語る道化
「魔王さま、ピグマリオンと言う者の話を聞いたことはございますか」
永久に続くような長い沈黙を破ったのは、道化だった。
「ピグマリオン?何者だ」
魔王が首をかしげると、道化は
「魔王さまと同じ思いを抱いた、ある人間の王の名前です」
と静かに告げた。
「その者も現実の女に失望し、その代わりに象牙で美しい女の像を創ることにしたのです」
「像をか?」
「はい。自分の求める姿をした美しい象牙の乙女を創ったのでございます」
「それだけではなく、豪奢な衣をまとわせ、宝石で飾り、心ゆくまで愛したのでございます」
「象牙の乙女は、いかなる悪徳も裏切りも知りませぬゆえに」
「つまらぬ遊戯のようにも思えるが」
しばしの思案の後、語り終わった道化の前で魔王はゆっくりと立ち上がった。
「どうせ退屈しているのだ。やってみるのも悪くはあるまい。像などを愛せるかどうかはわからぬがな」
王座を離れて歩きだした魔王は、道化とすれ違いざまにうっすらと微笑んだ。けれど、道化がはじめて見る魔王の微笑みは、ずっと魔王の笑みを望んでいたはずの道化を落ち着かなくさせ、道化は思わず魔王を呼びとめていた。
「魔王さま!!」
しかし、魔王は道化を振り返ることなく歩みを進め、その姿は外界へと続く暗い廊下の奥に消えていった。
「道化よ。しばし、お前に自由な時を与えよう。象牙の乙女が出来るまで」
そして、そんな声だけが、虚ろな木霊のように道化のもとに届き、道化の心をそっと震わせた。