5 若い女性の服は多種多様だな
「マジか」
モアはしばし硬直していた。
「必要なのだろう? だったらそれくらい出してやるのが祖父の役目だ」
こんな姿だが、メビウスはたしかにモアの祖父だ。さらにいえば幼児のうちから親を亡くした彼女の親代わりでもある。だからそれくらい当然なのだ。
「さて、行くぞ。ここで固まっていても寒いだけだからな」
モアの肩を叩き、ふたりは永遠の翼デパートへ入っていく。
豪華絢爛なデパートである。ロスト・エンジェルスの首都ダウン・タウンの象徴のひとつともいえる場所だから当然といえば当然ではあるが。
「服屋は4階か」
「そうだよ~。かわいいお洋服で自分を着飾らないとね!」
「君もだがね」
いかんせんモアから渡された黒ジャージ姿で女性向けの服屋に入るのは気が引ける。だが、隣にいる孫娘もグレーのジャージなのに堂々としている。ならばメビウスも威風堂々とすべきなのだろう。
「ねえ」
「なんだ?」
「仮に同級生と会ったらおじいちゃんのことはお姉ちゃんってことにするからね? あと一人称にも気をつけて」
「わしでは駄目か? 昔の女は一人称がわしだったヒトもいたぞ?」
「時代が違うんだよ! しっかりしてよね~」
まあ公的な場では『私』を使っていたので、さほど苦労することもない。ただ孫娘の姉になりきれというのはなかなかハードなお願いだ。
とはいえ、エスカレーターの外側の鏡張りを見てみればいまのメビウスは立派な美少女であることを再認識できる。ここはモアのお願いに従うほかないだろう。
そんなわけで服屋が大量に設置されている4階へたどり着く。
「うおお! まばゆくて見えないぜ!」
モアが言い出したことなのに、彼女はどの服屋にも入ろうとしない。仕方がないのでメビウスが彼女の手を引っ張り適当なショップへ入る。
「ふむ。若い女性の服は多種多様だな」
上着もズボンもスカートもアクセサリーも無限大に点在している。ロスト・エンジェルスは寒い国なのでどれもこれも暖かそうだが、短めのスカートもある。足を見せたい欲求でもあるのであろうか。
「ライダーズジャケットは男性とあまり変わりがなくて良さそうだ。下はダメージジーンズが良さそうだな。よし」
そんなわけで試着しようとしたとき、モアの思考が停止していることに気がつく。
「どうした?」
「こんなキラキラしてる空間にいられないよ……」
「君が誘ったのだろう? 私はもう目星つけているぞ?」
「もう良い……。一生ジャージで過ごす」
こうなるとモアは一歩も引かないので、メビウスは服一覧を一瞥しグレーのコートと赤いセーター、スキニージーンズを指差す。
「君はお母さんに似てスタイルが良いから、きっと似合うはずだ」
「そう?」
「そうだ」
「……。分かった」
なぜ落ち込んでいるのかさっぱり分からない。これが乙女心というものなのだろうか。
試着室に入ったメビウスは何気なく独り言を言う。
「若い頃はライダーズジャケットとか着ていたな。性別が変わっても服の趣味は変わらないというわけか」
どこまで肉体に魂が引っ張られるか分からないが、いまのところは大して変わっていないようだ。
爺さんが恥じらうんじゃなく孫娘が恥じらうんすね。ええ……?
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