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1.逃げ出した後

【カレン】


 雪のような白い肌、夜空を溶かし込んだような艶やかな黒髪、赤みがかった黒に近い瞳。

 一歩間違えば“魔性”と称されてもうなずけるであろうそれらの特徴は、絶妙なバランスで真逆の印象を私に与えています。

 人界に迷い込んだ月光の精霊か、あるいは地上に降り立った女神か。それが私の彼女――自称するところのレミリア・エリシス――に対する最初の印象でした。


 実のところ、このような特徴的な容姿を持つエルフに、私は心当たりがありました。エルフ四公家グラース家です。


 傍らに巨大な体躯の銀狼を従えているのも、私の予想を補強する材料になりました。グラース家では魔獣使いの才能を持つ者が多く生まれるのです。


 エルフ王家と四公家はハイエルフとも呼ばれます。種族的あるいは能力的に他のエルフと違いがあるわけではありません。その容姿、振る舞い、自種族への責任感と献身に対して、尊称として奉られる呼び名なのです。


 世評曰く――ただただ高貴なる者。人族の庶民が貴族に抱く印象から、負側の偏見を綺麗に取り除き、理想と憧れのみを選び抜き、それをさらに煮詰めて濃縮したような存在――


 ただ、人族にも絶賛されるエルフの王族と四公家ではありますが、そのうちグラース家についてだけは、人族の間でまことしやかに囁かれる伝説的な悪評がありました。


 曰く――彼らはエルフではなく吸血種である。魔族の王こそ彼らの正体である。


 公式には否定されていますが、そのような悪い噂が流れるのにも、全く理由のない事というわけでもありません。


 何百年も前の戦争で人族の一国を滅ぼし、捕らえた王侯貴族を奴隷として東の果てへ売り飛ばしたのが、当時エルフの一部族であったグラース部族の長だったからです。


 彼の直系一族に遺伝する容姿、黒髪とひと際白い肌、そして血のような赤眼もその噂に拍車をかけていました。




 狭い馬車の中で窮屈そうにしている大きな銀狼。

 レミリア――おそらくレミリアーヌ・エリシス・グラース様――は慰めるように彼(彼女?)の背中を撫でていました。


 そのたおやかな手つき、馬車の揺れにも崩れない座り姿、柔らかな微笑、それらは彼女が高貴なる生まれであることを隠しようもなく告げています。そして、個人的な感想を述べるならば、吸血種などという悪評とは真逆、むしろ聖女と言われても信じてしまいそうです。


 私は美しいものが大好きなのです。人でも物でも文章でも。その私のたいして長くない人生での中でも、これほど美しいものに出会ったことは他にありません。多分今後もないのではないのではないでしょうか?


 是非お近づきになりたいところではありますが……あまりにも高貴すぎて近寄りがたい……エルフマニアの糞師匠なら何も考えず突撃してるんでしょうが、私はそこまで恥知らずではないのです。




 今馬車の中では私と彼女を含め、五人の冒険者志望が偶然にも乗り合わせ、そのうち一人が将来の夢を熱く語っています。


 意気投合する者、無表情、興味ないふりをしつつも自らの夢を刺激されてソワソワしている者、人族の残り三人は三者三様の反応を見せています。私の反応がどれなのかは……まぁここでは触れないでおきます。


 推定エルフの公女様はその様子を微笑を浮かべ、静かに眺めています。時折挿し挟まれる彼女の発言を聞く限り、驚くべきことに彼女も冒険者志望の様です。




「偶然の巡りあわせって、一種の運命だと思うんだ。ちょうどこの五人ってバランスも良いしな」


 熱く語っていた人族の男が他四人を見回します。


「元冒険者の親父が言うには、最初は新米同士では組まず、ベテランのパーティに入って冒険者のしきたりやノウハウを学ぶ方が良いらしい。だけど十分な経験を積んだら、いつかこの五人でパーティーを組もうぜ!」


「おう!」


「……うん」


 素直に同意する二人。


「ま、いいんじゃないですか?」


 そっぽを向きながらも同意するのは私だ。だって、ちょっと恥ずかしいじゃないですか? この人熱すぎる……情熱が先走ってるというか。


 そしてエルフの公女様。


 一瞬きょとんとして、

「それは……とても素敵ですね」


 ふわりと微笑みながら、鈴の鳴るような可憐な声で同意する。


 こんなん惚れてまうやん。

 いや、動揺して地元言葉がでちゃったけど! 同性なんだけど!




【レミリアーヌ・エリシス・グラース】


 馬車に同乗した4人の冒険者志望の若者たちが将来の夢に盛り上がる傍ら、私は冷や汗をかきながら、話題について行こうと必死になっていた。


 一対一での会話は問題ないのに、多人数の会話に入り込むのが難しいのはなんでなんだろう? コミュ障七不思議。


 ときどき生じるわずかなスキに言葉を差し込むが、溶け込めているかというとはなはだ疑問である。一人だけ種族違いってのも不利に働いている。ような気がする。被害妄想?


 みんなの視線が生暖かい気がするのも気のせいだろうか?


 外面だけは十八年の貴族生活で完璧にとりつくろえている……はずであるが、いや、でも貴族的な取り繕いが庶民に通じるとは限らないのか? わからん。


 とりあえず従魔のシルバを撫でて誤魔化す。


「ワフッ?」


 この馬車にシルバを乗せるために三人分の運賃を支払っている。私と合わせて四人分。辛い。


 でも仕方ない。乗せてくれただけでも御の字なのだ。この子、多分三百キログラム近くあるからね。この世界の単位で言うと六百ポンド。


 そう、ポンドだ。この世界の単位系はヤードポンド法なのだ。なんでも昔の偉い大賢者が決めたらしい。そして晩年に「我が生涯最大の失敗はヤードポンド法」とか言い出して、メートル法を普及させようとし……、失敗したらしい。

 明らかに転生者だよね。




「……いつかこの五人でパーティーを組もうじゃないか!」


 え、聞いてなかった。いや聞いてたんだけど聞こえてなかったというか。


「おう!」


「……うん」


「ま、いいんじゃないですか?」


 まずい。なんて答えれば……いや、まずくない? パーティーを組むことに異存はないのだ。友達も欲しいし。


 しかし「いつか」である。かろうじてだが、今組むという話ではないということは聞き取れた。

強靭な意思(自称)で焦りを隠し、ポーカーフェイスを維持しつつ、瞬時に思考を巡らせる。


 注目されている……早く返答しなくては。


「それは……とても素敵ですね」


 見よ。この貴族的(?)婉曲表現を。こう言っておけば大体セーフというのが、エルフ貴族として十八年生きてきたうえでの私の経験則である。


 いやでも、この場合は普通に「うは、おk」で良かったんじゃなかろうか?


 とりあえずみんな笑顔で喜んでそうなので、間違ってはいないと思う。多分。


 将来機会があればよろしくお願いしますね、というかそんな感じだろう。社交辞令というやつだ。


 だが甘い。私はこれを言質とったとみなす!

 いつかこの四人と出会ったときは、この言葉を根拠に無理やりにでもパーティに加わるのだ。


 「あれは社交辞令で……」と言われても「え、そうだったんですか? 申し訳ありません、人族の習慣には慣れていなもので」って悲しそうな顔をすれば、無碍に断られることもない……はず。良心に訴えかけるのだ!




 日もだいぶ傾いたころになって目的地の街、ローアンに到着した。


 ローアンはローアン街道とレテ側が交差する位置、レテ側左岸に建設された街だ。


 私達は東から来たので、街に入るために橋を渡る。実家の方ではめったに見かけない立派な石橋だ。

 石橋は街の直前ではね橋となり、そのまま城門に繋がっている。随分と厳重で、ここだけ見ると地方都市の城門というよりは、お城か要塞だね。


 ローアンはこの地方で最大の都市だ。といってもこの国全体から見れば大したことなくて人口は一万二千ほど。この地方で唯一の冒険者ギルド支部の所在地でもある。


 うちの実家の領都と比べると十分大都市だが、人族の基準では甘めに判定しても、せいぜい中規模都市という評価らしい。


 そのローアンの城門にて、馬車の中を確認するために覗き込んできた守衛さんが、巨大な銀狼であるシルバを見てびくっとする。そして赤い首輪――従魔の登録証を見てほっしたように息を吐く。ごめんね。


 でもここに来る前、小さな街で無事従魔登録を終えるまでのひと騒動を考えると、一応人族の国には徐々に適応できてるのだよ。あの時は、あんな騒ぎになるとは思わなかったなぁ……


 無事通門手続きを終え、城壁内の大通りを少し進む。乗合馬車の乗降場まではほんの数分の距離だった。


「じゃあ早速行こうぜ、冒険者ギルド」


 馬車を降りるとギルドはすぐ目の前だ。


 だが私にはその前にやることがある。


「申し訳ありません、私は先に雑貨屋に用がありまして」


「あ、なら私たちは先に冒険者登録済ませますね」


 カレンを先頭に四人ともギルドへ向かう。


 一方、私は少し道を戻って、四人に見られていないことを確認して、手荷物からメモ帳と鉛筆を取り出す。


「アーレス、人族、茶髪青眼、剣士……」


 アーレス、ガレス、カレン、ノエル……っと。四人の名前と特徴を急いで書き込む。顔と名前覚えるの苦手なんだよね。こういう時、ワシ紙製のメモ帳と鉛筆はとても便利だ。


 ちなみにワシ紙というのは植物紙の名前だ。多分、日本人の転生者が開発して迂闊に和紙と呼んでたのが、そのまま商品名になってしまったんだろう。


 日本語訳するとワシシ。元日本人からすると頭痛が痛い名前である。


 それにしても、人族の顔を覚えるのはエルフと比較するとずいぶん楽そうだなぁ。


 エルフはみんな美形で容姿が整っている。つまり目立った特徴が少ない。しかも歳をとっても老けないので、見た目みんな同年代で、区別つけるのが大変で大変で……。七割が金髪碧眼ってのもつらい。


 特に同族同性だと、同じ柄の猫を区別しろというのと同じくらいの難易度だった。少なくとも私にとっては。


 気分で髪型変えるんじゃない! って心の中で何度叫んだか。




 歩きながら素早くメモを取り終え、雑貨屋に入る。用があったと言うのは本当だ。馬車からちらっと見えたんだよね。この麦わら帽子。


 おお、これは良い。


 獣人やエルフ耳対応のためサイドが膨らんでるんだけど、それだと頭に固定できないので、中ほどに紐が通されて、それで頭に固定するようになっている。


 国元には似たようなタイプの帽子はあったけど、あからさまに上流階級用なので、持ち出すのはあきらめた。でも、この麦わら帽なら冒険者がかぶってても問題なさそう。紐をリボンに換えてもいいかもしれない。


 あまり日に当たりすぎると肌がねぇ。私の肌は白すぎてねぇ。


 店主に代金を払い、早速麦わら帽を被って冒険者ギルドへ向かう。




 ギルドへの道すがら、どうも周囲からの視線が痛い。


 そういえば、さっきの雑貨屋の店主もなんかドン引きしてる表情だったなぁ。ホワイ?


 服装か? 今の服装はこの前立ち寄った街で購入した庶民的っぽい服装に、革製の簡易鎧、安物の小剣、バックパック、実家から持ち出した弓矢と履き慣れた森歩き用の革靴、頭にはさっき買った麦藁帽。


 ……微妙にちぐはぐな気もしないでもないが、今世の庶民センスゼロの私にはよく分らん。前世は庶民だったけど、あまりにも世界が違いすぎて参考にならないし。


 これはもしかしてあれか? 私があまりにも美少女過ぎて注目を浴びているという……ふふふ、まいったなぁ。さすがエルフ。


 でもさっきすれ違ったエルフの女性も、なんかこっちを二度見してたな。エルフを見慣れてるはずのエルフが、エルフ美少女程度で驚くだろうか?


 エルフにも美醜はあるが、正直私にはよく分らん。例えるなら、ものすごく甘い砂糖水と超甘い砂糖水、どっちが甘いかと聞かれて、「どっちもめっちゃ甘いッス」と答えてしまうのが私だ。その程度の判別能力しか私は持ってない。


 その場で比べるならまだしも、時間をおいて記憶モードで比べろと言われたら、もう完全に無理ゲーである。


 なので、実家で美しいだの可愛いだの言われてても、それが本当なのか社交辞令なのか、いまいちわからないのだ。


 大体、親戚のおばちゃんとか、身内の子供にはみんな「可愛い! 可愛い!」って言うしな。客観的評価なのか甚だ怪しいと言わざるを得ない。


 一応、実家の一族は美形で通ってるので、私も結構レベル高いはずなのだが。




 貴族としての習慣でポーカーフェイスを維持しつつ、内心の動揺をごまかすため隣を歩いてるシルバの頭を撫でる。


……

…………


 そうだよ、きみだよ! シルバだよ原因は! そりゃこんな街中に巨体の銀狼連れてたら目立つよ!


「ワフッ?」


 何か問題でも? という顔でこちらを見上げるシルバ。

 うん、あなたには問題ないよ。私があほだっただけだから。


 疑問が晴れて、つい笑顔が零れてしまう。シルバの首に抱き着くとちょっと迷惑そうだった。冷たいな。


 ザワ


 いかん、また注目を浴びてしまった。ポーカーフェイス、ポーカーフェイス……あれ? 実家からは逃げてきたんだし、もうポーカーフェイスいらないんじゃ?


 まぁいいや、染みついた習慣はそうそう抜けない。私自身、仮面被らず素顔の自分をさらけ出すのはまだ怖いしね。そこら辺は追々かね。


 とにかく冒険者ギルドへゴー。


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