前篇
またまた書きました。
今度はダンジョンが来ちゃう話!!
「ほら行くわよ圭太郎! とっとと来なさい!」
「は、はい水嶌先輩!!」
東京某所に建つ、最近業績を伸ばし始めているゲーム会社『クノーソス』。
この会社のマドンナ(表現古いかな?)にして、社内で一番背が高い事で有名な女傑である水嶌瑠璃子先輩に呼ばれ、俺は、俺と彼女が所属している『取材課』と呼ばれる課から飛び出した。
一応言っておくが、普通このような名称の課は、世界のどこを探してもないかもしれない。というか普通なら、取材もする『営業課』辺りが相応しい名称だろう。
しかし……この会社のこの『取材課』の場合は違う。
今や世間の流行となった〝あるモノ〟の取材だけに特化した、会社としても予算をつぎ込み存続させ続けるだけの価値がある課なのである。
故に、名称は『取材課』。
そしてその課が、いったい何を取材しているのかと言うと、
「えぇと、確か今日は新宿で新たに発見された『ダンジョン』の取材でしたね!」
「ええ、すでに自衛隊が封鎖してるわ。そして今のところ〝孔〟からモンスターの類が大量に出てくるスタンピードなどの現象は見られない。今こそ取材時ね!」
先輩が操る海外製の車に乗りながら交わした会話から分かる通り、ダンジョンの取材である。
俺達が頭を打ったとかではない。
現実と虚構がゴッチャになっているワケでもない。
ガチで、あの……RPGなどに登場するダンジョンである。
※
三年前。
突如世界中にダンジョンが出現した。
そして当然ながら、その一報を聞くなりほとんどの視聴者は「はぁ!?」などと声を発しただろう。少なくとも俺はそうだ。だが発したところで、ついでに言えば頬をつねったり今日は四月馬鹿の日じゃなかろうかとカレンダーを確認したりした者もいるだろうが……それは揺るがぬ現実であった。
どういう理屈が働いたのか。世界規模で、あのRPGなどによく登場する、迷路のように道順が複雑な、モンスターやトラップで溢れる地下洞窟が出現したのだ。
このまさかの事態に、世界中が騒然となった。
しかし各国の政府はその中でも懸命に、国民の安全のために動いた。
まずは確認できる全てのダンジョンを封鎖し、そして軍隊や自衛隊に加え、民間傭兵会社も派遣。ダンジョンの全貌の解明に尽力した。
中にはそんな政府の目をかい潜ってダンジョンに侵入したバカもいたらしいが、そいつらのほとんどは、ニュースによると死亡したか、重傷を負ったか、はたまた精神異常系の効果があるトラップにかかって精神病院に入ったとか……まぁロクな目に遭わなかったらしい。自業自得だ。
そしてそんな危険なダンジョンに、なぜ俺達『取材課』が取材をするのかというと……ダンジョンにそもそも入れない人達のためだ。
実は政府主導によるダンジョンの調査の結果、なんと地球のエネルギー問題やらなにやらを解決できるかもしれない、未知の鉱物やエネルギー源がダンジョン内で発見されていた。だがその資源をダンジョンの外に運び出そうにも、その運び出す要員をモンスターなどから守るための、自衛隊員などの戦闘要員には限りがあり、そして全てのダンジョンに、限りある戦闘要員を向かわせる事などできやしない。
ちなみにその限りある戦闘要員の中には、初期のダンジョン調査時に負傷した者も含まれている。ケガ人を足してもまだ数が足りないのである。
そんでもってこれ以上犠牲者を出せば、最終的に資源を手に入れる事ができても元を取れるかどうか分からない。ダンジョンによっては、分の悪いギャンブルだ。
資源回収をするダンジョン以外のダンジョンを、コンクリートの壁などで一時的に封鎖した上で、草木で隠せば無人でも大丈夫なのではないかという声も上がったが、それだと政府の目をかい潜り、コンクリートを無理やり壊してまでダンジョン内に侵入しようとするバカ共を監視できなくなり、結果的には、ダンジョンに集結するバカが増える原因になってしまい、そして、もしもケガなどをするバカが現れれば、責任は全て政府にあるのだと言われる。
そして政府としてそれは御免であるため、ダンジョンのほとんどを封鎖する案は残念ながら却下されたのである。
しかしその戦闘要員の不足問題を解決しうる希望は、奇跡的にまだ存在した。
なんとRPGと同じく……そのダンジョン内には、レヴェルアップという概念が存在したのだ。ダンジョン内に生息するモンスターを倒し、経験値を溜めれば溜めるほど強くなれるのだ。さっきも言ったがダンジョン内限定の謎の現象らしいが。
とにかく、そのレヴェルアップをした者達……それも人格面の問題をクリアした者達に限るが、そのレヴェルアップをした者達を護衛に付ければ、資源回収などの作業は以前よりもマシになる……のだが、そうは問屋が卸さなかった。
なんと、これまたどういう理屈なのか。
ダンジョン内で戦った誰もがレヴェルアップできるとは限らなかったのだ。
体質なのか、それとも別の原因があるのかは不明であるが……レヴェルアップの速度に個人差が存在したのである。
しかも中には、どういうワケなのか、戦う以前にダンジョンに入った瞬間に気分を悪くしたという人も存在していた。
ウイルスや有毒ガス、危険な電磁波などがダンジョン内にて検知されなかったというのにだ。というか、もしかするとそれこそ、人間とダンジョンの間に存在している相性の問題なのかもしれないな。
『虎穴に入らずんば虎子を得ず』という、古いことわざがこの世には存在するが、その虎穴に入ってもある程度大丈夫な人材が圧倒的に足りない状況……それが今の日本なのだ。
しかしだからと言って、ここで手をこまねいているワケにはいかなかった。
海外にもダンジョンは出現している。そして各国は我先にとダンジョン内資源の発掘計画を進めている。このままでは日本が世界の流れに乗り遅れる。
そこで日本政府は、ダンジョンと相性が良く、しかも人格的に問題がない存在を探すべく全国規模で試験(ただし成人限定)をする事を発表。
そしてそのおかげで、より多くの人材を全国から発掘できたものの、その試験に落とされたり、そもそも試験に行っている暇や金がなかったりした、その他大勢のダンジョン探索希望者の不平不満が溜まりに溜まりデモまで起こり……政府は苦渋の果てに、ある奇策を実行した。
それは、ダンジョンに入っているかのような錯覚を覚えるVRゲームの開発。
試験をクリアし、政府公認のダンジョン探索者となった者の中の数名を、VR系ゲーム開発が得意な会社に派遣し、そして上述の通り、ダンジョン探索の疑似体験ができるVRを開発させるという策である。
そしてその奇策は現在、まだまだ実行中ではあるものの……少しずつではあるがダンジョン探索希望者達の不平不満は減ってきているらしい。
※
そして、ここまで説明すればさすがに気づく方もいらっしゃるとは思うが、そのVR系ゲームの開発をしている会社の一つこそが『クノーソス』であり、俺と水嶌先輩はそこに派遣された、政府公認のダンジョン探索者なのである。
そして今回、ダンジョン探索者オンリーな職場『取材課』が、ゲーム開発のために取材するのは……新宿某所で新たに発見されたダンジョンだ。
現場の近くの無料駐車場に駐車し、水嶌先輩と一緒に降りる。
そしていざ現場に行くと、そこに在ったのは斜め下へと延びる大穴。そしてそれを守るように配備されている、自衛隊員の方々。
「「お疲れ様です!!」」
俺達はまず敬礼をし、そしてダンジョン探索者にだけ政府より支給される『探索許可証』を自衛隊員に見せる。それを見た自衛隊員は答礼をし、道を開けた。
俺と水嶌先輩はその道を通り……ついに地下洞窟のようなダンジョンへと入る。
すると、その瞬間。
俺と水嶌先輩の姿が…………変わる。
俺は、剣と盾を装備した人族の戦士の姿に。
そして水嶌先輩は……なんと、ホビットのように背が低い……おそらくは小学生くらいの年齢だと思われる、弓矢を装備した、エルフ族のような姿の少女に。
俺はともかく水嶌先輩の変わりようにはいつも驚かされるが……これはレヴェルアップと同じく、世界中に出現したダンジョン内限定で起こる謎の現象の一つ――国連の方で『転身』と名づけられた現象である。
どういう理屈で発生するモノなのか、これまたまったく解明できていないが……どうもダンジョン探索者に適した者にだけ発生するらしい現象であり、そして戦闘要員を欲している各国の政府としては願ったり叶ったりな現象だとして、政府主導のダンジョン探索者選抜試験にも利用された現象らしい。
ちなみにダンジョン研究者は、なんとかこの謎の現象の解明をしようとしているらしいが、未だに解明できてはいない。
どこかの国の学者は、ダンジョン探索者の魂の在り様が具現化した姿ではないかという仮説を立ててはいたが……実際のところはどうなんだろうね。
そして…………そんな謎はともかく、だ。
今日の水嶌先輩も小っちゃくて激カワである。
正直言えば写メ撮りたいところだが、転身の際にマイフォンが消失するがために残念ながら撮影は不可能。非常に残念だッ。ああもう、正直言えばこのままお持ち帰りしたいのにそれを我慢しての写真撮影さえもダメだなんてフザけてるッ!!
「ちょっと圭太郎、聞いてるの?」
するとその時。
眉間に皺を寄せた幼女エルフが、俺を睨みつけているのが見えた。
ああ、エルフ少女に睨みつけられるこの瞬間…………至福♡
「え、ええはい聞いてますでございます」
だがその至福な感情はなんとか心の中だけに留める。
この俺の、小っちゃいモノ好きな本性が知られたら、きっと先輩は外の世界でも俺を睨みつけてくるだろう。小っちゃい子に睨みつけられるのは至福だがデカ女に睨みつけられるのは勘弁してくださいああいや水嶌先輩が嫌いってワケじゃないですむしろ三年前から仕事の先輩として尊敬してますパワフルなところとか!!!!
「アンタっていつも、慌てると口調が変わるわね」
水嶌先輩は、そこで呆れた顔をしたが、すぐに表情を引き締めて「まぁいいわ。今日は三階層まで潜ってみましょうか」と俺に提案する。
俺はすぐに「はい!」と、大人びた表情をした小学生エルフに心中で萌えながら答えた。
※
俺が前衛で水嶌先輩が後衛というポジションで、新宿にて発見されたダンジョンを進み続ける。本当はカメラ付きのヘルメットとかでダンジョン内を撮影しながら取材したかったのだが、転身の際にそれらが消えるため、ダンジョン内の出来事はしっかりと己の心身に刻みつけて記憶する。
たとえモンスターを刺殺するなどの出来事が起こっても、その感触をゲーム開発者に正確に伝えられるように……いや、エンタメなゲーム作りで、そこまで正確さを求めなくてもいいんじゃないかと個人的には思うのだが、それが『クノーソス』の流儀なのだから、仮にトラウマになろうとも完遂しなければならない。
※
そんなこんなで、一気に予定通り三階層まで到達した。
ちなみに時間は……分からない。腕時計までダンジョン内では消失するのだから確認しようがない。
「んー。なんかこのダンジョンは楽勝ね」
同じくダンジョン内にて起こる謎現象『ステータス画面表記』を発動させ、自分のステータスを確認しながら水嶌先輩は言う。
「もしかすると半日も経ってないかもしれないけど……一応地上に戻りましょうか圭太郎」
「はい、了解です!」
※
地上に出ると、どういう理屈か転身が解けて元の姿と装備に戻る。
それを確認した後で、腕時計を確認すると……十一時十分だった。
ダンジョン内に入ったのは十時前だったため……まだ一時間程度しか探索をしていない事になる。たったそれだけの時間で三階層まで……俺と水嶌先輩が強くなりすぎたのか、それともダンジョンがショボいのか。
「思ったよりも早く三階層まで行けたわね」
水嶌先輩も、その事実には苦笑した。
「このペースだと、十階層まで進めても問題ないかもね。一応、十階層を目指してみるわよ圭太郎!!」
「はい!!」
そして俺と水嶌先輩は、再びダンジョンに潜る事になったのだった。
※
さすがに十階層までは無理だった。
階層ごとに存在するボス――倒さんと次の階層への道が開かないというアレ――の討伐は、五階層までは楽勝だった。だがしかし、六階層からは苦戦した。倒せん事はなかったが倒すまでに時間がかかった。おかげで俺と水嶌先輩は、八階層まで行ってから会社に帰投する事となったのだった。
会社に帰投するのは、ダンジョンの様子を少しでも正確にゲーム開発者に伝えるためである。
人間の記憶というのは不思議なモノで、時間が経てば経つほど正確さが失われていく。昨日食べたご飯を覚えていないのと同じである。次の日に報告すると、少々誇張した表現で報告をしてしまう可能性があるのである。
より現実に準拠したVRゲームを作るために、正確さを求める『クノーソス』としては、それはできる限り避けたい。よって、ダンジョン内で起こった事の報告はその日の内に行われる……個人的にはハードだと思うスケジュールだよ。
ちなみに『クノーソス』への帰投時間は午後四時と定められている。
なんとかダンジョンから地上に帰還し、軽く休憩を挟んでから水嶌先輩の外車で会社に帰投する。
そして会社に着いたら、休憩所ともなっている『取材課』へと戻り、内線で帰投の報告をしてから、ゲーム開発担当者が来るまで休憩する……のが俺と水嶌先輩の日課であるが、今回ばかりはちょっと厳しかった。
なんとダンジョン内で、水嶌先輩が珍しくケガをしたのだ。
掠り傷程度ではあるが、ダンジョン内では大事故に繋がりかねないケガだ。下手をすれば帰還が難しかったかもしれない。そしてそのケガのせいでボス討伐に時間がかかり、思った以上に俺と水嶌先輩には疲労が溜まっていた。
さっき言った通り、地上に戻ってから休憩はしたが、それでも疲労は取りきれていない。でも帰投の門限があるため、ギリギリまで休んでから運転し……ここまでなんとか帰ってきたのだ。
俺は気にしていないのだが、水嶌先輩はとても気にしていた。
もしかするとこの会社のハードスケジュールのせいでケガをしたのかもしれないし……それにもしも、俺が免停状態でなかったら!!(ぇ
「ゴメン、圭太郎……ちょっと、休ませて……」
そして、会社のフロントまで来たところで水嶌先輩は限界を迎えた。
すぐに俺は彼女に肩を貸しつつ進み、フロントの受付嬢に帰投の報告をしてから『取材課』へと向かう。あとは受付嬢が、上司に帰投の報告をしてくれるだろう。
とにかく今は、水嶌先輩を休ませねば。
そう思い、俺は彼女に肩を貸しつつ社内を進む。
途中で見かけた社員の半分近くは修羅場状態で、こっちに目を向けていなかったが、それ以外の社員は……こっちに奇異の目を向けてきていた。
『取材課』という特異な課に対する理解がないせい、というのも、もちろんあるだろう。けどそれだけじゃない。
というか、その視線の多くは……水嶌先輩へと向けられている。
「おい、あの女……」
「部下に肩を貸してもらうだなんて」
「若い燕を狙ってるのかねぇ」
「旦那が死んでまだ三年くらいだろ? 早くね?」
「微妙な時期だけど……感心しねぇな」
「その旦那もここの社員だったって話だよ」
「うっわ。それでまたこの会社の社員を?」
「というか噂じゃ、その旦那のツテでこの会社に入ったらしいぞ」
「ひ、ヒくわぁ」
…………水嶌先輩は、かつて結婚していた。
どこの課かは分からないけれど、旦那さんはこの会社の社員だったらしい。
そして噂によると三年前……俺がダンジョン探索者として、この会社に入社する前、その旦那さんが死ぬ前に、彼女はこの会社に入社したそうだ。そして、さらに言えば彼女は、政府と会社を繋ぎ『取材課』を作るのに尽力した一人だとか。
確かにその時期だといろいろ怪しいかもしれない。
でもだからなんだよ。みんな水嶌先輩の事を……俺の事まで深く知ろうとしないクセして勝手な事を。
俺が好きなのは小柄な……そう。
ダンジョン内における水嶌先輩の姿のような娘が好みだ!!
でもって現実の、綺麗でカッコ良くて背が高くて頼りがいのある水嶌先輩は……普通に先輩としてしか見られない!!
あと、一応言っておくけど……ダンジョン内で水嶌先輩が転身した姿は、確かに好みだけどちゃんと分別ついてますけどなにか!?
ちなみにこの事実を知っているのは、そんな色眼鏡で水嶌先輩を見ずに、普通に会社のマドンナ(表現古いかなぁ?)として水嶌先輩を見ていらっしゃる方々や、俺の同志たる小っちゃいモノ好きな方々だけである。
「水嶌先輩、もうすぐ『取材課』ですからね。頑張ってください!」
しかし、そんな思いを抱きながらも。
会社との間でイザコザを起こしたくないので、俺はそんな社員らの陰口をスルーしつつ『取材課』を目指したのだった。