2.踊り子、アーニャ
アルフレッドから婚約破棄を告げられ、その後の騎士団の訓練には身が入らず、完全に、上の空だった。
じわじわと、怒りと悲しみが混ざったような気持ちが、体中を流れ始めてくる。
私は、そんなに強い女なのだろうか。
思えば3歳の頃に騎士団長として、隣国との戦争で、指揮をとっていた父が亡くなってから、父の代わりとなり、強い剣士にならなければとがむしゃらだった。
我がオハラ一族が、借金で潰れてしまう瀬戸際だったが、父の名誉の戦死にて勲章を受け、一族は救われたのだ。
父は誰よりも強く、勇敢だった。
オハラ家には、代々、王宮の軍事を担ってきた。私1人しか子どもいなかったため、私が父の代わりになるしか一族が続く余地はなかった。
幸い、私は素早さと反射神経が人より飛び抜けて能力があった。
辛い剣術の稽古も、成果がでてくると、少しずつ楽しくもなってきた。
騎士団養成所では上位の成績で卒業し、騎士団長候補までのしあがった。
だからこそ、誰にも弱みは見せられない。
弱さを見せれば、私の今までが全て無になってしまうような、恐怖感があった。
鉄の心?!
そんなに、私は強くないのだ。
ただ、そうあらねば、私も、母様も家名も全て、崩れてしまいそうだった。
「シャーロット副隊長!大丈夫ですか?」
「!?」
呼びかけに我にかえる。
どうやら、新人騎兵団員の訓練につきあって
いたようだが、誤って剣を落としてしまったようだった。
「すまない、今日はあまり調子が良くないみたいだ。少し休んでくる。」
心配をして頷く新人騎兵団員に謝罪し、水飲み場に向かった。
ふとアルフレッドのほうを見てみると、彼は嬉々として、得意そうに、剣を振っていた。
私の父とアルフレッドの父は、同じ騎士団の仲間であった。
生まれた子どもが男女だったので、酒を飲み交わし、婚約者の約束をしたと聞く。
こんな結果になり、天国の父様も、さぞかし残念に思っているのだろうか。
少なくとも、母様は、涙を落として嘆き悲しむだろう。
なにしろ、アルフレッドの一族は侯爵家であり、父が亡き後、没するか瀬戸際のオハラ一族よりも豊かで位も高いから。
「とんだ親不孝か。」
私は、水を飲み、頭に水をかけ、芝生に座って訓練を見渡した。
当たり前だが、男ばかりで、女は私1人だ。
男のように強くなりたいと望んできた道であったはずだ。アルフレッドも、そんな私を好いてくれていたのだと、勘違いをしていた。
そんな自分の愚かさが、悔しく、涙で全てがぼやけて見えた。
その日は、いつ訓練が終わったのか、覚えていなかった。
気づけば夕暮れの陽が眩しく輝いている。
「シャーロット、君との友情は、永遠だからね。」
アルフレッドは、私の耳元にささやいて、意気揚々と帰っていった。
彼の新しい相手は誰なのだろうか。
アルフレッドは華奢で顔立ちの綺麗な女がタイプだ。
今までも、何度か口説いているのをみてきた。
しかし、まさか私との婚約破棄までいくとは、よほど心を奪われたようだ。
「きゃー----------!!!!!」
突然、叫び声が響いてくる。
訓練場には、誰もいなかった。
「誰かー---!助けてー--!!」
叫び声は、中庭の方角からだった。私は、とっさに立ち上がり、声のする方角に走った。
中庭の草影に、人影が写った。
見覚えのある美人だった。確か、4月の感謝祭のために来訪している、歌劇団の踊り子、アーニャである。彼女は誰もが振り返るほどの黒髪の美人で、妖艶であった。
「どうしました?」
私は彼女の近くに駆け寄り、聞いた。
「猿が、急に狂暴になって、襲ってくるのです。」
アーニャは涙目になって訴えた。
彼女が指さすほうを見ると、確かに、猿が攻撃的な声を発して、戦闘態勢でいた。
今にもこちらに襲ってきそうな勢いだ。
「なぜ、猿が?」
「すみません、歌劇団の芸で使われている猿です。いつもはおとなしく、かわいい子なのです。散歩に出そうとこちらに来たら、急に私に襲いかかってきました。」
アーニャの肩は震えている。右腕を抑えている。どうやら、猿に襲われて傷つき、流血しているようだった。
「キー-------!」
猿は牙をむき出しにして、アーニャに襲いかかってくる。
私はとっさに剣を抜き出し、鞘のほうで猿を打ち付けた。
「アイーン・・・」
猿は打たれた振動で、ころころと芝生に転がってしまう。
微動だにしなかった。
「気絶したようだ。だが、脈はあるから、少ししたら意識は回復するだろう。」
私は猿を抱き起し、鞘で打ちつけた腹の部分を確認した。打撲のみで、流血はなかった。
「ありがとうございます!」
アーニャは猿に駆け寄り、そっと抱きしめ、持っていた籠にいれた。
「怪我は大丈夫か?」
アーニャの右腕をとり、ハンカチで止血する。
「騎士団副隊長のシャーロット様ですよね?面倒をおかけして、すみません。本当に感謝をいたします。怪我は大丈夫でございます。」
アーニャは膝をついて、私に礼をする。ベリーダンスの民族衣装は鮮やかな朱色で美しかった。
「部屋まで送ろうか?」
傷口はそんなに深くなかったが、アーニャの顔色は悪く、唇も青ざめていた。
「大丈夫です、あちらから、仲間が心配してきてくれるのが見えます。本当に、ありがとうございました。」
アーニャの視線のほうに向くと、確かに歌劇団のもう一人の踊り子が、心配そうに駆け寄ってくる。
「行きますね、ありがとうございます。」
アーニャは頭を下げると、猿の籠を持ち、仲間のほうに駆け寄っていく。
問題はおさまったようで、ほっと安堵する。
しかし、なぜ急に猿は攻撃を仕掛けてきたのだろうか。
彼女が去ると、微かに甘い香の匂いが鼻をついた。
妙な胸騒ぎがする。
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