2.ライブ鑑賞会
「やっほー、金木くん。わたしがきたよー」
放課後、約束の時間になった。
ドアがガチャリと開けられて、紙袋を携えた塚原が店に入ってくる。
制服から着替えた彼女は、空色のワンピースに身を包んでいた。
トレードマークのポニーテールは相変わらずだ。
こころなしか学校にいたよりも輝いた表情をしている。
それもそうだろう。
今から塚原は推し、中村純のライブDVD鑑賞会をするからだ。
紙袋の中にはきっと、この前届いたDVDが入っているのだろう。
ここは俺の親父が経営している喫茶店。
住宅街のど真ん中にあるが、なかなかに繁盛していて、ランチタイムになると少し行列ができるほどになる。
だが今は定休日である金曜日
客席には誰も座っていない。
きっと今は親父も二階で母とゆっくり過ごしていることだろう。
だからいつも俺と塚原はここで鑑賞会をするのだ。
塚原が椅子の準備をしている間に、俺は店の奥からモニターを持ってくる。
ニコニコしている塚原はひいき目に言っても、すごくかわいい。
惜しむらくは、その笑顔が鑑賞会をすることによって引き起こされたことだろう。
「今日見る奴はなんだ?」
「おととい届いた、初回限定版、写真集と抱き合わせのやつ」
「ちなみにいくらぐらい・・・」
「7000ちょっとかな」
高すぎないか、という言葉が出そうになるのを、あと一歩のところで我慢して、写真集の内容のほうへ話題をそらした。
話しながら、過去にそう言って一週間ほど口をきいてもらえなかったことを思い出す。
その頃はまだ塚原への恋心が芽生えていなかったのだろうか。
昔、俺が値段のことについて余計な事を言ったとき、涙目になった塚原は、俺がごめんと謝る暇もなく家へと帰っていった。
次の日から目もあわそうとしてくれなくなって、最終的に帰宅途中でつかまえて謝るまで許してもらえなかったのだ。
人の好きなことに意見をはさむこと、趣味の費用について言及することは危険だと、そのとき学んだ。
話しているうちに準備が終わったようで、電源がつけられた画面中央には3人組のイケメンが肩を組んで映っていた。
その上には<エストレーリア>とグループ名がきらきらして書かれてある。
たしか、スペイン語で「星」という意味だったか。
中央にいる笑顔の男が塚原の推しの、俺にとっては恋敵である中村純だ。
塚原はリモコン操作をしていた手を止め、顔をこちらへ向けてきた。
食い入るように画面の方へ向けられていた宝石のような目が、俺をとらえる。
塚原の指が左の長髪の男をさす。
「金木くんは、山下くんが推しなんだっけ」
「まあ、一応はそう、だけど」
曖昧な返事を返す。
すると、あまりしてほしくない問いを彼女は投げかけてきた。
「そういえば、今まで聞いたことなかったけどさ。金木くんはどうして山下くんのことが好きなの?男子で好きっていう人あんまり見たことないんけど」
にこりと笑みを浮かべながら言う塚原に、俺は苦笑いを返す。
本当に好きかどうか疑われているのだろうか。
「山下のことは、もちろん好きだよ。俺の最推しだ」
そう言うとともに心がチクりと痛んだ。
実のところを言うと、本当は好きではないのだ。
俺は、塚原と一緒にDVDを見るために、同じ場所で過ごすために、嘘をついている。
好きでも何でもないものを、好きだという嘘を。
塚原をだますことの罪悪感が俺を苛みながらも、事前に考えていたセリフを口にだす。
「歌がうまいことと、そのために努力をしているところが好きな理由かな。」
「それなー。この前出てたカラオケ番組でも点数高かったし」
「あれ見てたのか」
「当然だよ。中村くんも出てたし。ファンならチェックして当たり前だよ」
「逆に塚原はどうなんだ。どうして中村を推してるんだ?」
同じ問いを塚原にする。
塚原の口から「中村」という言葉がでるのは嫌なのだが、どうして彼を推しているのかの理由がわかるちょうどいい機会だ。
その理由を参考にすれば、彼女の理想の男性像がわかるかもしれない。
「うーんとね・・・」
塚原は手を顎にあて、考え込むそぶりをする。
真剣に悩んだ表情が中村に起因するものだと考えれば、心がざわついた。
「やっぱり・・・教えてあげないっ」
「は?」
「だから、教えてあげないって言ってるの」
あっけにとられた俺を見ながら、塚原はいたずらっ子のように舌をだした。
「そんなことより、早く見ようよ」
「いや、ちょっとまっ「この話題終了」」
モニターからファンファーレが流れ出す。
ライブを見ている間、俺が何かを言いかけようとしても、塚原は「黙って」の一言で無視し続けた。
ライブを見終わった後、いつも通りに片づけをし、そそくさと塚原は帰っていった。
結局、理由を教えてくれなかったのは謎のまま。
土日に会う予定もないので、月曜までこのもやもやを抱えるのかと、益体もなく思った。