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カコカンコ  作者: 飴玉
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第2話 「カゼキル」

デデドンはどこへ向かうのか──新たな出会いの朝。

夜明け前の国道24号線を北上していた。

奈良・東大寺を背に離れ、街灯の少ない道を走る。

空はまだ群青色で、夜の名残が薄くも深く広がっている。

早朝の涼しい風が顔に当たり、胸の奥までスーッと染み込むようだ。


俺はデデドンの後ろについて走っていた。

小さな背中のリズムに合わせ、チョッパーをそっと前後させる。

夜明け前の静寂の中、排気音や風切り音だけが支配する世界。

こんな時間に走るのは久しぶりで、なんだか現実から少し離れた気分になる。


まだ夜の名残が残る空に、遠くの山影がぼんやりと浮かんでいた。

ひとりで走ることが多いので、デデドンと一緒に走るとたまには2台で走るのも良いなぁっと思うと同時に何か未知のことが待っているような予感もあった。



◆太陽から逃げなくていい面


やがて太陽が顔を出しはじめ、山の輪郭が赤く染まる。

朝の光は優しいけれど、まだ眩しすぎて心が慣れていない時間帯だ。

鞍馬山のふもとに差しかかったとき、デデドンが不意に止まった。


小さなスズメの鳴き声が、かすかに響いている。

風が葉を揺らし、朝露がキラリと光る。そんな静かな自然の中で、デデドンは顔を押さえ、うずくまっていた。

光を避けるように目を細め、肩を震わせるその様子は、まるで太陽の光に怯える小動物のようだった。


「お日さん、アカンのか?」


思わず声に出す。

そんなうずくまるほどかな?少し戸惑いながらも、なんとかしてあげたい気持ちでいっぱいになる。


俺はチョッパーのエンジンを切り、3段コンテナの1番下から溶接面を引っ張り出した。


そっとデデドンの顔に被せる。

すると、デデドンはちょんと小さくジャンプした。


溶接面の中で目をパチクリさせたかと思うと、パッと笑顔になったみたいに感じた。

その笑顔は、太陽よりも眩しく感じられた。


溶接面の持ち手をノコギリでカットして、針金で被りやすくしてあげた。


山道を走り出す後ろ姿を見ながら、俺は思わず口元が緩む。


「...吸血鬼かいな。」


背中に受ける風も、朝の匂いも、全部が少し優しくなった気がした。



◆風を斬る者


どうしてうずくまったのだろうと考えながら俺もチョッパーを走らせる。

山の空気はまだ冷たく、木々のざわめきが耳をかすめる。

太陽は上がってきているのに、森の中は薄暗く、枝葉が光を遮る。

その暗さが、妙に不安を煽った。


そのときだった。

突風が吹き荒れ、乾いた砂が顔に当たる。目を細め、咄嗟に手で顔を庇う。


風を裂くような鋭い音、ガシャンという金属の響き。

──ん?


目をこじ開けると、そこにデデドンそっくりの存在。

風の中から現れたのは──天狗のお面を被った、もうひとりのレプヤンだった。


「...なんやあれ。もろ天狗やん...」


俺はぼそっと呟いた。


全身を覆うマントの裾が風に舞い、昆虫の羽根のような機構を持ったAKに乗っている。

デデドンのAKと違い、逆立ちしているような格好だ。


けれど羽根の片方には大きな穴が開いていた。

向こうもこちらを見て、AKから降り、ゆっくり近づいてくる。


首からは、俺が持つのと同じ赤いペンダントが揺れている。

その目線が、自然と俺の胸元に吸い寄せられる。


「これ見にきたんか?」


小さな声でつぶやいたつもりだったけど、風にかき消されてしまった。


天狗のレプヤン、俺は心の中で、風を裂くように現れたそいつを『カゼキル』と名付けた。


カゼキルは指差す。自分のAKの羽根の穴を、直してくれと。

──俺に出来るんかいな...


俺はコンテナから工具を取り出したはいいけど、この羽根は修理というより修復しないといけない、幸い構造は単純で材質はスチール、俺でも溶接することができる。

しかし塞ぐには鉄板が必要だ。


すると、そばでデデドンがカゼキルに肩をトントン叩いて、俺を指差す。


──きっとなんとかしてくれる、みたいな顔しとるやんけ...


似たようなものはと考えて、代わりになるものは...ない。


フロントフェンダーに目が行く、これしか使えそうなものは...ない。


と目で合図を送ると、カゼキルはじっと俺を見つめ、首を小さく縦に振る。

──しゃあない、やるか...


渋々、フロントフェンダーを外した。


発電機を降ろし、サンダーと溶接機で、切って貼って、合わせて。──下手くそボコボコ溶接だが、サンダーで削って誤魔化した。少し歪んでるけど塞がったから、まっいっか、と心の中でガッツポーズ。


直せた瞬間、やったらできるもんだと、少しだけ自分を褒めたくなる。



◆こだわりを捨てた代償


作業が終わり、愛車を見下ろす。

フロントフェンダーは無くなり、チョッパーらしい見た目にはなったけれど...


フロントフェンダーは、単なる飾りじゃない。機能重視で付けている。

──雨の日の水しぶき、砂埃、飛んでくる小石...無いとどうなるか、十分知っている。


──しゃあないな...しゃあないか?


穴を塞ぐことが出来た達成感、愛車の機能性が失われた姿、何とも言えない感情で目元が熱くなった。


羽根の穴は塞がれ、見た目はなんとか整った。

でも...──俺の雑な溶接で本当に空を飛べるのか、不安が胸を締め付ける。


「いくで...」小さく呟き、カゼキルがコフマンスタート。


バンッ!ドゥルルルンッ!


──黒煙と共に羽根が羽ばたき始め、AKの全身が微かに揺れる。


「おおっ...動いた!」デデドンが小さくジャンプして喜ぶ。

カゼキルは真剣な顔でハンドルを握る。


AKはゆっくりと地面を蹴り、浮き上がる。

初めはふらつき、羽根の片方がわずかに不自然に揺れる。

──うわ、落ちるんちゃうか...胸がドキドキする。


しかし、一歩、また一歩と高度を上げ、ついに地面から数メートル浮き上がった瞬間。

山の空気を切る風の音、羽根の軋む音が耳に響き、全身に鳥肌が立つ。

──飛んだ...俺が直したやつ、飛んだんや...


カゼキルはAKを自在に操作し、軽く旋回、急上昇、ふわりと滑空させる。

デデドンは目を丸くし、両手を叩いて歓声を上げる。


俺も思わず笑いながら、胸の奥が熱くなる。

──やっぱり直して良かった。

仲間の喜び、そして自分の手で空を舞うAKを見て、朝の山道が一気に輝きだした気がした。


「うわ、すごい...ほんまに飛んどる!」俺の声に、デデドンも小さくガッツポーズ。

飛ぶって、こんなにも胸を打つもんやったんやな...


カゼキルは着陸すると、デデドンと小さくジャンプして喜ぶ。


「ええって、そんな喜ばんでも...俺のチョッパーが...」


俺の複雑な顔を見て、二人は一瞬動きを止め、きょとんとこちらを見ている。


──なんで一緒に喜ばへんの?って顔してるやん。そんな目で見られたら、もうどうでもよくなってきた。


「ああっ、もうええわっ!...なんや、こっちまで嬉しなってきたやんけ!」


俺もちょんと小さくジャンプした。

胸の中がぽかぽかして、心地よい疲労感が広がる。


カゼキルが近づいて来てスッと差し出す。

ハンバーグだ。やっぱり生だ。

そして生なのにウマーい!

鉄っぽいクセが、不思議と止まらん。


気づけば完全に「こっち側」に立っている。


デデドンとカゼキルはAKに乗り込み、何か言葉を交わす。

目と目を合わせるその瞬間、真剣な表情が二人の顔を覆う。

──よし、やるんやな、って気持ちが伝わる。


そのあと、二人は俺に「はよ行こや!」とでも言いたげに手を振る。

俺は苦笑いを浮かべ、チョッパーのエンジンに火を入れた。


理由も目的もまだわからない。

でも、心のどこかで理解している。これはもう、「俺の旅」でもあるんやって。


三人と三台の乗り物は、西へ向かって再び走り出す。


空が怪しくなり、都合よく雨が降ってきた。

最初は細かい霧雨だったのに、やがて叩きつけるような土砂降りに変わる。

目の前に水柱が立ち上り、顔面に激しく打ちつける。痛い、痛い!


「前も見えへん! フェンダー返してやー!」

俺の悲鳴に、レプヤンたちは水柱を見て羨ましそうに笑っている。


「キラキラした目で見んなや! 顔面痛いし! マジで勘弁してや!」

ずぶ濡れになりながらも、俺は笑いを噛み殺す。

──でも、なんやこの状況、嫌いじゃない。


ほな次、行こか。


次回、奪われるチョッパーの部品

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