踊る道化
「つまらぬ」
ため息とともにつぶやかれた声に、踊っていた道化は動きを止めた。真白の衣装を飾るヴェールのような七色の絹が一瞬ふわりと空気をはらんでから、静かに道化の身体に寄り添う。
「踊りはお気に召しませんでしたか、魔王さま」
淡い金の髪をして真白の衣装を着た道化とは対称的に、魔王は漆黒の衣装を身につけ、闇に溶けこむように静かに王座に座っていた。王座にしては簡素にも見える、装飾のない黒檀の艶やかな椅子から、魔王は動くことはない。魔王と道化の他には誰もいない、暗い魔の森の奥にある城で、魔王は自分を慰める道化の姿を見ながら1日を過ごしていた。
顔の半分を衣装と同じ真白の仮面で覆った道化の、晴れた空のような瞳をまっすぐに見つめ返しながらゆっくりと魔王は首を横に振る。
「つまらぬのは、お前の踊りではない。ただ、そうだな、余は独りに飽いたのかもしれぬ。もう、ずっとお前とだけだろう?愛する者もいないこの城で」
道化は魔王の言葉を聞いて、ゆっくりと瞳を瞬かせそれから俯いた。魔王はそんな道化の姿を見て、うっそりと笑う。
「お前に飽いたのでもない。お前はこの世でただ一人、余が信じる者だ。そうでなければここには置かぬ」
「魔王さま」
「余の力を求めて、何百何千の者が余の前に現れた。ありとあらゆる悪徳を見たぞ。強欲、嫉妬なにもかも。お前だけだな、余の前に現れて、自分の芸を見ることしか求めなかったものは」
「私の望みは、魔王さまのお心をお慰めすることだけでしたから」
「そんなことは、嘘だと思っていたのだが。お前は真に余に尽くしてくれた。もう、誰一人余の前に現れるなとすべてを呪っていた余に」
衣装と同じ漆黒で自分を包む長い黒髪を、気まぐれに一房つまみあげながら魔王はつぶやき、そしてため息をついた。
「愛したものはたやすく裏切り、欲しいものの為なら平気で嘘をつく。浅ましさでは人も魔物も大差はないな。むしろ美しいものほどその美しさで、心を惑わせようとした。時に涙すら浮かべてな。そんなものはすべてまやかし。わかっている、いやというほどわかってはいるのだが」
「それでも余は、欲しいのだ。心の思うままに愛せる美しい者を欲しいと願ってしまうのだ。余は、もう、孤独には飽いた…」
魔王の振り絞るような声の後は、長い長い沈黙がおとずれた。