第13話「シンナラ」
トオナラに平城京を再現する──そんな突飛な計画が、俺たちの新しい日課になった。
遺跡の基礎がしっかり残っているおかげで、所々風化した部分を修正するだけで済む。基盤づくりの手間は少なく、あとは建物を組み立てるだけだ。
それにしても一体誰が作ったのだろう、超古代文明でもあったのだろうか?
◆新しい奈良を作ろう
汗と笑いが入り混じる現場。
デデドンの号令が腹の底から響き渡り、その声に合わせてカゼキルは木材を抱え、風のごとく軽やかに舞い上がる。
パワモチの腕が梁を打ち込むたび、木の軋む音が空気を震わせる。
ツイテルは今日も余計なことばかり仕掛け、「カカカカッ」と笑う。
皆は目を丸くしてため息をつくが、その無邪気さが、なぜか場を和ませていた。
俺はその横で、釘打ちから測量まで、何でも屋として手を貸す。
見ていると、本当に”家族”みたいに思えてくる。
「…なぁ、これってさ、ただの復元やなくて、俺らの”都”にしたらええんちゃう?」
ふと口にした俺の提案に、皆がピタッと手を止めた。
「新しい奈良で『シンナラ』ってどない?俺らの都にせーへん?」
「トオナラ オナラ ハズカシ シンナラ スミタイ!」
声を弾ませるツイテルに、皆も「いいね!」と頷き合う。
笑いながらも、胸の奥にじんわりと温かいものが広がる。
俺たちは、やっと自分たちの居場所を見つけようとしていた。
ツイテルは今まで邪魔ばかりしていたのに、今は希望に満ちた目で懸命に手を動かしていた。
こうして俺たちは、ボッチゲートの修復と平城京の再現を順調に進めていった。
作業の最中、テペテペとスイレイが駆け込んでくる。
聖徳太子を囲み、まるで遠足の子どもたちのようにはしゃいでやってきた。
「ボッチゲートが直りました!地球の奈良に行きましょう!」
「うぉぉおぉお!」
AKとチョッパーに全員タンデムして乗り込み、暴風族再び。
「ヒャッハー!」
◆一人ずつしか入れないのでボッチゲート
東大寺のものと思われる石の基礎に、人ひとりが這いつくばって、なんとか通れる穴がある。
ツイテルは我先に穴に入っていく…
そして顔を出し。
「カカカカッ オマエラ モ ハイレ」
俺たちは次々に穴に身を滑り込ませた。
最後に俺が潜り抜けた瞬間──視界がぱっと開ける。
そこは、東大寺の大仏殿。
出た先は、縁起がよいとされる東大寺の柱の穴、大仏の鼻の穴と同じ大きさといわれる穴くぐりだった。
小学生の遠足以来の懐かしいで穴くぐりだ。大人になった体では窮屈で、腹が擦れてしまう。
「こんなに狭かったっけ?」
長旅の果てに、まさかのただの穴をくぐるだけで帰還とは。
あの長い長い旅が一瞬で報われた気分だ。
「やりました、地球と行き来できるようになりました」
ボッチゲートの修復の確認をした俺たちは、次の計画を立てるためにトオナラに戻る。
宇宙船スルメを穴を通れるようにバラバラにし、地球で組み立て直して月へ救出に向かうという計画を立てた。
俺のチョッパーの部品は現地調達で何とかすることになった。誰かのバイクを盗むのか?信じていいのだろうか?
デデドンたち、テペテペたちを救出するのが最優先、人手が集まってから建設を再開していこう、となった。
聖徳太子の変な帽子からボソボソと声が聞こえる。
そして帽子の中から
「ジャジャーン!僕がアックダマでーす」
一同、凍りつく、まさか、なぜいてる?
100年が1年としても66万年やで!?いる訳が無い…はず。
「ア、アクダマだー!逃げろー!」
テペテペたちは悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
俺は、テペテペとデデドンを分断した張本人が、陽気に登場したことを、どうしても許せなかった。
「お前がアクダマか!えらいことしてくれたのう、シバき倒したるから、そこにおれよ!」
だがアクダマは両手を振り、必死に叫んだ。
「ちょっと待ってください!まずは話を聞いてください!!」
◆6600万年と1400年の後悔
アクダマは語り始めた。
かつて、オートミートを独占し、レプヤン文明を支配した。
恐竜人類、レプヤンたちを従わせ、王のように君臨していた。
巨大隕石が迫った時、彼は迷わずボッチゲートに飛び込んだ。
仲間を置き去りにしてでも、自分だけでも助かろうと。
「あとから誰か来れば、また支配すればいい…そう思っていたんです」
しかし、誰も来なかった。
一人きりで、時の流れが残酷に長く感じられるほどの孤独。声を上げても空に吸い込まれていくだけの日々。
アクダマは今までのこと、考え方を後悔した。
自分がいるから皆がいるのではなく、皆がいたから自分がいたのだと。
せめてものの償いとして、いつか誰かが来ても暮らせるように都を一人で作り続けた。
「これを一人で作ったんか!?」
数万年かけ、石を積み、建物を造り、道を整備した。だが誰も来ない。
せっかく築いた都市も、数万年かけてゆっくりと朽ち果てていった。
「気づけば…考えることを、やめていました」
続いて聖徳太子が語り出す。
ボッチゲートをくぐり、やって来た。
聖徳太子は初めて見たとき“桃源郷”だと思った。
アクダマの築いた都の設計を真似し、地球に平城京を築くように測量し図面を起こす、そして託した。
だが、行き来しているうちにこの桃源郷を独り占めしたくなってしまった。
不浄者をこちらに来させるわけにはいかないと自分に都合良く言い聞かせた。
そして、こちら側からボッチゲートを壊し独占した。
しかし1年も経たないうちに一人の孤独に絶望した。
聖徳太子も考えるのをやめた。
10年ほど経ったころに、たまたま出会ったアクダマと聖徳太子。
「テペ、テペテペ、テペ?」
「汝、いづれの者なるや?」
初めて交わした会話の内容や、どうでもいいことまで語った。
相容れぬ見た目の両者だったが、一人ではなかったことに安堵した。
抱き合い、大いに喜びあったんだそうだ。
二人はお互いにこれまでの経緯を話し合い、今まで孤独の反動から寝ずに互いの愚かさを反省しあった。
あまりの嬉しさに三日三晩語り合い、そして話のネタは尽きた。
いつ誰が来てもいいように、二人は一緒にこれといって話すこともなく行動した──。
しかし1400年が14年は分かるとして、ましてや6600万年が66万年という月日が経っているのに、時間の流れが遅いだけでは説明できない。
「おそらく、あの『シラズ』なる果実が、老いの時をそっと止めておるのでしょう」
その柿“老い知らず”ことシラズは、陽光を受けて黄金に輝いていた。
食べれば時の流れを止めるような不思議な力を秘めている。
アクダマは深く頭を下げた。
「愚かな僕を許してほしいです。明るく登場すれば、笑ってくれるかと…でも、本当にすみませんでした」
聖徳太子もまた頭を垂れる。
「余もまた偽りを口にした。言葉は初めから理解していたし、あのボッチゲートも、この手で断ち切ったのだ。その罪は重く、この身をもって償わねばならぬと覚悟している」
そして二人は声をハモらせて、
「寂しかったよー」
と言ってわんわん泣き出した。
二人の告白に、俺たちは言葉を失った。
”自業自得”という言葉しか出てこない。だが、同時に彼らの後悔が本物であることも感じ取れた。
こうしてアクダマと聖徳太子は、新たな仲間として加わり、レプヤン救出計画に協力することを誓った。
長き孤独の果てに、ようやく再び“誰かと共に生きる”選択をしたのだ。
俺たちの旅は、ラスボス級の悪党と、奈良で一番の有名人を仲間に加えて、ますます広がりを見せ始めていた。
空の向こうに広がる未知の世界。
その先には困難かもしれないし、希望かもしれない。
だが、今の俺たちにはどちらも恐ろしくはなかった。ただ胸の奥で、次なる一歩を踏み出す鼓動が高鳴っていた。




