第3話「パワモチ」
次の目的地を目指し、西へ走る。
チョッパーとAKが並ぶ影が、朝日に長く伸びる。
走り出してすぐ、デデドンが不意に停止した。
デデドンは顔を押さえ、光を避けるように肩を震わせてうずくまっていた。
「……なんでやねん。溶接面してるやんけ!」
ハッと我に返ったデデドンを、カゼキルが指をさし笑ってる。
(でも太陽って、こんなに眩しいんや…)
思わず俺も目を細める。デデドンの肩越しに差し込む朝日が、やけに痛く感じた。
昨日までただのナイトツーリングやったはずなのに、気づけばもう俺はレプヤンらと一緒に、目的地が分からない旅の途中にいる。
これからどんな事が待っているのか、期待と不安が広がる。
◆穴の中に入れば眩しくない
AKデデドンからスコップのようなアームが伸び、地面を掘り出す。
乾いた土が崩れ落ち、赤茶けた断面がむき出しになる。
掘り進めるたびにひんやりした空気が吹き上がってきた。
その間に、カゼキルに疑問を投げかける。
「なんでデデドンはお日さんでアカンのに、カゼキルはどうもないの?」
自慢気に天狗のお面を近づけ、よく見ろ、と言っているようだ。
「おおっ!目のところグラサンになってるやん!イエスUVカット〜」
ちょっとした疑問が解けたころには、三人と3台がすっぽり収まる穴が完成した。
まるで地底世界の入口。
外の世界と切り離され、音も光も遮断されると、不思議と心が落ち着く。
寝転んだ瞬間、デデドンとカゼキルはすぐに爆睡。
(出発の決意、あのまなざしはどこ行ったんや……)
レプヤンらは夜行性っぽい。ほんまに地底から来た妖怪なんちゃうやろか。
そういえば俺も昨日から寝ていない。
まぶたを閉じると、半乾きの服が気持ち悪い。
けど、土の匂いに包まれると、意識は暗闇に沈んでいった──。
ハリセンで頭を叩かれる感触に飛び起きた。痛い。
目が覚めたのは夕暮れ時だった。
穴の入口から差し込む光は赤く、湿った空気が夕日に照らされてほのかに蒸気を帯びている。
外に出ると、雨は上がっていたが、所々に残る水たまりに今にも落ちようとしている夕陽が反射してキラキラと光る。
デデドンたちはすでにAKに乗り込み、再出発の準備をしていた。
俺も慌ててチョッパーに跨がりキックを踏み下ろした。
淡路島を越え、四国へ。そこから瀬戸大橋を通って再び本州へ。
(……いや、なんで俺が高速代払ってんねん!)
水たまりを通るたび、目の前に水柱が立ち上がり、虹がかかる。
デデドンとカゼキルは、カッコエエって顔で見てくる。
俺だけが前面ずぶ濡れ。
「前見えへん! フェンダー返してやー!」
と叫ぶと、二人は笑いながらもさらに加速して見せる。
なんか腹が立つのに、なぜか楽しいと感じてしまっている。
水たまりもなくなってきたころ、瀬戸内海を見下ろす絶景ポイントで停車。
潮風が頬を撫で、海は真っ黒な鏡のように広がっていた。
耳を澄ますと波の音が聞こえた。
二人は辺りをきょろきょろと見回す。
やがてデデドンが、海の向こうに浮かぶ小さな島を指さした。次の目的地はあの島のようだ。
◆チョッパーに不要なものはない
次の瞬間、背後からカゼキルに羽交い絞めにされ……視界がぐにゃりと歪んで、意識が途切れた───。
目を覚ました俺の目の前にあったのは、チョッパーのコンテナから取り出され、散らかった工具箱だった。
俺は仰向けに寝かされていたらしい。
そして、俺を見下ろすニコニコ顔のデデドン。
(…何が起こったんや?)
答えはすぐ目に入る。
デデドンが、誇らしげにステアリングダンパーを掲げていた。
まるで宝物でも見つけたかのように。
「おい、それ…俺のやぞ…」
けどデデドンは返事をせず、ただ満面の笑み。
AKカゼキルはホバリング準備中。
一人乗り仕様のAKに無理やりタンデム、俺の居場所はどこにもない。
宙に浮かんだAKから、ロープで吊された小さなブランコがひとつ。
どう見ても俺用。
木の板にロープを通しただけの、子どもが作った遊具みたいなやつ。
「…マジでか。俺、ここに乗るんかいな?」
どう見ても不安しか感じない。
背もたれもなければ、安全ベルトすらない。
風に煽られたら一発で海に真っ逆さまに落とされる。
夜の瀬戸内海を飛ぶ。
眼下には、漆黒の海と、街の灯りが水面にじむ幻想的な光景。
怖さと美しさの両方で足がすくんだ。
そんな景色の中、ぽつんと真っ暗な離島に着陸。
地面に立つという当たり前に感激した。
そこにいたのは、がっくりと肩を落としたレプヤン。
俺が肩を叩くと、ゆっくり振り返る。
”青鬼のお面”を被っていた。
社交辞令みたいに俺のペンダントを確認する。
そして、のそのそと歩き出す。
案内された先には、太い腕に足がキャタピラのAKと山積みの材木。
エンジンを唸らせて動きはするけど、材木を持ち上げようとするたびに片腕がガクンと下がり落としてしまう。力が抜けているのが手に取るようにわかる。
「…油圧抜けてるやん、そらアカンわ。」
デデドンは黙って、チョッパーから外されたステアリングダンパーを俺に手渡す。
俺のパーツなのにスワップミートで掘り出し物を見つけたときの感覚がした。
ボルトのねじ山にはまだグリースが残っていて、指先がベタついた。
「サイズ合うんか…?」
試しにブラケットに当ててみると、奇跡みたいにピッチがぴたりと合っている。
六角レンチでボルトを差し込み、カチリと締めていく。トルクのかかる感触が心地よい。
反対側のマウントも同じように固定。
余計な改造はいらない。まるで最初からここに付くために作られたみたいだった。
問題は油圧ラインだ。
減衰力調整のツマミを外して、ホースを繋ぐ。
指先に油圧オイルがにじんで、ヌルリと滑る。
なんてことでしょう!?ボルトオンで取り付けできてしまった。
よくもまぁ出来たもんだと我ながら感心してしまった。
言うまでもない。返してくれるわけはない。
修理完了、動作確認だ。
AKは再び材木を持ち上げた。
ひとつ、またひとつ。テンポよく積み上がっていく。
「なんでもパワーで持ち上げるんか…ほな、おまえは『パワモチ』やな」
俺のチョッパーは以前から、ハンドルのふらつきがあった。
チョッパーには無駄なものはいらない、でもこれはとても必要なパーツなのだ。
俺は愛車のパーツを奪われ悲しい。
三人は大喜びで、俺に振り返り、ニコニコしている。
一緒に何故喜ばない?という雰囲気。
「なんで俺まで喜ばなアカンねん!」
そう言いながらも、こんなに喜ばれたらちょっと嬉しい。
パワモチが近づいてきて、ニコッとしながら差し出してきた。
……ミートボールだ。しかも、やっぱり生。
そして生なのにウマーい!
一口サイズの鉄の味が絶妙や。
四人でちょんと小さくジャンプした。
◆力を合わせたら海も渡れる
帰りはどうするのかと思ったら、カゼキルがまたホバリング。
AKカゼキルからロープが下りてきて、パワモチの腰に巻かれる。
上空に引き上げようとするけど、重さで一瞬ピタリと止まる。
カゼキルがタイミングの合図を出す。パワモチは地面に拳を叩きつける。
その反動で体が跳ね上がる。
重力が一瞬軽くなったタイミングで、カゼキルが上昇。
引き上げるAKカゼキル × 跳ね上がるAKパワモチ。
完璧な連携プレーで、夜の瀬戸内海をひとっ飛び!
月明かりに浮かぶ、4人と2台のシルエット。
「今の俺らを見たら、妖怪って思われるかもな~」
その隣には、静かに浮かぶ飛行船。
再び朝が来るころ。
AKデデドンがまた地面を掘り出し、静かに横になる。
(パワモチが材木を積む姿は、ただの整理整頓にしか見えへん。几帳面さは、秩序を求め続ける自分との終わらない戦いやな)
一本一本の木材をきちんと並べるたび、心の中までピシッと整えているみたいだった。
次の目的地へ向かう前の、ほんのひととき。
三人は深い眠りに落ちていった。
土の匂いに包まれながら、いつの間にか俺も眠っていた。
チョッパーとの別れが近づいているなんて、まだ全く気づいていなかった。
次回、完全に俺のチョッパーはなくなった




