3 それでも見た目は美少女だよ?
なんの因果か美少女になってしまった72歳のメビウス。そうなった日から5日間が経ち、この身体にもだいぶ慣れてきた。
「おじいちゃんさあ、せっかくだしかわいい格好とかしてみたら?」
藪から棒にそんなことを言い始めたのは、この姿になった元凶の孫娘モアだった。
「まずは君が可愛らしい格好をしてみたらどうだ? 白衣かジャージ以外着ているところを見たことがないぞ?」
「だったら一緒に服買いに行こうよ!」
「この姿で?」
「この姿で」
この5日間、ずっと家にこもっていた。外部からの刺激がないと人間の脳はどんどん退化していく。ましてや70歳を過ぎているのだからなおさらだ。それなのに外へ出ないのはまずい気もしてくる。
「分かった。ただしこの格好では車の運転はできんな」
「あたしもできないよ~。免許持ってないし!」
「なら仕方ない。タクシーを手配するか」
ロスト・エンジェルス連邦共和国。他国の200年先を進む技術力を持つ国。ならば当然馬車でなく植民地から獲得したガソリンを使った車があるし、伝書鳩ではなくインターネット機能を持つ携帯電話もあるわけだ。
とはいえ、メビウスは立派な老人だ。いくら見た目が美少女だからと、いきなりこの年代にふさわしい携帯電話を持てるようになるわけではない。
「おじいちゃん、携帯古いよね~」
「最小限の連絡ならこれで充分だからな」
「スマホに買え替えるべきだよ~。せっかく女子高生くらいの年齢に戻れたんだからさ~」
「中身は立派なジジイだがな」
「それでも見た目は美少女だよ? ほら、肉体に魂が追いつこうとするはずだからさ」
「ああ……。そうかもしれんな」
タクシーを古臭い携帯電話で呼び、たったふたりが住むにしては空虚な豪邸から出ていく。
「タクシーなどいつ以来だろうな」
「えっ、タクシー使わなかったの?」
「いつも部下が車を手配してくれていたからな。わざわざカネを払って運んでもらう理由がなかったのだよ」
「ふーん。でもその見た目じゃ部下さんたちも動いてくれないだろうね!」
「こちらの不手際でこうなったのだから仕方ないさ」
と会話している間にタクシーがやってきた。後部座席に座ったモアが速攻で、「ダウン・タウンの“永遠の翼デパート”までお願いします!!」と行き先を決定する。
財布の中には大量の札束。当然タクシー代が支払えないことはない。
巷ではキャッシュレス決済が流行っているようだが、この老いぼれからすれば決済の方法すら分からない。だからメビウスはいつも現金派だ。
タクシーが動き出す。運転手はメビウスたちを見てなにかを思ったのか話しかけてきた。
「お嬢ちゃんたち、もしかして姉妹?」
「ああ、これには訳があって──「そうです!! 似てるでしょ~! 髪色は違うけど、この国じゃ普通のことですしね!」
……考えてみれば、メビウスのいまの姿は彼の長女が子どもだった頃にも似ているが、同時にモアとも似通っている。姉妹として通すことがなんら不都合ないくらいには。
脳が混乱する。人類には早すぎたかも。
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