第7話「アクダマ」
テペテペは一呼吸置いて続けて語る。レプヤンは争いを避け、『オートミート』と呼ばれる栽培肉を作り出し、平和な文明社会を築いていた。
「今まで食ってた生肉シリーズって、オートミートやったんか?」
「オートミート ウマイ!」
◆ 恐竜人類 カリスマが変えた関係
能力の違いによって二つの役割に分かれていた。
ひとつは、技術や理論に長けた『テペテペ』。もうひとつは、機械や工作に秀でた『デデドン』。
互いに支え合い、文明は発展していった。そこには上下もなく、対等の信頼関係があった──一人の異才が現れるまでは。
しかし、ある日。テペテペの一人から、恐るべきカリスマを放つ存在が現れた。
その名は『アクダマ』。
アクダマは、卓越した発明能力を持ち、人の心を操る術にも長けていた。アクダマは甘い言葉で同胞を酔わせ、やがてこう宣言した。
「我らは選ばれし者。テペテペは天から知恵を授かった上位の存在。デデドンはその手足にすぎぬ。役割は明白だ!服従せよ!」
その一言を境に、均衡は崩壊した。
アクダマは、テペテペを”上級階層”、デデドンを”下級階層”と定めた。
アクダマは、デデドンを下層として縛りつけた。
恐怖と刷り込みによって逆らう術を奪い、オートミートを独占し、テペテペを介して全レプヤンを掌握していった。
やがてデデドンは、テペテペに対して本能的な恐怖と服従を抱くようになった。
◆ 巨大隕石と三つの計画
やがて天文観測で巨大隕石が、地球に迫っていることが判明した。
同時に、次の事実も明らかとなった。
地球の内部には、広大な空洞がある。月の内部には、蟻の巣状の空洞が広がっている。はるか彼方に、地球に似た惑星が存在する。
宇宙へ飛び出す術はあったが、その惑星へは遠すぎた。
アクダマは冷酷に計画を立てた。
デデドンを地球内部へ向かわせ、地底空洞を開拓させる。
テペテペは二手に分かれ、月の空洞を住処として生き延びる道を探った。
同時に、「ワープホール」の研究が課せられた。
◆ アクダマの大発明 オキシツクール
その頃、月移住を進めるにあたり大きな問題が浮上した。空気がない。
地球のように豊かな酸素は存在せず、このままでは生存は不可能だった。テペテペは手詰まりになっていた。
そこでアクダマは、自らの手で発明を成し遂げる。それが空気生成機『オキシツクール』である。
冷たい月面の地中深くに設置され、ひとたび起動すると、虚空に新鮮な空気が生まれた。
「見よ!これが我が叡智だ。死の大地に命を吹き込むのは、我以外にありえぬ!」
レプヤンは歓喜した。
デデドンは膝を折り、テペテペでさえも恐怖と敬意を入り混ぜて頭を垂れた。
しかし、オキシツクールは超頭脳の持ち主アクダマだけが理解できる異常なまでに複雑な仕組み。他のテペテペが寄って集まっても解析できるはずがない。
「お前たちには解けぬ。この機械が止まれば、月はただの墓場となる。すなわち、我こそが生命そのものだ」
アクダマはそう言い放ち、さらに神格化していった。
◆ワープホールは一人ぼっち
ワープホール班のテペテペたちは完成させることに成功した。
が、通れるのは”一人ずつ”だった。通過する者は必ず一人ぼっちになることから、それを『ボッチゲート』と呼んだ。
アクダマは迷わず命じる。
「我を通せ」
アクダマの威圧の前に、誰も逆らえなかった。だが、テペテペたちは密かに決断していた。
この独裁者だけを、新天地へ追いやる。
座標だけを渡し、アクダマだけをボッチゲートに送り出した。光の渦に飲まれる直前、アクダマは笑った。
「お前たちも我につづけ、新天地に我らの新しい住まいをすぐに建設するぞ」
誰一人続く者はいなかった。
テペテペは順次、月へ移動を開始する。
デデドンも月へ移動する計画を立てていたが、隕石の接近速度は想定を超え、避難の時は目前に迫っていた。
デデドン全員を連れて行く時間は残っていない。テペテペはありったけの赤いペンダントをデデドンに手渡し、最後の宇宙船も月へ向かった。
テペテペは宇宙船の窓から地球を眺めることしかできない。
巨大隕石が大気を焦がし、やがて地表はチリの雲に閉ざされた。
地底へと続く入り口もその灰に埋もれ、デデドンたちの行方は静かに闇へと消えていった。
月に避難したテペテペは、ただ祈ることしかできなかった。
◆ 妖怪伝説とすれ違いの記憶
テペテペの声は、震えていた。
「…そのオキシツクールが、いま不味い空気を出すようになったのです。アクダマの手によるあの機械は、あまりにも古く、そしてあまりにも複雑で…誰も直せないのです」
聞いていたデデドンは、拳を握りしめた。恐れていた支配者の名を聞き、同時に”本当の事情”を知ったからだ。
──そして現在。月の空洞に設置されたオキシツクールが、原因不明の不具合を起こしているという。話を聞いていたデデドンは黙り込んだ。
ずっと恐れていたテペテペだったが、アクダマの独裁だと知り、さっきボコボコにシバいたことを思い出し、そっと涙をこぼした。
そして、静かに語り始めた。
「チテイ クウドウ クライ…」
地球の内部では、重力が地殻に向かって働いている。中心核は浮かぶ発熱体になっている。その核はかすかに発光しており、豆電球ほどの明るさだった。
やがて暗い空洞に適応するように、デデドンたちの視覚は退化し、夜にしか地上へ出られなくなっていた。
茶色い水晶で太陽から目を守ることがわかり、そろそろ地上に戻ろうとしたころ──地上では、人間が支配していた。
デデドンたちは俺たち人間を、地上人『チジョウヒト』と呼んだ。
おとなしいデデドンたちにとって、チジョウヒトは突然石や槍を投げてくる予測不能な恐ろしい存在だった。
文明の発展したころに交流を試みたが、長くは続かなかった。世界中の遺跡に残る『人ならざるもの』の伝承、それはデデドンの祖先の姿だった。やがて地上との交流を諦め、夜にそっと歩く存在になった。
その姿はチジョウヒトにとって奇妙で、”妖怪、悪魔、未確認生物”といつしか伝説として語られるようになった。
「ほんで日本中に妖怪伝説があるんかぁ~」
と、俺は妙に納得した。
◆ 東大寺は太古から続く門だった
アクダマがテペテペを引き連れ地上を再び支配することを恐れ、デデドンたちは世界中に散らばって警戒するようになった。
地底への入り口には門番のように立ち、心霊スポットとしてチジョウヒトの侵入を防いでいた。
理由は代を重ねるうちに曖昧になったが、特に東大寺は重要な場所とされていた。
その門番は何かが起これば、みなを集めるように言い伝えられていた。
テペテペが遮るように口を開く。
「ここが…ワープホールの入り口だった場所です。アクダマは一人でくぐりました。なのでもういません。テペテペは月からずっと、戻って来ないか監視してました」
デデドンが続ける。
「テペテペ デンパ キイタ クル タイヘン」
「ほんで俺を連れて旅したんか」
「オマエ メカ ツヨイ オモタ、デモ タイシタコトナイ」
「スイレイが凄すぎるねんって!」
そのために設置されたのが、デデドンが乗っている高速移動AKだった。どこにいても呼びに行けるようにしたものだった。
そして、あの赤いペンダントは、『無限エナジー発生装置』として、テペテペが開発したものだった。
「なーるほど…せやから俺、あんだけ走ってもガソリン減れへんかったんや」
「ペンダント ワレタ… エナジー ツクレナイ… ガスケツ! カカカカッ」
そして、赤いペンダントはオートミートの生成にも使用されている。首からかけてAKに内蔵されたオートミートマシンから生成されているという。
人間の歴史が始まる前に、こんなことが地球で起きていたなんて。テペテペは、デデドンたちの地底での暮らしを聞いて、静かに泣いた。
次回、人類とレプヤンは共存できるのか?




