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Tale of Despair  作者: ナシ・ミゾレ
緋色と灰の物語
4/15

4.芽生えた狂気 ─TubeRose─

カリーナの独白から始まります。彼女の人生に少しだけ触れてください。


所でチューベローズの花言葉は

 平和や安寧はある日突然崩れ去った。慎ましく祈り、生活をしていたのに神様はある日、急にそんな私達を見捨ててしまった。

 この胸を満たした慟哭を誰かに聞いて欲しくて、誰かに助けて欲しいのに誰かに話せば他人事に変わってしまう。そんな気がしたから、一人で抱えるしかなかったんだ。


 ある人は言った。この世界には悲しみが満ち溢れていてそれらを許す心が大切なんだと。

 ある物語を読んで知った。自分が抱えた悲しみや痛みはよくある話のひとつに過ぎ無いと。


 私の人生はよくある話でよくある悲劇で、取るに足らない、誰もが想像できる物語でしか無かったんだと。

だから物語は語り掛ける。お前は主人公なんだよって、だから主人公の様に強かであれ。この悲劇を享受しろ、と。

でも私は・・・主人公のように強くはなかったんだ。強くはなれなかったんだ。何処にでもいて何処にでもある平凡な存在で、物語のヒロインの様な特別さを私は持ちえなくて、足り得なかったんだ。

 それを知って打ちのめされた時、私は泣きたかった。世界を救う勇者が私を助けてくれるわけでもなかったし、私の両親が帰ってくるわけでも無い。だから泣いても仕方がないけど、ただ泣きたかった。泣いて泣いて、子供みたいに蹲って私を助けてと叫びたかった。だけど私がそうする前に、妹が、モニカが泣き出した。


 その姿を見て私は〝救われた〟気がした。この子だけは私の痛みを理解して、この子だけは、私だった。


「大丈夫だよ、モニカ、お姉ちゃんがついてるよ」


 私はお母さんを真似てモニカを抱きしめて、何度も何度も言い聞かせた。

 この子は私の分まで泣いてくれる。だからこそ、だからこそ。


 私だけでもこの子にとって、物語の主人公であるべきだと強く思った。


 夜が傾き、空が色を変える頃。銀星が暁に焦がされて、紫紺に緋色が混ざり込む。まだ夜を忘れない風がカリーナの髪を優しく撫でる。おはよう、とでも言わないばかりのそよいだ風は耳元を通り抜けた。


「モニカ、起きて」


 カリーナはモニカを優しく揺すった。モニカはその手から逃れる様に寝返りを打った時、その目から涙が零れる。悲しい夢を視たのか泣き腫らした目に、雨の一滴の様な言葉を零した。


「マ、マ・・・」


 その一滴はカリーナの心に一つの染みを生み出し、影を作る。ドクっと心臓が強く脈打ち、胸が締め付けられるような感覚が込み上げた。モニカはまだまだ母親が必要な年頃で、本当に必要なのは自分では無く、母親なのだと、苛む声がする。解っていた。解っていたからこそ、その現実が重く圧し掛かる。


「ごめんね」


 カリーナは悲しみと決壊しそうになる感情を我慢しながらモニカの涙を指で拭う。この悲しみは余りにも耐え難く。カリーナは思わずモニカの頬を両手で包み、ゆっくりと額を重ねる。


「貴方は・・・どうか、どうかこんな思いを抱えないでね」


 それは祈りだった。贖罪にも願望にも似た祈りだった。カリーナの胸を満たした痛みはきっと癒えない。だが、繋げないことはできると彼女は知っている。だから祈った。この子だけはどうかそれとは関係無く、幸せに生きていけますように・・・と。

カリーナはたっぷりと祈りを捧げてから、息を大きく吸った。


「モニカ!起きてっ!」


 そういってカリーナはモニカを叩き起こす。まだ愚図るモニカを厳しく叱咤しながら、一日の流れの中に飛び込んだ。二人ともこのぼうっとしていたら置いて行かれてしまうかもしれないから。

 カリーナは#朝祈暮賽__ちょうきぼさい__#の為にまだ眠い目を擦るモニカと共に礼拝堂へと足を踏み入れる。人の気配の無い空の聖堂には登り始めた陽光の橙色がステンドグラスを通して降り注ぐ。ぎっと木戸が悲鳴を上げて閉じた。重たい無色の静謐が蔓延っている。


「おや、貴方達は」


 静謐が風に流された。カリーナとモニカの前に初老の男性が現れる。その人物を見てカリーナは少し緊張した様子で「おはようございます」と口にした。男性は手で結構と合図を下す。その男性はこの場所で最も権威のある人物、修道院長シルヴァントゥスだ。


「貴方達は何時も速くにここに来ますね。カリーナ、モニカ。」


 モニカは相変わらずの人見知りを発揮し、カリーナの後ろに隠れてしまう。カリーナは愛想笑いを浮かべながら


「はい、父と母を亡くしてから姉妹二人、お世話になっていますから」


「そう畏まらないでください、私達としても貴方達がここにいる事はとても喜ばしい事なのです。この修道院は元よりマキナスの使徒、聖イルメアートの加護を受けし場所。彼の聖人は花と人を愛し、花は人の心に安らぎを与える隣人であると人々に説きました。この場所は人々の悲しみや苦しみ、疲弊した心を癒す場所です。それは貴方達も例外ではありませんよ」


 シルヴァントゥスは穏やかな口調で二人に説く。カリーナは恐縮した様子で頭を下げた。


「あ、ありがとうございます」


「それに貴方の事を周りはとても高く評価しているのですよ、カリーナ。貴方はとても真面目な取り組み方は美徳です。小鳥のモニカは愛らしく、お喋りをしているだけで和ませてくれますから。貴方達二人はこの修道院にとっては居なくてはならない大切な存在なのですよ」


 シルヴァントゥスは微笑みながら語り掛ける。その言葉は家族を亡くした少女達にとっては慈悲深い雨の様に感じられ、カリーナは認められたような気がして嬉しかった。すると再び木戸が開き、礼拝堂に続々と孤児と修道士たちが入って来る。


「それでは私はこれで、またお話ししましょうカリーナ、今度は貴方も、モニカ」


 シルヴァントゥスはそう言って二人の前から踵を返すと聖書を取りに奥の部屋へと消えて行った。カリーナはその背中に頭を下げるとモニカと共に礼拝堂の椅子に腰を下ろす。モニカはずっとカリーナの袖をつまみ、不満げな表情を浮かべていた。


「どうしたの?モニカ」


「ここ、つまんない。お姉ちゃん今日も忙しいの?」


 それはモニカにとっては礼拝堂や信仰の場は、つまらない場所でしかなかった。それは彼女が子供なのもあるが、元々は外で思い切り走り回ったりするのが好きな少女故だと、カリーナは知っている。カリーナは優しくモニカの頭を優しく抱くと、諭すように優しい声で彼女に囁く。


「お姉ちゃんのお仕事が終わったら遊ぼうね。それに今日はディアくんと会うでしょ?モニカにも新しいお友達ができるかも。だからいい子にできる?」


「うん、うん」


 モニカは少し納得したように頷いた。モニカは母親や家族の居ない寂しさは姉であるカリーナに押し付けるしかない。それしか知らないからだ。だが、カリーナもそれを知っているからこそ、二人は片時も離れず傍にいた。祈る時も食事の時も。しかし修道女としての勤めのあるカリーナは時々、モニカの前から離ればならなかった。説明したとて幼いモニカが納得するわけが無い。しかし、カリーナはディアに対しては少しそんな淡い期待を抱いていた。もしディアが友達になってくれたら、モニカももっといろんな人と交流を持ち、楽しく生きてくれるのではないかと。そんなモニカの成長を思えば、カリーナは自然と寂しい様なやる気に溢れる様な、相反する二つの気持ちで空いた胸を満たすことが出来た。


 そうしてあっという間に時間が過ぎ、カリーナは勤めの時間がやって来る。姉を見送り、一人小さな勉強部屋に押し込まれるモニカを見送りながらカリーナは身を費やす事となった。この修道院の薔薇を使い作られるオイルや香水。それらを作る工房へカリーナは向かう。思えば不思議な薔薇だった。こんなに多く咲いているとはいえ、毎日沢山のオイルや香水を作ったとしても無くなる事が無い。庭先を見れば美しい薔薇は大輪に微笑んでいる。


「お、おはよう、カリーナ君。今日もよ、よろしく」


「はい、よろしくお願いします」


 カリーナが工房へ足を踏み入れると、錬金術師の男が顔を出す。カニスと名乗った男の助手をカリーナは任されていた。カニスはこの修道院に住み込みで働いている錬金術師であり、修道院に咲いた薔薇を加工した薔薇蒸留水や香水、オイルを作る作業を一手に担っている人物だ。此処でのカリーナの仕事は事務仕事や部屋の掃除や時々彼の行う実験の手伝いなど、雑用がほとんどだった。カリーナは彼の邪魔をしない様に少し距離を取ると机の上の資料を整理し始めた。


「早速仕事か、相変わらず精が出る」


「えぇ、先生のお手伝いをするのが私のお仕事ですから」


 カリーナはそう言って愛想笑いをする。カリーナは目にかかる前髪を耳にかけながら、一つ一つの資料を纏め、とんとんと高さを整えた。


「先生、この資料はどちらに置いておきますか?」


 カリーナの言葉にカニスの返事はない。カリーナは不思議に思い、彼の方へと振り返り「先生?」と彼を呼んだ。


「ああ、すまない。それはあっちに置いておいてくれ」


 カニスはぼんやりとした表情でカリーナを見ていたが、彼女の声で正気に戻り、少し取り乱しながら彼女に指示をした。カリーナは「はい」と返事をして微笑むと資料を指定された場所へ片付ける。しかしカニスの視線がずっと自分に絡みつく様な感覚がどうにも拭えずカリーナは彼の方を振り向いた。


「あ、あの先生、何か、御用でしたか?」


「薔薇の様だ・・・」


 カニスはカリーナを見て、ぼそっとした声で呟く。カリーナは聞き取れず「え?」と聞き返すが、カニスは「いや、なんでもない!」と言葉を切り作業に戻って行った。カリーナは彼の事がよくわからず首を傾げる。もしかしたらまだ信用されていないのではないだろうか、そんな気がしてならなかった。


「この前怪我しちゃったからかな」


 そう言ってもう塞がった傷口を眺める。怪我といっても茨で指を切った程度だ。

 カリーナはそんなことを感情を抱えながらも工房内の掃除を始め、自分の仕事に勤しんだ。


「ご苦労だった、カリーナくん」


 気が付けば日が傾き、一日の勤めの時間は終わりを告げていた。カリーナは「お疲れ様でした」とカニスに挨拶をすると踵を返し、その場を後にしようとしたが、カニスは彼女を呼び止める。


「あ、あの、カリーナくん」


「はい、なんですか?何か御用でも?」


 カニスはマジマジとカリーナの顔を見つめる。紅い髪をゆっくりと揺らしながら、その青い瞳に自分を映し出す。その時覚えた複雑極まる感情がカニスの喉を詰らせる。


「か、かみ、」


「?」


「髪の毛を一房くれないか?君の髪の毛でいい!つ、次は毛髪に使う香油の開発を、し、しようと思ってだね!君は、若く、髪質も良い!た、頼まれてくれないだろうかっ!」


 その言葉を聞いてカリーナは目を丸くした。それから少し悩んでから「わ、わかりました」とおずおずと食い下がり、鋏で毛先を切り落とす。さらっと手の中で解れた髪の毛を落とさない様に束にするとカリーナはカニスに自分の髪の毛を差し出した。


「あ、ありがとう!すまないな!アハハ」


「えっと、それじゃあ失礼します。これ以上は・・・ちょっと上げられませんから」


 カリーナは少し不満げな表情を浮かべながらモニカの元へと急いだ。きっとモニカは待ち兼ねて居るはずだ。それに昨日出会ったディアとの約束もある。自分の髪の毛の事など余り気にしている余裕はカリーナには無かった。


 カリーナが去った後、一人部屋の隅で作業をしていたカニスはふと、彼女が置いて行った髪の毛が目に触れた。徐に部屋の鍵を閉じ、椅子に座ると、彼女の毛先を自分の鼻先に押し当て、匂いを嗅いだ。


「ん~・・・ああ!嗚呼!やはり君は薔薇の様な美しい人だ。ああ、透き通った肌、紅い髪、あの水晶の様な蒼い瞳。何もかもが私を狂わせる・・・、ああ、君が助手として此処に来たのは神の思し召しに違いあるまい!」


 興奮気味に叫びながら、絶頂に近い幸福感が彼の脳の奥へと電流の様に迸る。彼は机の中から血の付いたハンカチを取り出し、血痕のついた箇所を顔に押し付け、深呼吸を繰り返す。その異様な言動は狂人そのものであり、その狂気に塗れて汚れた指先はカリーナを常に求めている。心は埋まらない満たされない。今日は彼女を襲いそうになった。だがそれは許されない行為だ。だから彼女の髪の毛を収集し#理性に従った__・__#。だのに血と髪の毛、そして目に焼き付いて離れない可憐な少女、生身のカリーナを前に彼の情欲は留まることを知らない。欲しい、欲しいと喉から叫び、心は荒んだ。身体の芯は思い出すだけで熱くなり、理性と狂気が入り混じる。混沌だった。混沌がカリーナを求めている。


「ああ、だが、ああ、もう少しだ、カリーナくん。一緒に君も私との幸せを享受しよう・・・そのために・・・君をもっと知らねばな・・・君は私の運命の人なのだから」


 それを恋と呼んで、誰が納得できただろうか。だが彼にとってこの感情は間違いなく恋だった。


余談なのですが


花が必ず2輪ずつ咲き、男女の関係性を連想させるそうですよ。

夜になると芳醇な強い香りを発するそうです。

今夜何かが起こりそうな危険な様子を連想させるそうです。

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