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20.スマホが欲しいね

【エリューネラ・バース・グラース】


「……」


 ロド君と出会ったのは五年前。私がグラース公家から出奔した直後の事だ。

 ローアンで冒険者として生計を立てようとしていた私が、質の悪い冒険者に騙され掛けて、助けてもらったのが切っ掛けだった。いいえ、運命だったわ。


『あんなあからさまな嘘に騙されるとか、あんた冒険者に向いてねぇよ』


『うん、そうね! じゃ、結婚しましょ!』


『……うん?』


 一目惚れした私のプロポーズに首を傾げるロド君。まだ若くて可愛かったなぁ。




 ミクラガルズでは、長年私はこの容姿で特別視され、中には神聖視して崇拝の対象とする者まで現れ始めていた。

 異性はもちろん、同性にまで求婚され、私の知らぬ間に決闘騒ぎが起きていたことすらある。


 街に出れば一目見ようとする人だかりに囲まれ、護衛を伴わずに一人で出歩くことなど夢のまた夢だった。

 これは多分に庶民の珍しもの好き、怖いもの見たさもあったのだろうが、見世物にされる側としてはたまったものではない。


 だが、人族の国エベレットでは、容姿に優れ不老長寿を誇るエルフは、皆等しく羨望の対象だった。


 そう、等しくだ。


 私も大勢いるエルフの中の一人にすぎないのだ!


 私を他のエルフと同じように扱ってくれるエベレットは、私にとって一種の楽園だった。

 私への特別扱いは、他のエルフも同じように扱われているものに過ぎず、私が被る危険は、他のエルフも同じように悩んでいる問題に過ぎなかった。


 あんなに悩んでいたことから嘘のように解放され、自由とはこのことかと噛みしめていた五年前。

 怪しげな口車に乗って、これも経験かなと脱出方法をワクワクしながら考えていた時、予想外の展開の結果。予想外の一目惚れ。


 この私が!

 他人を容姿で判断することに、嫌悪を抱いていたこの私が、一目惚れをするなんて!


 迷惑そうに私から逃げるロド君を追いかけて三年。

 絆されたロド君に条件付きの結婚の約束を受け入れさせて二年。

 幸せな日々だった。




「姉様、良いのですか?」


 走りながら、レミリアーヌが再度問いかけてくる。

 良いわけない!


「……」


 思わず立ち止まってしまう。

 振り返りレミリアーヌを睨みつける。その顔には、焦りも、怒りも、悲しみも、一切何も浮かんでいなかった。

 完全な無表情。この子には人の心がないのだろうか?


 あなたがグリフォンの変化を見落とさなければ! こんなことにはならなかったのに!

 無茶な言いがかりだとはわかっている。だから口には出さない。でもどうしても思ってしまう。


「……!」


 噛みしめた口の端から血がにじむ。


「やっぱり危ないですよね」


「当たり前でしょ!」


 思わず怒鳴ってしまう。

 危ないどころか、ロド君たちは命を懸けて私たちを逃がそうとしているのだ。

 ミカさんたち四人は応援というより、むしろロド君――レイモン・デ・エベレットの護衛だ。度々行動を共にしているが、その真の任務は、万一の場合は自らの命を犠牲にしてでもロド君を守るというものだ。


 だが、ロド君は仮にも冒険者でありリーダーだ。冒険者という職業、その理想に忠誠を誓う彼は、決してメンバーを見捨てたりしない。

 ミカさんたちも長年の付き合いで、そんなロド君の性格は分かっている。

 全員が無傷のまま時間を稼げれば、逃げる機会も生まれるかもしれない。

 だが、一人でも重傷を負えば、見捨てることなく戦い続けるのだろう。そして、最後は力尽きるしかない。


「うーん、やっぱり気付いていないかもしれないし……」


 言いながら右手で拳を作って顎に当てる。

 ……何の話?


「姉様、魔法でロッドさんと電話……じゃなくて、お話しできます?」


「それは……できるけど」


 何を言い出すのだろうこの子は。


「ロッドさん達にはやっぱり逃げてもらいましょう」


「何を言ってるの?」


 それができないからこんなことになってるのに。


「はい、でもロッドさんとお話すれば問題解決すると思います。多分」



◇◇◇◇◇◇◇◇



「あー、もしもし、ロッドさん。聞こえますでしょうか」


『……! レミリアーヌ? エリナの魔法か!?』


「聞こえてますね。少しお話よろしいでしょうか」


『今忙しい!』


「あー、あの、えーと、少しだけ、ちょっとだけで良いのですけど……」


『なんだ!』


「あの……ですね」


『……』


 なにかが吹き飛ぶような爆発音。


「そのグリフォン、後ろ足が弱ってるので、全力で走れば逃げられると思います」


『……はぁ!?』


「ご、ごめんなさい!」


『いや、怒ってるわけじゃないが。え? どういうことだ?』


「えっと、気づきませんでした? 起き上がって歩いてくるとき、若干足を引きずってたのを」


『……気づかなかったが』


「生まれつきなのか、最近怪我したのかは分かりませんが、走るのに支障が出る程度には障害があります。それでも体格が体格なので、追いかけられるとそれなりの早さは出るとは思います。でも、多分死ぬ気で走れば、ロッドさん達なら逃げることは出来るかなぁと」


『そういう事は早く言ってくれ!』


「ご、ごめんさない」


『いや、すまん! うおっ! くそっ! ……こっちも焦ってた、君のせいじゃない』


「はぁ……」


『だが……、くっ! ……体力勝負になるとちょっときつい、か?』


「あー、それなら、私とシルバで引き受けますね。お詫びも兼ねて」


『はぁ!? なんだと!?』


「別に倒してしまっても構いませんよね?」


『……』


「あ、やっぱり駄目ですか?」


『いや、やってくれ。こっちからも頼む』


「はい。じゃあシルバお願い」


 ……ワオォォォォォォォォンン!


「しばらくシルバに吠えてもらいますので、吠え声がする方に逃げてきてください」


『ああ』


「途中で私がグリフォンを止めますので、そのまま走り抜けて出来る限り距離を取ってください。危ないので」


『……君は大丈夫なのか?』


「ええ、ちょっと危ないですけど、グリフォンが危ないというより、威力の調整がちょっと不安というか、どちらかというとこっちの方が危ないかも……」


『どういう……いや、詳しいことは後だな。聞こえたな! 全力で逃げるぞ、槍も余計な荷物も捨てていけ!』


『よく分りませんが了解!』


『うおぉ! 逃げるのは得意だぜぇ!』


『ばか、お前! 真っ先に逃げる奴があるか! レ、ロッド殿! 早く!』


『分かってる!』


『ギャオォォー!』


 魔法で聞こえていた喧騒が遠のく。


「え……、ひょっとして、皆さんに聞こえてたんですか」


「それはそうよぉ、一人だけを狙って声をやり取りするのは難しいわねぇ」


「……う、まじ……で……?」


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