後篇
「先輩、小っちゃくてカワイイ~~♪」
「小っちゃくねぇよ!!」
「ふぅん。新宿のは六階層辺りからヤバいかぁ」
相当心身の疲労がヤバいのか、課の奥の仮眠室で水嶌先輩が未だに眠る中。
『クノーソス』のゲーム開発者であり、三年前に俺と一緒に入社した同期であり、さらには小っちゃいモノ好きな同志でもある児泉に対して、俺は水嶌先輩の代わりに、ダンジョンに関する情報を報告した。
「水嶌先輩とお前を苦戦させるとは……ダンジョンとしては、中の上くらいか」
「いや、こういう事は言いたくないけど……今回は先輩の疲労もあるから、実際のダンジョンのランクは分かんないよ」
「疲労、ねぇ」
そう言いながら児泉は、奥の仮眠室の方をチラリと見た。
「そんなに疲れるって言うなら、帰投時間をもっと遅めにしようか? お前が望むなら上に掛け合ってやるぞ?」
「あ、いやぁ……でも今回は、十階層を目指そうって言った先輩の自業自得な気もするし……それはもうちょっと検討してからにするよ」
「ふぅん。ま、俺としては正確なダンジョンの様子を知れればそれでいいけど……っとそうだ。正確と言えば……お前、今朝のニュースを見たか?」
俺から聴き取ったダンジョンの情報がつらつらと書かれたメモ用紙を懐に入れた児泉が、自分の部署に戻ろうとした瞬間だった。彼はハッとした顔をしてから話題を変えた。
「アメリカ、インド、オーストリアに出現した巨大ダンジョンが、ほぼ同時に機能を停止させたってヤツだ」
「ああ、そういえば……新聞で見たな」
言っていなかったが、ダンジョンが、その気になればその機能を停止させる事ができる地下構造物である事は、三年前に判明していた。
RPGや、最近の異世界ものにおいては『ダンジョンコア』などと呼ばれるモノ……いや、この世界に出現したダンジョンにあるのはそんなクリスタル系の謎物体ではなく、人間でいう霊力中枢に該当する、普通は視えない部位であるが。
とにかくそこに、ダンジョン探索者が発する事ができるエネルギー、国連により『魔力』と名づけられたそれをぶち込む事で、ダンジョン内のエネルギーの循環を狂わせ、最終的には、ダンジョン自体に安全機能のようなモノがあるのか、原子炉スクラムのような状態を引き起こせるそうだ。
すると事実上の機能停止……モンスターや罠、そしてついでとばかりに……政府としては泣ける事に、ダンジョン内における資源が消失した状態になる、すなわち普通の平凡な洞窟に一時的ではあるが、変える事が可能らしい。
そしてこの手段は、スタンピードなどの現象の予兆が見られた時に行えば、未然にそれを防ぎうる究極最終手段として、世界各国で採用されているそうだ。
「実は、俺の知り合いにアメリカ大使館の秘書官をやっているヤツがいるんだけど……そいつが酒の席で言ったんだ。どうもその、ダンジョン攻略は……ダンジョンコアの正確な場所を、事前に誰かに教えられたからこそできた事らしいと」
「はぁ?」
おいおい。
なんだか陰謀論じみてんな。
「おっと、ここだけの話にしとけよ? これ以上話したら……アメリカに消されるかもしれないしな」
「分かってるよ。というか信じられねぇよ、そんな酒の席での話」
「まぁな。そいつ酒が弱かったし、どこまで信じていいのか分からんわな」
「オイ」
まさかの事実に俺は苦笑した。
すると児泉も苦笑しつつ「じゃあ俺はこれで部署に戻る。今日もダンジョン取材お疲れさん! 寝ている水嶌先輩にセクハラするんじゃないぞぉ」そう言い残し、取材課の部屋から出ていった。
「誰がするか!」
俺は即座にツッコミを入れた。
尊敬する先輩にそんな事できるか!
※
翌日。
新宿のダンジョンに、水嶌先輩と一緒にまた入る。
VR制作のために、今まで一緒に入ったダンジョンと同じく、全階層を踏破するまでこの作業は終わらない。他のダンジョンに気分転換目的で入る自由は俺達には残念ながら与えられていない。
なぜならば全ての階層を描ききったVRゲームでなければ、ゲームを買ったダンジョン探索希望者が満足しないからだ。
ダンジョン探索希望者のデモを抑えるためとはいえ……世知辛い世の中だぜ。
「圭太郎! 右から新手よ!」
「了解です!!」
ロリエルフな姿になったおかげか……声まで若々しくなった水嶌先輩の声がダンジョンに響く。俺はその指示にすぐ反応して、水嶌先輩の放った、風魔法付きの矢による牽制で動きを鈍らせていたモンスター共をたたっ斬る!!
今回もナイスコンビネーション!!
それに水嶌先輩の疲労は昨日の内にばっちり回復している!!
今の俺達なら……オーガが現れたとしても、オーガの方が絶対避けて通るぜ!!
「ッ!? きゃ……ッ」
…………なんて、思っていた時代が俺にもあった。
「ッ!? 水嶌先輩の声!?」
水嶌先輩の悲鳴が聞こえ、俺は非常事態の予感がし、すぐに後ろを振り返る。
しかしそこにはもう、水嶌先輩の姿はなかった。俺が油断をしたせいで、その隙を突かれ……何者かが、水嶌先輩をその場から連れ去ったとしか思えない状況だ。
※
「ふぅ、ようやく見つけましたよ」
私は……私をダンジョンの隠し扉のその先にさらった、目の前に立つ男を知っている。できる事ならば、こうして再会したくなかった相手だ。
「我らがアーヴグライト魔帝国の第十五王女、ルリール=アルムヴァーナ=アーヴグライト王女殿下」
「私は見つかりたくなかったわよ。ザスラン=ジュマンジュラ伯爵」
こちらの世界に来る前にいた世界。
この世界から見れば『魔界』と呼ぶべき……私の故国からやってきたお前には。
※
私が水嶌瑠璃子と名前を変える前。
私は、日本という国があるこの世界から見れば……魔界、と呼ぶべき世界で暮らしていた王女の一人だった。
そしてその魔界ことアーヴグライト魔帝国は、ハッキリ言えば侵略国家だった。
魔帝国がある惑星だけでなく、その世界全ての惑星……いやそれだけじゃない。
異世界にまで彼らは侵略の手を伸ばし、侵略先の資源を搾取し、発展してきた。
だがある日。
その侵略先の一つである、剣と魔法の世界というべき異世界に、異世界転移者が現れたのをキッカケに……私の世界は変わった。
彼、水嶌一哉は我々を害する勇者などではなかった。
しかし彼がその世界で発明したVRはその世界の人にはとても好評で、そして、その評判が魔帝国にまで伝わり……そして私と私の家族を含めた多くの魔帝国民はそのVRにハマり…………………………現実世界への帰還を拒むようになった。
それだけ、そのVRというモノは画期的な発明だった。
そしてそのせいで、当然ながら魔帝国は衰退。
魔帝国の強大な力に今まで抑えつけられていた、数多の惑星や世界は反旗を翻し……私を含めた魔帝国民全員が、VRに没入しているその隙に封印された、という間抜けな結末を迎えた。
だがどうした事か、私の場合は……すぐにその封印が解かれた。
アーヴグライト魔帝国民全員が封印される、そのキッカケを作った異世界転移者……水嶌一哉によって。
最初は、情けをかけられたと思った。
だが違った。どうも一哉は……魔帝国でのVRのPRの際、私に一目惚れをしていたらしく、そして求婚するために私の封印を解いたらしい。
当時、二百五十三歳。
人間で言えばまだ十歳程度の私にだ。こ、これは……ロリコン判定していいのか私には分からんッ。
だけど…………一哉はイケメンで、ロリコン疑惑があるけれど誠実だし……話す内になんとなく、このヒトとならって思えてきて……そして私は、魔帝国がかつて使ってた時空転移魔法円を操作し、一哉がいた世界の、一哉が異世界転移前にいた場所の、一哉が転移した数秒後に行くよう設定し、そして一哉と一緒に転移した。
すると、驚いた事に。
世界間の摂理の違いによるものか、ほんの一瞬だが時空の狭間を抜けたせいなのか……この世界に着いた途端、私は一気に成長し……今の姿になった。
しかし、それでも一哉の愛は変わらなかった。
彼はロリコンではなかった。ただ単に、私との間で運命を感じ取ったにすぎないのだと……どうでもいいかもしれないが、私はその時、ようやく悟ったのだった。
※
そしてその後、私と一哉は正式に婚約した。
と言っても、不法入国者である故に私に戸籍は無いので、このままでは一哉との結婚は不可能。
ならばなぜ、現在において結婚できたかと言うと、一哉が勤めているゲーム会社『クノーソス』の幹部クラス以上の者のツテで、そういう(不正な)戸籍入手が得意な大物政治家などと会談・交渉して戸籍を手に入れたからだ。
もちろん謝礼は忘れない。
ゲーム会社『クノーソス』に、私がいたり、行ったり、ヒトから聞いたりした、様々な世界の情報を提供して、それを基に生み出されたゲームの売り上げの数割を謹呈した。ちなみにその完成したゲームは大ヒットし、ゲーム会社『クノーソス』はこれまで成長してきたというワケだ。
しかし、幸せはそんなに長く続かなかった。
なんと結婚して数年後、一哉が未知の病にかかり倒れてしまったのだ。
そしてそれと前後して、この世界に……アーヴグライト魔帝国ではメジャーな、特定地域寄生型侵略兵器『ダンジョン』が出現。
もしかすると、だが。
封印されたハズの私の家族や帝国民は、一哉が作ったVRという夢から覚めたのではないか……と私は予想した。向こうで、どれだけの時間が流れたかは分からんが、少なくともそのVRが壊れるほど時間が流れたに違いない。
そしてVRが壊れるや否や、封印を強引に解き、再び数多の惑星や次元へと侵略のために手を伸ばしたのだ。
緊急事態だ。
この世界で言うところのエルフに該当する種族である母と、そんな母と魔帝国皇帝たる父との間に生まれた私はともかく……父や他の兄弟姉妹は、寛容ではない。
このままでは……この世界はアーヴグライト魔帝国に支配されてしまう。
というか、アーヴグライト魔帝国が侵攻してきたのと同時に一哉が倒れたのは、一哉にハメられたと思った私の家族が、一哉にかけた呪いのせいじゃなかろうか。というか時期的に怪しすぎる!! そしてもしそうならば……一哉を害するような連中に、一哉の生まれたこの世界を渡すワケにはいかない!! 仮に家族でも!!
そして私は、この世界を私の故国から救うべく、一哉とその上司を始めとする人達の、ありとあらゆるツテを利用し……ついには国連の議員とのコネを作り、彼らを通じ世界各国に、私が知る限りのタイプのダンジョンの弱点の情報を提供した。
そう。表向きは国連や各国の奮闘のおかげでダンジョンが解明され対策を立てる事ができていると報道されているが、実際は私の情報提供のおかげで、ダンジョンの対策を世界各国で立てる事ができているのだ。
まぁ中には、私も見た事がない新型のダンジョンも存在したりしたが……そこんところは各国に頑張ってもらうしかない。
そして、そんな侵略戦争の最中。
一哉は……私の大切なヒトは亡くなってしまった。
享年三十二歳であった。
※
一哉との思い出は、そんなに多くない。
だけどそのどれもが……とても大切なモノだ。
侵略先で搾取されたモノをただただ与えられるだけであった私にとって……その思い出は、今まで家族から与えられたどれもが霞んでしまうほど大切なモノ。
だから私は、そんな思い出ができたこの世界を……絶対渡さないッ。
私はすぐに矢を番えて射る。
ジュマンジュラ伯爵……魔帝国では財務官であった男は慌てた顔で避けた。
「うわっ!? いきなり射るのはやめてくださいよ。こっちは、穏便な取引をしたくて来たんですよ?」
「…………取引だと? 一哉を呪い殺したお前らが?」
ジュマンジュラ伯爵を睨みつけながら、私は母国語で問いかける。
すると彼は「いや、すみません。それについては私は止めたんですが」と遠回しに一哉への呪いを認めた後で「と、とにかく皇帝陛下は……ルリール王女殿下さえご帰還くだされば、この世界への侵略計画は白紙に戻すと――」
「フザけるなぁ!!!!」
私は、再び矢を番えて射る。
ジュマンジュラ伯爵は慌てて避けた。
「ここまで大事にしておいて今さら私が戻れば退くだと!!? そんな都合が良い話があるか!!!! 今に至るまでにどれだけこの世界に混乱を与えたと思ってるんだお前らは!!!!?」
これにはさすがの私もキレる。
こんなバカな事がまかり通っていいワケがない。
「…………チッ。そういえばルリール王女殿下は頭がキレる方であったな。二重の意味で」
すると、その時だった。
ジュマンジュラ伯爵は急に態度を変えて……蔑んだ目を私に向けてきた。
それがお前の本性かッ。
というか一言余計だなッ。
「まぁいい。王女殿下については、現地人にすでに殺されていたと皇帝陛下に報告して、報復のための兵力をこの世界に投入するよう……ガハァ!?」
そして、ジュマンジュラ伯爵は顎に手を当て、なにやら不穏な台詞を吐き始めたのだが……途中で血を吐いた。
いや、別に彼に持病があるワケではない。
その彼の胸元から、見覚えがある剣先が突き出たからだ。
「水嶌先輩! 大丈夫ですか!?」
私の頼りになる後輩、一文字圭太郎がようやく近くまで駆けつけて……どうやらジュマンジュラ伯爵に向けて剣を投擲したようである。
「私は大丈夫よ!!」
すぐに母国語ではなく、日本語で返事をする。
すると、まだ息があったのか。
うつ伏せで倒れ込んだジュマンジュラ伯爵は、ヒュー、ヒュー、と苦しそうに何度か呼吸した後「こ、後悔……しますよ……」そう言い残し、ボロボロとその場で崩れた。アイテムはドロップしない。
不穏な言葉は残して逝ったけど。
「水嶌先輩!! 大丈夫でしたか!!? 遠目だったんで誰と相対してるか分からなかったんですが、人型でしたのでオークの類じゃないかと思って攻撃したんですけど!!」
「…………ええ。さっきも言ったけど大丈夫よ。よくやったわ! あとそれから、ちょっと屈め」
「????」
疑問符を頭上に浮かべたが、圭太郎は素直に屈んだ。
そして私は、そんな圭太郎の頭を……ジュマンジュラ伯爵から助けてくれたお礼にと、よしよしと撫でた。
するとその瞬間。
圭太郎はなぜか蕩けた顔をした。
……いつも思うが、一哉と違って真正のロリコンかもしれんなコイツ。
だけど、ロリコンかもしれん事を差し引いても。
背中を任せていいほど、頼りになる後輩だから。
たとえこれから、私の故国が何をしてこようとも。コイツと一緒であればどんな敵だって怖くないって、そう思えるくらい頼りになるから……コンビ解消するほど気にはしないけど。
「そういえば圭太郎、どうやってここを突き止めたの?」
「今の水嶌先輩の放つヒノキのようなかぉ……じゃなくて、先輩の、よく聞き取れなかった大声を聞いてすっ飛んできました」(`・ω・´)キリッ
「…………そ、そぉ……ありがと……」
いや、やっぱりちょっと人格的に不安だけど……まぁ、いっか。
後輩は手間がかかる方が可愛いしなっ♪
※
ちなみに。
後に、私の故国であるアーヴグライト魔帝国が、ジュマンジュラ伯爵が殺された報復にと、モンスターの大軍勢を私のいる東京のダンジョンにまずけしかける事になるのだが……それはまた、別の話である。