95 いや、私は死んでいないのだが……?
1800年7月10日。
ロスト・エンジェルス連邦共和国の市民たちは、突然の訃報に驚愕した。
英雄メビウスの死が、テレビからラジオ、インターネットと様々な媒体より市民へ伝達されたのだ。また、メビウスの死を公式発表した若き大統領クール・レイノルズは、何度も何度も言葉を詰まらせている。
市民たちは嘆き悲しんだ。50年ほど前、4年間で100万人をも超える死傷者が出たという『大独立戦争』にて、ロスト・エンジェルスを単独勝利に導いた英雄が、ついにいなくなってしまったのだ。
特に当時を知る老年の市民たちは、ひとつの時代が終わったこと、そしてこれから連邦共和国が進む道に不安を抱く。軍拡路線を採用しつつあった現連邦政府に歯止めをかけられるのは、陸軍を退役していながらも影響力は残っていると思われるメビウスだけだと考えていたからだ。
そんな混乱の中、2日後には国葬が行われることも決定した。英雄に最後のお別れを告げるべく、300万人を超える市民が首都ダウン・タウンに集まる見込みだ。
……というニュースを自宅で聞いたメビウスは、ひょっとして認知症になってしまったのかもしれない、と孫娘モアの部屋へ向かう。
「あ、お姉ちゃん。おはよう」
「もう16時だが? ああ、いや。いまはそんなこと関係ないな。速報を聞いたか?」
「んー。おじいちゃんの国葬が行われるんでしょ?」
散らかった部屋のベッドで足をパタパタさせながら、なぜそんなに平然とした態度をとれるのかさっぱり分からない。
「まあ、ヒトはいつか死ぬからね~。ロスト・エンジェルスは長寿大国って言われるけど、あとすこしで73歳になるヒトが亡くなってもおかしくないもん」
「いや、私は死んでいないのだが……?」
「うん。死んでないね」モアは勝ち誇ったような表情になり、「だって、お姉ちゃんはもうおじいちゃんじゃないじゃん。女子用のピンクパジャマ着ておいておじいちゃんは無理あるよ」
肉体と魂の同化。この姿になってから、モアはしばしば『魂が肉体に追いつこうとするはず』だと言っていたが、たしかにメビウスはなんの違和感も持たずにモコモコのルームウェアを着ていた。もはや男性的な要素を探すほうが圧倒的に難しい。
「髪の毛もロングヘアくらいまで伸びてるし、三つ編みまでしてる。そんな姿なのに72歳の老人名乗るのは無理しかないじゃん?」
「ま、まあそうかもしれんが」
「そうに決まってるよ。にしても、クール大統領は役者だね。その気になれば会えること分かっているのに、もう号泣し始めてるし。本当にお姉ちゃんが亡くなったときどんな反応するんだろーね」
モアはスマートフォンを見せてくる。老眼と無縁になってから数ヶ月経過し、メビウスは目を凝らすことなく6インチにも満たないディスプレイを見る。
『英雄の死は……我が国の安全保障を覆すことはない。メビウス元上級大将の意志、平和への尽力は我々の内皮の中に受け継がれる。私はそれを市民の皆様に約束しよう』
クール・レイノルズは壇上から去っていった。
勝手に死んだことにされるのってどんな気分なんでしょうね
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