夜十時を過ぎると、カメレオンアイはステルスシールドを張り、ただ静止するしかなかった。

 CとDは早々に眠り、AとBは各自の部屋で寛いでいる。警備班も会話は少なく、黙々と作業を続けているだけ。

「……うーん、不味い流れだな」

『ここまで会話がないとは予想外ですね』

「警備の連中は、密猟班がいる時だけ勤勉を装ってるんだろう。猟に出てる間は、もっと気を抜いてるはずだ」

『初日は確かにのびのびしていましたね』

 権三郎は仮眠を取ることにし、潜入後三度目の朝を迎えた。

 朝食を運びながら、彼は眉間に皺を寄せてモニターを見つめる。

「メデューサ、カメレオンアイのバッテリー残量は?」

『あと六時間で切れます』

「平均通り七十二時間か……」

『今回は特殊機能を多用しましたからね。むしろ良く保ちました』

 Bへの張り込みは続いたが、特に動きはないまま午前が過ぎた。

 正午。

「あと一時間半か。いよいよ厳しいな」

『エスイチゴウ、もし今回の作戦が不首尾に終わったら? カメレオンアイを回収して、再度潜入ですか?』

 権三郎は考え込むように黙り、やがて口を開く。

「鳩森郁美には最大限の成果を渡したい。だが、何度潜入しても出ない情報は出ない……」

『不確実性の問題、ですね』

「やはり、密猟班を絞め上げて吐かせるしかないか……」

 その時、階下からざわめきが聞こえた。

 Bが気づき、リビングから一階へ降りる。カメレオンアイもすぐに後を追った。

『おいテメェら、何の騒ぎだ!』

 そこでは、Dを囲んで三人の警備班が揉めていた。

 Bの一喝に、彼らは一様に頭を下げる。

『お騒がせしてすみません!』

「で、何があった?」

 一人が前に出て説明した。

『実は、D君が荷物を運んでいる途中で、ぶつかってきたんです』

 三十前後のその男は、格上のはずのDを“君”付けで呼んだ。

『すみません、荷物が重くて前を見ていなくて……』

 Dが憔悴した様子で弁解する。

『で、お前が怪我したのか?』

『いえ、自分は無事なんですが──これが……』

 床には、壊れた無線機が転がっていた。

 それを見たBの顔が一変し、Dの胸倉を掴む。

『おいD! ドジもたいがいにしろよ……!』

 権三郎はすかさず指令を飛ばした。

「チャンスだ! カメレオンアイ、集音マイク最大、会話を録音しろ! 録音だけでいい、確実にだ!」

 カメレオンアイから、了解の合図が返った。


三章 10


 サブリーダーBは、密猟班最年少メンバー・Dの胸倉を掴み、壁に叩きつけた。

「テメェ、確かに狙撃の腕はいい。それは認めてやる。だがな、間抜けなとこは一向に直らねえ。俺は不安なんだよ。テメェのドジで、いつか俺ら全員が御縄になっちまうんじゃねえかってな」


 Dは「すみませんBさん、すみません」と、繰り返し頭を下げる。

 だがBは容赦しない。

「“すみません”で済むなら警察はいらねえ。──ま、どんな場合でも警察なんざいらねえけどな。そういや警察といえば、三ヶ月前の件じゃ命拾いしたよな。所轄の連中がテキトーで助かったぜ」


 周囲の警備班たちがニヤリと笑い、次々に茶化すように声を上げた。

「マジきつかったっすね」「大雨の中、徹夜で地均し」「夏至の頃で巻きでやれとか無茶だし」「人手足んなくて本部応援」「連帯責任で減俸まで食らってさ」「Dく〜ん、この貸しはデカいよぉ〜」


「皆さん、本当にすみません! 二度と、二度とあんなことはしませんから……」

 Dは必死に頭を下げる。

 だがBの拳は止まらなかった。


「ネットニュースで見たぜ。あの遺体が出た公園、M山とか言ったか? 立入禁止だとよ」

「えっ、そうなんですか?」Dの顔が強張る。

「テメェも罪なヤローだな。あんなチンケな山でヒグマ逃がして死人出すわ、地元の憩いの場まで潰すわ」

「言葉が……ありません」


「ま、俺もこんな商売だ。偉そうなことは言えねえけどな」

 そう言いながら、十分に偉そうな顔をしていた。


「アニキが河原を探索しようって言わなきゃ、ヒグマ処理も間に合わなかった。紙一重だったぜ」

「Aさんには一生頭が上がりません」

 その瞬間、Bの眉が吊り上がる。

「馬鹿野郎、“Aさん”じゃねえ。“アニキ”って呼べって何度言やわかんだ、テメェ!」


 バキッ!

 Bの拳がDの頬を打ち抜いた。

「す、すみま、せん。Aの、アニキ、ですよね……」

 血を垂らしながら呟くDに、Bは冷えた目を向けた。


「やっぱお前は悪党に向いてねえな。頭がキレるわけでもねぇし、話にならねえ」

「言葉がありません……」

「その“言葉がありません”がムカつくんだよ!」


 Bはさらに吐き捨てるように続けた。

「X国のサーカス団が子グマを欲しがってたのに、デカくなっちまった奴を出して破談。違約金まで背負いやがって」

「はい、折り合いがつかずに長引いてしまい……」

「言い訳はいいッ!」


 そこへ警備班の一人が茶々を入れる。

「その尻拭いで、D君一人でヒグマを山に捨てに行かされたって噂っすけど、マジなんすかぁ?」

「はい……ペナルティとして、アニキに命じられました」

「その結果がアレだ」Bが吐き捨てる。

「お前も三年目だろ。ロック一つまともに掛けられねぇとは、どうしようもねぇ」

「すみません、本当にすみません!」


 Dが土下座する勢いで頭を下げたその時、階段の上から鋭い声が響く。

「よさねえか、B」


 空気が凍った。

「ア、アニキ……いつからそこに……」

 階段の影に、リーダーAの姿。熊の爪痕が走る頬に、歴戦の気迫が漂っていた。


「そのへんにしとけ。もう済んだことだ」

 Aの低い声に、Bは猫撫で声で取り繕う。

「す、すいやせんアニキ。Dのやつがまたやらかしたもんで、つい……」

「確かに抜けてるが、狙撃手としては一流だ。素質は俺以上かもしれねぇ」

「それは俺も認めてます。だから早く一人前になってほしくて……」


 Aは白けたように息を吐く。

「ま、いい。だがイジメみてぇな真似はダセえ。俺が許さねぇ。いいな」

「ハイ!」「すいやせんアニキ!」

 頭を下げる団員たち。やがてそれぞれ持ち場に戻っていった。


 ──その様子をモニターで見ていた権三郎は、両手でガッツポーズを作った。

「やった……決定的な言質を取れた。賭けは勝ちだ!」

『やりましたね、エスイチゴウ』

 メデューサが笑みを浮かべる。

「おうよ。ギリギリだったが、結果オーライだ」


 権三郎は表情を引き締めた。

「よし、あとはカメレオンアイの回収だ。オウルアイを向かわせ──」

 その時、スピーカーが悲鳴を上げた。

『アニキ! 大変です!』

「どうした!?」

『ドアのスペアキーが……ありません!』


 場の空気が一変する。Bをはじめ、団員たちが顔を見合わせた。

「誰かが戻し忘れたんじゃねえのか?」

 Aが落ち着いた声で言う。

『スペアキーを使う機会はほとんどありません。その可能性は低いかと!』

「……まあ、このセキュリティを破れる奴がいるとも思えねえが」


 Aは少し黙考し、すぐに命じた。

「念のため、メインドアは使用禁止。追加のロックを掛けろ。出入りは非常口1に限定だ。今から全員でスペアキーを探せ。速やかに通達!」

『ラジャ!!』

 団員たちが敬礼し、蜘蛛の子を散らすように動き出す。


『エスイチゴウ……不味い展開になりましたね』

「ああ。賭けは──裏目に出ちまったか」

 権三郎は歯軋りしながら、静かに呟いた。


三章 11


 権三郎は焦燥を押し殺し、頭脳をフル回転させた。

「メデューサ、ドアからの脱出はもう無理だな」

『ええ。警備班、すでに入口を完全封鎖中です』

 映像には、手際よく大型錠前を追加する警備員たちの姿。Wロックで完全防備だ。


「カメレオンアイのデータでは、裏口も無かったはずだよな?」

『“いかにも出入口”という構造は未検出。今は裏側へ向かわせ、団員の出入り口を特定するしかありません』

「よし、カメレオンアイ、全速で裏へ回れ!」


 命令を受けたカメレオンアイが、連続ダッシュで獣舎の裏手へ。

 映像が切り替わると、そこには何の変哲もない壁――のはずだった。

 だが、一部がわずかに動き、団員たちが出入りしている。


「あそこか! ズームしろ、カメレオンアイ!」

 一人の団員が壁に指を当てた瞬間、壁全体が上方へ滑るように開いた。

 人一人が通れるほどの細い穴が、音もなく口を開ける。


「な、なんだ今のは……」

『壁自体がシャッター構造。完全な隠し扉です』

「開口部のサイズは?」

『縦二メートル、横五十センチ』


 団員が出ると同時に、壁は0.5秒で閉鎖。

「速い!」

 権三郎が椅子に腰を打ちつけながら地団駄を踏む。


『この狭さと速度では、カメレオンアイでも通過は不可能。無理をすれば潰されます』

「ペシャンコか……」

『どうします、エスイチゴウ?』

「お前のハイパーモードで突破は?」

『理論上は可能です。ただしエネルギーが足りません。ハイパーゲージは残り僅かです』

「使いすぎたか……」

『ミラクルセンサー分が響きましたね。結果論ですが』

 その冷徹な声に、権三郎は苦笑するしかなかった。


「カメレオンアイの稼働限界は?」

『あと三十分』

「……厳しい。隠してシリンダーに戻すしかないな」

『回収は後回しに?』

「やむを得ん」

『ですが録音はしてません。シリンダーを発見されたら証拠は消滅します』

「抜き取りは?」

『可能ですが、ハイパーモードが必要』

「万事休す、か……」


 沈黙のあと、メデューサが声を落とす。

『……エスイチゴウ。もう、あの手しかありません』

「ん?」

『S級暫定申請です。この状況なら通るはず』

「その手があったか!」

 権三郎が机を叩き立ち上がる。


『結果が出るまで最短三十分。今すぐ申請すれば間に合います』

「アレが通れば――」

『はい。私のハイパーモードが無制限使用に。カメレオンアイも……』

「二段トランスフォーム、だな」

『ご明察』

「よし、賭けてみるか」

『今です。機構へ緊急依頼を!』

 台座から青いボタンがせり上がる。

「S級暫定申請だ、メデューサ!」


 ボタンを押すと、蛇髪が赤く点滅を始めた。

『……あとは運を天に任せましょう』

「カメレオンアイは物陰で待機だ」


 ――二十五分後。

「メデューサ、返答は?」

『まだです……』

「くっ、時間が無い」

『データ送信は完了済み。審査は進んでいるはずです』


 その時、モニターに緑の機体がちらついた。

「やばい、ファントムが切れる!」

『慌てずに。その場所ならすぐには――』


 メデューサの声が終わる前に、警備員が積み上げられた段ボールを下ろし始めた。

「チッ、徹底してやがる……」

 ファントムが消えかけ、金属の躯体が露わになりかけたその瞬間――。


『エスイチゴウ! S級暫定承認、下りました!』

 メデューサの身体が真紅に輝き、黄金の蛇髪がうねる。

『カメレオンアイへダイレクト給電。再びファントム発動、即座に退避を!』


 警備班は段ボールをどかしたが、何も見つけられずに去っていく。

「……ふう、マジでギリギリだったぜ」

『際どかったですが、成功です』


「じゃあ、仕上げといくか。スーパーダッシュで脱出!」

『それが……シミュレーションの結果、成功率は25%。かなり危険です』

「なにっ!?」

『速度・軌道・隙間、すべてが極限です。途中で障害物に触れればアウト』

「……ならどうする」

『二段トランスフォーム、です』

「そうか、それがあったな!」

『ただし出口が必要です。壁は抜けられませんから』

「窓もねぇ建物だぞ?」

『ご心配なく。右端区画の上部に、換気用の可動壁があります』

「そんなのあったか!?」

『十分快気システム。六時間ごとに十分だけ開きます。まもなくです』

「マジか。全然気づかなかったぜ」

『論より証拠。カメレオンアイを移動させます』


 モニターが切り替わり、壁の上部にズーム。

「見た目フツーの壁だな」

『あと十分で開きます』

「けっこう高いな……」

『床から十二メートル』

「垂直壁は登れねえぞ。舌も五メートルが限界だ」

『実戦未投入のモードがあります。私が誘導します』

「頼んだ、メデューサ」


 ――十分後。

 壁がズズズと音を立てて傾く。

「おお、開いた!」


 メデューサは黄金の蛇髪をくねらせ、力を溜め――。

『二段トランスフォーム、ゲッコーモードにチェンジ!!』


 カメレオンアイの体が平べったく変形し、黒い金属光沢を放つトカゲ型へと進化する。

『変型完了!』

「おいメデューサ、ゲッコーって何だ?」

『――ヤモリです』


三章 12


 権三郎は分かったような、分からないような顔をした。

「ヤモリって、あのトカゲの親戚みたいな、気色悪いやつだっけ?」

 さらりと酷いことを言われても、ヤモリメカは眉一つ動かさない。無機質さもまた、爬虫類型の特徴のひとつだった。


『酷い言い方を。ヤモリは家に幸運をもたらすと言われているんですよ』

 メデューサが静かに擁護する。

「で、こいつはどんな活躍を見せてくれるんだ?」

『見た方が早いでしょう。――ゲッコー、あの隙間へ』


 指令を受けたゲッコーの眼が青く光り、無音のまま壁へ跳ねた。

「おお……」

 権三郎の目が丸くなる。ゲッコーは垂直の壁を軽やかに登っていった。

「こいつはすげえな。カメレオンモードと併用すれば無敵じゃねえか」

『壁も天井も問題ありません』

「死角なし、か」

『最高時速十二キロで張り付き移動が可能です』

「カメレオンより速えや」

『ただし短距離ダッシュは苦手です』


 ゲッコーはすでに換気口付近に到達していた。黒い内壁に黒いボディが溶け込み、まるで影が動いているかのようだ。

 そのとき、スピーカー越しに警備員の声が混じった。


『……ん? 今なんか光ったか?』

『どうした、七号』

『換気壁のあたりが青く光ったように見えたんだが』

 メデューサの声が鋭く響く。

『ゲッコー、静止! アイランプ消灯!』

 青い光が消え、ゲッコーは壁の一部と化した。


『……気のせいだろ。そんな光、見えねえぞ』

『ああ。照明の反射かもな』

『悪い、気を散らした』

 二人の足音が遠ざかる。


「やれやれ、危ねえところだった」

『全くですね。警備もなかなか目が良い』

「侮れねえ奴らだ。ガタイもいいしな」

『殲滅の際は油断なさらぬよう』


 メデューサが仕切り直すように声を整えた。

『ゲッコー、アクティブ。換気壁の隙間に身体を差し入れなさい』

 ゲッコーが再び動き、傾いた隙間へ頭部を滑り込ませる――だが、胴体が動かない。


「おい、止まったぞ」

『俯瞰視点に切り替えます』

 モニターに映ったのは、隙間にがっちり挟まったゲッコー。

『狭すぎますね……縦三センチ、横三十センチ。これでは体をくねらせても通れません』

「そりゃ詰むわ。どうする?」

 メデューサが微笑む。

『ご安心を。ゲッコーは脱出のプロです。――切り札を使いましょう』


 蛇の瞳が淡く光る。

『ゲッコーモード、軟体化!』

 瞬間、ゲッコーの体が溶けるように変形し、液体金属のような光沢を放ちながら隙間へ流れ込んだ。

「こりゃすげえ……ファントム超えじゃねえか」

『S級の名は伊達ではありません』


 外へ抜けたゲッコーは元のヤモリ形態に戻り、メデューサの指令に従って外壁を降下した。

『木陰まで移動し、待機なさい』

 ゲッコーは地面に着地すると、時速四十キロの速さで黒い影となって走り去った。


「カメレオンより速えな」

『走行特化です。色彩変化は簡易的ですが、そのぶん俊敏です』

「機構は本当に考えて作ってやがる」

『ですが、装備を使いこなすのは探偵次第ですよ』

「フッ、嬉しいことを言ってくれるな」

 権三郎はコーヒーを啜り、短く息を吐いた。


 やがてゲッコーが目的地に到達。メデューサの声が響く。

『ゲッコーモード、解除』

 ヤモリが淡く光り、カメレオンアイへと戻る。

「一気にシリンダーへ戻れないのか?」

『いえ、二段階を踏む必要があります』

「なるほどな」

『では、ここからはエスイチゴウの指揮を』

 権三郎が頷き、マイクを握る。

「カメレオンアイ、よくやった。お前のおかげで決定的証拠を掴めた」

 黄色い瞳が点滅した。

「この点滅の意味は?」

『喜んでいるんです。シャイな子ですから』

「まったく、爬虫類らしい」

 権三郎が口の端を上げる。

「すぐ回収させる。ゆっくり休め。――クロージング」

 木陰に一本の円筒が静かに残された。


 オウルアイを回収に向かわせた後、権三郎はチェアに腰を下ろす。

「メデューサ、いよいよだ。今から正式にS級申請を出す」

 メデューサが頷いた。

『暫定が通れば、ほぼ確実に許可は下りるでしょう。ただし――』

「ああ、装備解禁の範囲だな」

『そこが肝です』

「アレとアレとアレと……アレが無いと厳しい」

『アレが多いですね』

 珍しく冗談めいた声。

「単騎突入だ。備えすぎて困ることはねぇ」


『ただ、認可には時間がかかります。丸一日以上』

「なんでだ?」

『理由は二つ。ひとつは装備選定、もうひとつは機構秘匿リスクの精査です』

「やっぱりな」

『事件規模と社会的影響、警察への引き継ぎ体制……すべて精査されます。協力者の信頼度も』

「つまり、太いパイプを持ってるかどうか」

『その通りです。貴方の場合、神谷颯太氏が最大の協力者として認知されています』

「だが、どこまで踏み込めるかは未知数か」

『議論の対象でしょうね』

「上層との繋ぎも強化しとく必要があるな」

『それは今後の課題です。今回は問題なく通過するはずです』

「よし、なら決戦は明日の夕方だ」


 権三郎は深呼吸をひとつ。

「……S級事案、正式申請!」

 赤いボタンを叩く音が、室内に鋭く響いた。


第三章 13


 夕方の光が街をオレンジに染める頃、権三郎は颯太に連絡を入れた。呼び出し音が五回鳴ったところで、相手が出る。

「ソータか。俺だ」

『おうゴン、あれから何か進展はあったか?』

「大ありだ。連中のアジトを突き止めた。しかも決定的証拠も手に入れた。誤認は百パーセントない」

『マジかよ! さすが超人探偵様だな』

「大げさな言い方はやめろ。お前に言われるとケツが痒くなる」

『いつもの“エース様”への意趣返しだ。文句言うな』

 電話の向こうで颯太が笑う。

「そこでだ。明日の夕方には準備が整う。決行はその時だ」

『まさか、一人で突っ込む気か?』

「ああ。ウチはチーム制じゃない。殲滅までに公務員の手は借りられん」

『……いつものパターンか』

「ただし、奴らを無力化したらすぐにお前へ連絡する。警官隊を引き連れて正式な逮捕を頼む。特殊装備は不要だが、今回は十人以上は連れてこい」

『そんなに人がいるのか?』

「常駐だけで十六。実際はもっといる可能性がある」

『おいおい、ずいぶん多いじゃねえか。大丈夫なのか?』

「まあ、銃器を扱えるのは数名だ。俺の装備が整えば問題ない。……ただし、場合によっては協力を要請するかもしれん」

 電話の向こうで、颯太が一瞬息を呑む。

『お前がそんなこと言うの、初めてだな。それほどの相手か』

「凄腕のスナイパーが二人いるらしい。だが、問題ない。心配は無用だ」


 しばらくの沈黙のあと、颯太が低く言った。

『……分かった。だが、今回は俺も早めに動く。だから無力化後じゃなく、出発時に連絡をくれ。警官隊も多めに動員しておきたい』

「了解した。だが殲滅はあくまで俺一人だ。そこは譲れん」

『お前の“線引き”か。警察官として複雑だが、理解はしてる。気をつけろよ』

「それともう一つ。鉄製ドアを貫ける工具を持ってきてくれ。アジトのスペアキーが通じる保証はない。お前に内部を確認してもらって、三課や麻酔銃部隊との連携プランを立てたい」

『了解。……にしても、今回は野生動物の密輸だろ? 人間相手よりタチが悪いな』

「違いない。だがアジトを押さえれば、本部の位置も浮かび上がる」

『本部は俺たち警察が——』

「任せる。そこから先はお前たちの領分だ」

『軽く言うなよ。上の許可取るのも骨だぜ。最悪、本部長クラスの承認が必要かもしれん』

「その時は、未来の警視総監に頑張ってもらうさ」

『おい、そういう冗談やめろ。俺は出世欲ねえんだよ』

「知ってる。だから言ったんだ」

『……ったく、そういうとこが腹立つ』

 颯太が苦笑する。


『あ、そうだ。鳩森要蔵氏の遺体を担当した整復師にな、何とか連絡が取れた』

「電話か……」

『文句言うな。これでも結構苦労したんだぞ。だが大収穫だ。聞けよ』

「頼む」

『あの遺体、S市南署が“たった一日で完璧に直してくれ”って要求したらしい』

「予想通りだな」

『しかも相場の倍額で懇願したってよ』

「小原先生の時と同じだな。交渉に当たったのも例の警部だろう」

『名前は出なかったが、間違いなくその系統だな。ちなみにその整復師、日本でも屈指の腕らしい。南署は最初から“技術で誤魔化せる相手”を選んでたんだ』

「……せめてもの贖罪のつもりかもしれんが、やっぱり許せねぇ」

『今回の件であの署は袋叩きだろうな。例の警部もただじゃ済まねぇ』

「厳罰を期待しよう」


 数分の打ち合わせを終え、通話が切れた。

 権三郎は次に鳩森郁美へ連絡し、「解決は近い」とだけ伝えた。

 電話の終わり際、郁美は静かに言った。

『探偵さんのこと、信じてますから』


 権三郎は机のコーヒーカップを傾けながら、彼女の茶色いショートカットを思い出す。

「安心しろよ、鳩森さん。あんたの無念、俺が必ず晴らしてやる」


 翌朝。

 権三郎はシークレットルームで装備のメンテナンスを始めた。特にホークアイの調整を念入りに行う。

 メデューサは昨日から連続稼働中だ。モードはノーマル。S級事案であっても、必要なければ力は温存する。


 午後になると、権三郎はジムに向かった。ランニングマシンで一汗かき、ウェイトで筋を緩め、グローブをつけてサンドバッグを叩く。

 ジャブ、ストレート、フック、ボディ、そして天を貫くアッパーカット。

 コンビネーションを打ち込み、最後に竹刀を持って公園へ。

 誰もいない昼下がり、ただ風だけが鳴る中で、彼は無心に竹刀を振るい続けた。


 満足げに事務所へ戻ると、汗を流し、スポーツドリンクを一気に飲み干す。

 その瞬間、シークレットルームからメデューサの声が響いた。

『エスイチゴウ、本件は正式にS級事案に認定されました!!』

「来たか!」

『概説と装備一覧、マウスレポートで出します!』


 三分後、メデューサの口から数枚のレポートが吐き出された。

 権三郎は目を通し、内容を確認する。


――S県H町M山熊害事件:S級事案相当と判断。依頼人の家族は自然災害(熊害)で事故死したと断定され、加害者と目されたツキノワグマを地元猟友会が数日間に及ぶ捜索を行ったものの〜〜以下省略。


――特殊装備一覧:

 A級追加装備1・狭範囲捕縛デバイス《スパイダー》。他数点。

 S級装備1・超高速移動用可変式特殊ビークル《VFX9-1400》。

 同2・強化型威力調節式電磁警棒《スタンスティックType-3Ω》。

 同3・超鋼メタル素材変換式〜〜

 4.5.6〜以下省略。


――目的および解決方針:

 本件の最終目的は、依頼人・鳩森郁美氏を精神的苦痛から解放し、経済的補償を実現すること。

 犯罪組織の資金源より賠償金を確保する具体的手段を——


 権三郎は全てを読み終え、ゆっくりと顔を上げた。

 その瞳に宿る光は、もはや人のものではなかった。

「……勝てる。この装備なら、負ける要素はない」


――第三章 完

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