第4話「スイレイ」
ただでさえ少なかった手持ちの金。
だってこんなに遠出するなんて思ってもいなかったんだもん。
1台増えたことで、高速道路を使う余裕など、もうどこにもない。
俺たちはただ、ひたすらに下道を進んでいく。
◆何かが迫ってきている
そういえば、東大寺でデデドンに出会ってから、一度も給油していない。
ガソリンはいつ見ても満タンのままだ。
常識が通じないことに、俺はもう驚かなくなっていた。
だが、頭の片隅では、次の瞬間ガス欠で止まるかも、という不安がグルグル回る。
昼夜逆転の生活にも、俺はもう慣れた。
真夜中に走り、夜明けに眠る。
俺の体内時計は狂いきっているのに、身体は軽く、心だけが落ち着かない。
琵琶湖に立ち寄り、辺りを見渡す。何かを探していたが、ここにはなかったようで、国道1号を東へ進む。
朝焼けのころ、浜名湖に着く。
少し探してみるが、ここでも空振り。
穴を掘り、そのまま眠りについた。
夕暮れ時、再び走り出す。国道152号を北上するが、俺のチョッパーは調子が悪い。
“予定”など知らされていないが、三人の焦りは隠せなかった。
月の横に浮かぶ飛行船が、また目に入る。この数日、何度も同じ姿を見ている。あと数日で満月。焦りと関係があるのか?それとも俺の思い過ごしか?
諏訪湖に着いたのは、朝日が昇るころ。
ここでも手がかりは得られなかったようだ。
国道20号で甲府盆地を抜け、富士五湖へ。
山中湖を過ぎ、国道138号を南へ下って芦ノ湖にも寄る。
ただ湖をはしごするだけの旅。答えは、まだどこにも見つからない。
パワモチにあげたステアリングダンパーがないせいで、ハンドリングが緩く、時折ハンドルが暴れ出す。
油断すれば前輪ごと持っていかれる。
カゼキルの修理で使ってなくなったフロントフェンダーもストレスだ。
水たまりにタイヤを取られるたび、視界を遮るように跳ね上がる泥水が攻撃してくる。
エンジンの調子がイマイチなのも、気分をさらに沈める。
まだ空が白む前、俺たちは河口湖畔の川辺に穴を掘り、そこで休む。
穴から富士山を眺め、オートミートモーニング。
山頂から煙が出ている。天変地異の前触れか?
疲れているはずなのに、嫌な予感で落ち着かない。
三人は集まり、俺には理解できない言葉で何やら相談している。
たまに「デデ、ドンドン、デデドン、テペテペ!」と叫び、その辺の石を蹴ったり、投げ飛ばしたり。
「テペテペって何や?」
返ってきたのは、
「デデ、デデドン、ドン、テペテペ!」
(…まったく分からん)
でも、俺の問いかけに返事する姿を見て、もしかして、俺の言葉は通じてるんちゃう?
妙な手応えと同時に、会話の意味を知りたい衝動にかられる。
◆走らないバイクはバイクじゃない
やがてチョッパーの調子は最悪にまで落ち込んだ。
バスンバスンと時々失火する。
東へ走り切った俺たちは、国道4号に合流して北を目指すらしい。
猪苗代湖、田沢湖、十和田湖と湖を経由しながら北上。
一体何を探しているのだろう?
その末、とある川辺でついにチョッパーが沈黙した。
エンジンから金属の叩く異音、オイルが焦げたような嫌な臭いが鼻をつく。
オーバーヒートだ。
エンジンが止まったまま、俺はチョッパーに跨って呆然とする。手のひらは汗でべたつき、肩の力が抜けていく。
積んでいる工具では修理不可能。どうしようもない無力感が、胸をぎゅっと締め付ける。
その姿を、三人はジーッと見つめてくる。
その視線が、俺を切り捨てる準備のように思えてならない。
(こんな所で置いてけぼりか?)
ため息とともに顔を伏せた瞬間
「デデデ!デッデデードン!」
三人は突如大笑いし、俺を指差した。
怒りと羞恥が一気に込み上げ、顔が熱を持つ。
そのとき、川の上流からポンポンポン…という排気音。
打ち水をしたときのようなひんやりした風が頬をかすめる。
何かが近づいてくる。
俺が目を凝らしていると、三人は俺をチョッパーから引きずり降ろし、ロープでぐるぐる巻きにして抑え込む。
(こいつら…俺のパーツをまた盗る気や!)
必死に抵抗するが、首から下げたお揃いのペンダントが軋み、ついには亀裂が入る。
まるで俺たちの関係のように…。
排気音が止まり、足音が近づく。
目の前を通り過ぎ、チョッパーを見つめる新たな影。
4人目のレプヤン。
ウンウンとうなずきながら振り返ると、その顔には“河童のお面”。
目が合った。まるで、整備不良やぞ、と言わんばかりの、冷ややかな視線。
再びチョッパーに目を向けたその瞬間。
そいつはチョッパーに飛びかかり、恐るべき手さばきで解体を始めた。
俺はただ、恨みのこもった目で睨みつけるしかなかった。
ペンダントは、真っ二つに割れた。
「あぁ…俺たちの信頼、ここまであっさりと…」
胸がズキリと痛む。
同時に後頭部に衝撃が走り、意識が闇に沈んだ──。
◆覚えていますか?初めて乗った日
どれほど時間が経ったのか。
目を覚ますと、後頭部に大きなたんこぶ。
四人が仁王立ちして俺を見下ろしている。
ロープは、いつの間にかほどかれていた。
沸々と怒りが込み上げた。
「こんな小っこい奴ら…今度はこっちの番や!」
勢いよく飛びかかる俺。
だが両側に避けられ、その向こうに、眩しい光があった。
そこには、まるで新品のように生まれ変わった俺のチョッパー!か?
くたびれた空冷エンジンは、ラジエーター付き水冷に魔改造されているのが一目でわかる。
レプヤンたちのAKみたいに瓦の様な装甲で見た目のデザインも一新していて、全てのパーツが光を放ち、存在感を誇示していた。
胸の奥のもやもやが一気に吹き飛ぶような解放感。
しかも、もう工具とかコンテナボックス満載の荷台も必要ない。
チョッパーが、“バイクとして”生まれ変わったことで、見た目も軽快そのものになっている。
河童のお面のレプヤンが、手を差し出す。
「乗ってみ、ってか?」
キックでエンジンをかけると、快音が夜を震わせる。
排気音は以前より柔らかく、体に振動が直接伝わる。
思わずウイリーしそうな加速。
体重移動だけで自在に操れる!
「おもろい!」
初めてチョッパーに乗ったあのときの感動が、涙になってこぼれる。
軽く一回りして戻ってくると、4人は整列して仁王立ち。
俺がニンマリ笑うと、レプヤンらは両手を上げて大喜び。
水冷エンジンに改造してくれた、河童のお面のレプヤンを『スイレイ』と呼ぶことにした。
デデドンは、真っ二つに割れてしまったペンダントを俺に手渡し、悲しそうな顔で謝っているように感じた。
「バイク絶好調にしてくれたから、気にせんでええよ。俺らの友情は、ペンダントひとつで壊れへん」
そう言うとスイレイが差し出して来た。
綺麗に並べられた薄切り肉、これはしゃぶしゃぶ?
やっぱり生で食うんや…。
しゃぶしゃぶしないしゃぶしゃぶ?ウマーい!
薄切りの溶けるような鉄の味が絶妙や!
バイク直して復活してくれたのに、もらうなんて…
感謝と申し訳ない気持ちが交差する。
割れたペンダントを尻ポケットにしまった。真夏にカイロのようにじんわり熱くなる。
みんなでちょんと小さくジャンプした。
俺は少し高くジャンプしてた。
レプヤンたちは地面にルートを描き出した。
今まで無駄に遠回りしてそうなルートだったのに、最短ルートを探ってる感じだ。
今度はそんなに遠くなさそう。
顔を見合わせてうなずき合うレプヤンたち。
さぁ、どこまでも行けるぞ!出発だ!
と意気込んだその瞬間。
東の空が白み、朝日が昇る。
「なんでやねん」
俺のツッコミを合図に、レプヤンたちはそそくさと寝床に入った。
俺も横になり、バイクの新しい鼓動を胸に刻む。
友情は壊れていなかった。
安心と高揚の入り混じる感情に涙がにじむ。だが後頭部の痛みも同時に蘇り、枕を濡らした。
次回、子どものころのトラウマが再び蘇る、夜の古民家での恐怖体験。




