第0話 「ナイナイ」
あり得ナイ。そんな体験をしたことはありますか?
──これは、俺がある夏休みに体験した出来事です。
小学生だった俺は、一人で電車に乗り、バアちゃんの家へ向かいました。それは子どもにとって、大冒険の旅のような胸の高鳴りでした。
早朝の始発、メモした乗り換え表、プリントした路線図を握りしめ、勇気を出して踏み出した一歩。駅員に助けられたり、隣のオジちゃんに旅の話を自慢したり。その道中は、ひとりの少年を大きく成長させる、誇らしい挑戦だったのです。
しかし、その夜。バアちゃんの家の和室――大きな仏壇と先祖代々の遺影に囲まれ、蚊帳が吊るされた部屋で、煎餅布団に体を押しつけるように横になった俺は、“それ”に出会った。
箪笥の上のガラスケース。中に飾られていた日本人形が、なぜか後ろ向きに置かれていたのです。
その瞬間、体が石のように動かなくなり、金縛り。声も出せず、ただ「カカカカッ」という不気味な笑い声だけが耳にこびりつきました。その先の記憶は失われ、恐怖だけが鮮明に残されました。
──それから四十年。今やただの中年のオッサン。目標もなく、趣味のバイクだけが唯一の救いだ。何年経っても、あの夜の続きを知りたい衝動は消えない。恐怖が甦るのは分かっているのに、その思いに胸がざわつき、体がこわばる。
これから俺は、このときまだあり得ナイとされていたことの答えに辿り着いていくのです。
それでは皆さま、俺の“本当の冒険”の始まりへとご案内しましょう。
その答えは、物語の中で徐々に明らかになっていきます。