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カコカンコ  作者: 飴玉
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第1話「デデドン」

カコカンコは空の上から“なんとなく生きている中年”を見ている。



◆ それは食糧危機の時代


現在より過去か未来かはわからない。

ただ、食糧危機が深刻化し、ニュースは連日その話題ばかりだ。


テレビには、どこの国だろうか配給を待つ長い行列。

手にしたカップの中には、どろりとした粥のようなものが少量だけ。

列を離れた親子が、言い争いながらカップを奪い合う姿が映っていた。


「日本もそのうち、このようになる」


ウソかホントか、テレビの人が言う。

町の空気が日に日に重くなっていく。


買い占めでスーパーの棚は空っぽ、明日の朝入荷を待つために夜中でも人が入口に並んでいる。

俺はそういう場に顔を出さない。

腹いっぱい食えるわけじゃないが、まだ走れるだけの燃料と、何とかなるだけの食い物はある。

それで十分やろ、と自分に言い聞かせる。


そんなある真夏の深夜。

いつものように東大寺までチョッパーを走らせていた。


キーをひねり、スロットルを回し生ガスをキャブに送る。

空キック3回、踏み込むとエンジンが重たく息を吸い込み、次の瞬間に爆発するみたいに火を吹く。

シートが震え、ハンドルが手に食い込む。

夜気の中に、ガソリンとオイルのにおいが混じり合って立ち上る。


俺のチョッパー。年代物のバイクを切って貼って、自分好みに仕上げた一台だ。


不規則に吐き出す排気音、走るたびに軋むフレーム。

あちこちガタがきているけど、若いころからの相棒や、永遠の相棒や。


(……ほんまに、夜の風は……ええな)


街灯の下を通り過ぎるたびに、タンクのファイヤーパターンが浮き上がっては消えるを繰り返す。


昼間は太陽に焼かれて、背中から汗が滲み出す。

固めのオイルはシャバシャバだ。

信号待ちでさえ、中年とバイクにはオーバーヒート待ったなしだ。


チョッパーなのにスパナなどの工具から溶接機までコンテナボックスにフル装備で積み込む。

それを3段積みしている俺を、バイク仲間は「不安症にもほどがある」と笑う。


でもカスタムと整備が趣味の俺にとっては、どんなトラブルもその場で修理して自力でチョッパーと一緒に帰りたいのだ。


夜は、走れば走るほどに風が全部さらってくれる。

昼間の雑音は、夜になると静寂に変わる。

チョッパーの排気音がこだまし、俺の心を洗い流してくれる。


ひとりだけの時間、ひとりだけの相棒。

これがあるから、俺はまだ何とかやっていける。



◆ 草むらから現れた妖怪


南大門の前でバイクを止め、タバコに火をつけた。

ふう、と息を吐いたそのとき──草むらがガサリと揺れた。


「…鹿やろ、鹿」


わざと声に出してみたけど、心臓はチョッパーの鼓動のように不規則にドッドドッドと暴れてる。


その時だった。


「デデ……ドン…」


草の向こうから、何かを訴える様な声。

暗がりから、ぎょろりと光る目。

目が合った感覚、背中がゾワッとして腰が引ける。


身長は700ミリ…70センチくらい。

21インチのフロントタイヤより少し大きい程度の人型のシルエット。


ヘッドライトを向けてはっきり見ようとすると、その光に驚いたのか、慌てて草むらの奥へ走りかけた。

だが木にぶつかり、その場に倒れた。


「お、おい…気絶したんかいな」


恐怖より先にツッコミが出た。


恐る恐る近づくと、修験者のような布をまとった生き物が倒れていた。役小角のコスプレか?


まず頭に浮かんだのは『妖怪』という言葉。けど、なんか違う。

あれや、レプタリアンってやつか? でも、ちっこいし、怖さゼロやな。

『レプヤン』の方がしっくりくる感じや。


「大丈夫か…?」


恐る恐る近づき声をかけると、そいつは目を覚まし、身を起こしてこちらを見た。

しばらく黙っていたが、ふいに何かを話し出した。


「デデ、ドン…デデドンドン、デデ」


イントネーションは言葉のようだが、意味はわからない。

だがリズムは妙に心地よい。


「デデドン…それ、名前か?」


通じているのかどうかもわからないが、俺はそう呼ぶことにした。


デデドンはふと俺のチョッパーを見て、工具箱を指差した。

それから身振りで、ついてこい、とやってみせる。



◆ 不思議な乗り物、それは…


草むらを抜け、林の奥に姿を現したのは、瓦のような装飾の鉄の塊。


剥き出しのシートに、丸いハンドル。


これだけ見ると乗り物で間違いなさそうだ。

けれど、タイヤは無く、代わりにどう見ても長さが中途半端な手足。


(なんやこのバランス悪いフォルム。動物に例えるなら、まるで短足なダックスフント…)


走れそうにないし…そもそも、本当に乗れるのか?


エンジンカバーの丸い蓋を開け、筒状の何かを差し込む。

蓋を閉じて、ハンマーで軽く叩いた。


バンッ!ドゥルルルンッ!


黒煙を噴き上げ、鉄の塊が唸りを上げて動き出した。


(…火薬でエンジンかけたのか!?)


動画で見たことある!昔の戦車とかに使われてたっていう、あれか…コフマンスターター。

まさか、実物を目にする日が来るとは!


ウィィーン、ガッ、チャンと音を立て、二足歩行ロボットに変形する。


瓦のような装甲が全身を覆い、その重量感とサイズは俺とそう変わらない。


「…なにこれ…アーマード・カワラ…?」


口からぽろっと出たその言葉が、妙にしっくりきた。


瓦で装甲された、二足歩行のロボット。

Armored Kawara

通称、AK。

俺は勝手に、そう呼ぶことにした。


さらにボタンを押すような動作をすると足の付け根がせり出し、その隙間から追加の足のようなものが飛び出した。


シャキ、シャキーンと段階的に伸びる。

そのうちの1本だけ途中で止まってる。


デデドンは工具箱を物色し、スパナを取り出して俺に向ける。

修理して欲しいみたいだ。


(…なんで俺が直さなアカンねん…)


そう思いながら、気づけば無意識にスパナを受け取っていた。


見たこともない構造だったし、自信なんてなかった。

でも、ウルウルした目力に負けて、とりあえず見てみることにした。


途中で止まった足を分解してみる。

小石が噛み込んでしまっていて止まっている。


これなら簡単、俺がさっと直してやると、デデドンは目を丸くして、ちょんと小さくジャンプして喜ぶ。


お礼?どこから出したのかステーキを2枚差し出してきて、その1枚にかぶりつく。

生ですけど、食べても大丈夫なのか。

お前も食え、という表情で見つめる。仕方なく一口かぶりつく。


「ウマーい!なんやコレ!」


血の滴る鉄のような味が口の中に広がる。



◆ 謎の存在と仲間の印


興奮したデデドンが空を指差して叫ぶ。


「デデ! ドン! テペテペ!」


その声につられて空を見上げると、月の隣に飛行船がフワリ浮かんでいた。

デデドンに出会ったからか、驚かない自分に驚いた。


「あれが…テペテペ、か?」


尋ねると、デデドンは首を横に振った。

どうやら違うようだ。じゃあ一体何を指していたんだ?


足を直した礼なのか、デデドンは首から2つ下げていた赤いペンダントを1つ外して差し出してきた。


ガラスのような素材で、不思議な点と棒で構成された模様が刻まれている。

おそらくデデドンの民族の証、そんな雰囲気がある。


「…ええの? もろて」


返事はなかったが、表情からその気持ちは伝わってきた。

デデドンと同じペンダント。

仲間になった。そんな気がした。


後に、これが意外な正体を持つことになる。


デデドンのAKは、地面を蹴って大きくジャンプした。

放射線状に生えた足を空中で高速回転させ、着地と同時に異様なスピード、マンガダッシュで駆けていった。


「うわ、なんやその走り…」


しばらくすると戻って来て、一緒に行こうと誘った。

俺は苦笑しながらチョッパーにまたがる。


「ようわからんけど…オモロそうやん」


気づけば、もう戻れない気がしていた。

この夜から、なんとなく生きてきた俺の世界は、変わり始めた。

デデドンは、いったい何者なのか。どこへ向かうのか──。

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