表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

音の砂時計

作者: たなっか

誰かの特別な恋

私、煙草吸う人は好きじゃないの。

貴方に言ってるんだけどね、似合ってないよ。

早くやめて欲しい。


私、お酒は強い方だから、無理して張り合わないでいいの。

そういうところ本当子ども。

帰ったら誰が面倒みるの。


そんな調子で、いつも私が彼の面倒見てるの。


出会いはいつだっけ。

そうそう、あの古びたライブハウス。

「知り合いが出るんだけど、お客さんが少なくてかわいそうだから」って、友達に言われて、嫌々足を運んだの。


その時の私はロックバンドなんて興味無し。

音楽もお母さんのウォークマンに入ってた昔の歌しか聴いてなかった。


狭い狭いライブハウス。思ったより人が多かったわ。

そして狭い狭いステージに、小汚ない服装の4人組が出てきたの。

「はあ、こんな誘い断るんだった」

って思った次の瞬間


私から見て右横の男のギターが、酸素が舞うだけの空気を一瞬で音の海へ沈めた。

立っているのが不思議なほどの衝撃だった。


次にギターに似た楽器が低い音を鳴らした。心臓の鼓動を制御されるかのように、そのリズムに染まっていた。

あとから知ったけど、その楽器はベースって言うんだって。


気付けばドラムの4拍子に合わせて自然と手を上げていた。

私の体なのに。


初めてのことばかりで混乱する私の頭に、力強くて繊細な声が突き刺さる。


「人を睨んで細くなる視界より、人と笑って細くなる方が幸せ」


そんな歌詞から始まった、小汚ない男たちの、綺麗な音と言葉の世界は、私に見たこともない色を見せ、一瞬で終わった。

最後に聞いたそのロックバンドの名前、Drowning-Sound(溺れる音)

その名前の通り、私はその人たちの音に溺れたわ。


なんで思ったより人が多かったわかった気がしたの。

こんなバンド、売れないわけない。

同時に寂しくなったの。このバンドは将来、私が今日見た距離では見れなくなるのかなって。


その次の日、私は近くのCDショップに寄ったの。

ロックバンドなんて聴いたことなかったから、興味が湧いて。

その入り口の横の喫煙所には、見たことある髪の長い男がいたわ。

ちょっとがっかり。煙草なんて吸わなきゃ、あの力強くて繊細な声、もっといい声だったかも知れないのに。

そう、それが貴方。


私は大嫌いな煙草の匂いを我慢して話しかけたの。

「昨日のライブ行きました。」

嬉しそうな顔してた。

そのあとは貴方のおすすめのバンドのCDと貴方の連絡先を持って帰った。


お互いいい年してたから、そっからは早かったね。

素敵な歌詞を書く割には子ども。

カッコつけて煙草吸ってるとか高校生みたい。

お酒だって、無理に合わせなくていいのよ。本当はビールも苦いんでしょ?


初めて会ったライブハウスでの印象とはだいぶ違ったわ。

だけど、あの時思ったことは杞憂で、今は誰より近い距離で、貴方を見れてる。

しかも私だけしか知らない曲もあるの。ファンの子には内緒ね。


ただ、初めて会った時に思ったことと違うことはもう一つあった。

もうあの日から何年も経つけど、ライブハウスの大きさはあの日のまま。

だんだん貴方は焦ってきて、私もどんな言葉をかければいいか分からなかった。


歌詞も、量産型になってきて、「いつもありがとう」「同じ空を見てるよ」

ねえ、その歌詞、皆聴き飽きてるよ。そう思えるほど私は音楽の虜になってた。


だから尚更、貴方の書く歌詞が平凡になっていくのが辛かった。


サラサラサラ。

月曜日の朝、ごみ捨て場に見慣れたギターがあるのを見て、別れの日への砂時計は動き出した。


「なんでこれ捨てようとしたの?」ギターを持って部屋にあがった私を、貴方は凄まじい目で睨んだ。

その視界、嫌いなんじゃないのかよ。

貴方は口を開く「余計なことすんじゃねえよ。」


パリン。

私の心が、硝子のように音を立てて壊れた。

そこからの言い合いは、わざわざ話すようなことじゃないわね。

それから貴方が帰らない日が続いたの。


貴方がいない部屋で、貴方が吸ってた銘柄の煙草を吸う3回目の夏。

お昼時のテレビのoriconチャートから聞いたことのある声が聞こえた。


「第5位、Drowning-Soundで……」


知らない、知らない、知らない。その曲。どこにいたの。誰といたの。そのメンバー、あの時の人たちじゃないよね。

あんなに大好きだった声が、猫の交尾、黒板を引っ掻く音、排水溝が詰まる音みたいに聞こえてすぐにテレビを消した。


混乱する頭の片隅で、悔しいけど、こんなことが浮かんだの。

「また、ライブが見れるかも。」

本当に馬鹿な私。子どもなのはこっちかな。


その年の秋、私はZeppTokyoに足を運んだ。キャパは2000人。あの頃とは比べ物にならないほど大きいライブハウスだ。

そこの入り口には、髪を短くした貴方が写るポスター。

帰りたくなった。


18:00。照明がステージに点いた。見たこと無い右横の男が、空気を沈めるどころか、タンポポの種も飛ばせないほど弱い音を出した。


ああ、本当にあの時の私が溺れたバンドはいないのね。

淡々と時間が流れる。知ってる曲も知らない曲みたい。


「次が最後の曲です。」

やっと帰れると思った私。でもその最後の曲で、私の涙腺が音を立てたの。


「子どもだった俺を、ずっと見捨てないで居てくれてありがとう。」


そう言ったあと、何回も何回も、あの部屋で聴いた私だけの歌が、大きな大きなライブハウスに流れ出した。


頭の中に思い出が駆け巡る。ロックバンドのボーカルを一人占めする贅沢なカラオケ、嫌々私に着せられた浴衣を着て回ったお祭り、内緒で最前列にしてくれたいつものライブ。

こんなにこの曲で泣いているのは私だけなんだろう。


最後の1小節、歌詞が加えられていた。


「貴女だけの歌じゃなくなってごめんね。愛してるよ。」


「別れよう」にも「ありがとう」にも聞こえたその言葉は、私に「さようなら」と言わせた。

砂時計が落ちきったみたい。





私、煙草吸う人は好きじゃないの。

貴方を思い出しちゃうから。

結局私も吸うようになっちゃったけどね。

2年前に初めて書いてみた短編です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ