佇む道化
魔王が日に日に、象牙の乙女に心奪われていくのを道化は感じていた。踊る自分の姿を見て、微笑みを見せることはなかったといえ、目を反らすことはなかった魔王が、今は時さえあれば象牙の乙女の姿を見つめて続けている。
それは苦しいことだったが、幸せそうな魔王の姿は道化の心の慰めにもなった。道化はずっと見たかったから。あの暗い瞳ではない魔王を。
魔王は象牙の乙女の為なら、城を出て森の中で、乙女に似合う花さえ摘んだ。道化が変わりを申し出ても、自分で摘んだ花が良いのだとそう言って城を出て行く。城の入り口でその背中を見つめる道化を森に住む魔物達はいつも嘲笑った。
「人間のくせに、魔王さまのお心がつかめると思ったのか?この身の程知らずめ」
「あれだけお側にいて、ただの象牙の像にも勝てないとはな。道化らしく笑わせてくれるな」
罵る声にも、道化は微笑んでみせた。そんな道化を魔物たちは忌々しげに睨み付けたが、何かを思い出したようにお互いに頷きあうと、道化を囲んで口々に囁きはじめた。
「まあ、良いさ。魔王さまが象牙の乙女を選ぶ時、お前はもう用なしになる」
「ああ、魔王さまが像を人に変えられる方法はひとつだけ。お前は生きてはいられまい」
「その時が楽しみだなぁ」
どんなに罵られても、黙ったままじっと動かない道化に飽きたのかか、いつの間にか魔物は姿を消した。
それでも、道化はしばらくその場にじっと佇んでいた。
魔王の背中を見送ったその場で、ずっと。