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お化け退治大作戦!(後編)

 「お化け退治をする」と私としては嬉しいやら嬉しくないやらの提案をしてくれたリュカは、なんともあっさり私の部屋を出て行った。


 すぐに追いかけようかどうか悩んで躊躇っていると、不思議そうなリュカの声がする。


「アネット? お化けの声がする部屋にまだ居るつもり?」

「い、行くけど! その言い方やめてっ」


 別に足が竦んでいたわけじゃない。さらに急かされる前にと彼を追いかけて部屋の外に出た。


「どうかしたの?」

「……会いに行くとか貴方が言うのが悪いのよ」

「あぁ、なるほど」


 リュカには謎が解けているかもしれないけれど私には解けていない。

 得体の知れない何かに会いに行くなんて言われて、足取り軽くついて行くなんて無理だ。

 するとリュカはお決まりのように、にっこり笑って私の方にその手を差し伸べるのだった。


「大丈夫だよ、僕も一緒にいるから」


 実際には絵の中の話だから、その手はけして私の方に伸びてこないんだけど。


「それなんだけど……いいえ、なんでもない」

「えっ、何。言ってよ」


 頼りにしていいのか微妙な線、なんて思っていることを告げるのは酷い気がして、やめた。誰が悪い問題でもない。


(それとも、あり得ないもの同士なら戦える……?)


 どうなんだろう。

 お化けは人の力では退治しがたいものだって言うけど(だから私も家族もそういうのが苦手なんだけど)、今のリュカは人の世界の法則というものとは少し外れたところにあるから……もしかしたら?


「あ、何か起きたときに僕が役立たないかもって思ってる?」

「え……いいえ、まさか。むしろ反対に有利だったりするのかしらって今考えてたところよ」

「あははっ、やっぱり戦う方面で考えてたんだ!」


 おかしそうに笑ってから、夜の廊下だってことに思い当たったのかリュカは口を閉じてしーっと指を立ててみせた。笑ったのは貴方だと思うんだけど。


 考え方が物騒、と言われたも同然なのはちょっと複雑になる。


「凄く頼もしいや。でも、無茶はやめてね。そもそも今回は戦うようなことにはならないと思うし」

「随分自信があるのね」

「じきにわかるよ。それじゃ、階段を降りて左に曲がって」


 リュカは私を先導するように歩いてくれる。角や移動用の絵の間隔が空いているような場所では、必ず指示をしてくれた。


 そのおかげか、傍目には一人で歩いていてもあまり怖くない。


 言われた通り階段を下り、左に曲がる。待ち構えていたように下階の絵に移動していたリュカに案内されて、また二人で歩く。


 しばらくして彼が立ち止まった。そこが目的地のようだった。


「……使用人たちの寝室?」

「そう。レクバートから、人事の入れ替えがあったから少し使用人の使う部屋の整理をしたって報告が入ってたんだ。だからもしかしたら、って思ってね」


 この先はずっと使用人たちが居室として使っている一角のはずだ。場所の整理の話は知らないけれど、リュカが訳知り顔で「もしかしたら」なんて言い出す理由がわからない。


 けれどその理由は、すぐに扉の向こうから漏れ聞こえてきた会話によってわかることになった。




 ……くすくす……あはは、それで? 次はどうなるの?

 ……それで、それで終わりよ。転んだ庭師は何事もなかったみたいに仕事に戻ったの。私が見てるなんて知らなかったんでしょうね!

 ……ふふ、おかしい!


 


「……まさか、さっきの笑い声って」


 聞こえてくるのはさっき私の部屋で聞いた笑い声と同じもの。しかも、よりはっきりと聞こえる。

 リュカを見ると、彼は私が答えにたどり着いたことに満足そうに笑みを浮かべていた。


「そういうこと。というか、僕らの声とか足音に気づかないんだね。よほど盛り上がってるのか。注意したほうがいいかな」

「待って、リュカ。別に良いわよ。正体がわかってしまえば怖くないし」


 談笑中の部屋にノックしそうな感じだった彼を止める。


 直接関わることが多いのはメリルだけだけれど、この屋敷には他にも使用人がいるし、住み込みでなく働いている人を含めればさらに多くの人が関わっている。それでも他の貴族の邸宅と比べればかなり少ないのだ。


 それはリュカの事情があるからで、その分お給金も弾んでいるとは聞いているけれど――それでも彼ら彼女らの負担が他の屋敷より大きいことに変わりはない。


 仕事を終えたあとの談笑の時間は、きっと大切なもののはず。それを奪ってしまいたくはなかった。


「……アネットは優しいね。じゃあ今日のところはやめておく。明日になってから、何か理由をつけて穏便に別の部屋に移ってもらうことにするよ」

「ええ、お願いしてもいい?」

「もちろん」

「ありがとう。ただ、気になるんだけど……」


 もう帰るつもりで来た道を見るリュカに私は疑問をぶつけた。


「私の部屋はここの隣でも真上でもないわよ? どうしてここの笑い声が私の部屋に届くの?」


 部屋で聞いた笑い声がここの会話の断片なのは間違いない。認める。


 けれど、微妙にその理屈が私にはわかっていなかった。それはある意味怪奇現象には違いないんじゃないかって疑いが残る。


 リュカは肩を竦めて、なんだそんなことかと言う風に答えた。


「屋敷の構造の問題だろうね。梁を伝って音が君の部屋まで届き、反響する。部屋替えの時にそれに気づかず割り当てちゃった、そういう事故だよ」


 彼の言い方はとても落ち着いているから、私もストンと納得できた。


 屋敷の構造の問題、悪意のない事故、そう言われると残っていた不気味さも綺麗に消えてなくなる。


「はあ、良かった……それなら本当に屋敷の亡霊じゃないのね」

「えっ、何それ?」


 心の底から安堵して言うと、リュカがまた興味をそそられたように体を揺らした。


 しまったとは思ったけど、口に出してしまったものは仕方ない。食いつかれたからには説明するしかなくて、私は足を元来た階段の方に向けながら例の話をすることにした。


「メリルが言ってたのよ。このお屋敷には亡霊がいて、いたずらすることがあるって」

「へぇ。いたずらって、どんな」

「物を持ち去ったり、掃除の邪魔をしたり……?」


 行きよりもしっかりとした足取りで廊下を歩き、階段を上る。


 リュカがもっと早くにこの真相を教えてくれていれば行きもさらに怖くなかったんでしょうけど、彼の性格を考えると教えてくれる可能性は万に一つもなかった気もした。


 メリルの怪談話もとっても怖かったけれど、目下の問題が解決した今となってはそんなに怖くない。

 聞かれるがまま答えていたら、リュカの声が急に少し低くなった。


「……実際、そういう被害にはあってない?」

「えっ」


 思わず足が止まる。


 実際に、と言われた私の頭が咄嗟に弾き出したのは、今の今まで笑い声の件の恐怖ですっ飛んでいたイヤリングのことだった。


「あー……被害? 物を持ち去ったり、掃除の邪魔をされたり?」

「アネット。その反応、もしかして何かなくなったの」

「うっ……察しが良い……」


 飄々として物事を茶化したり流したりしているときのリュカも厄介だけど、急に妙な洞察力を発揮する彼も彼で厄介だ。


 ついさっきまで私を震え上がらせていた怪奇現象を説明してみせたのには助けられたけれど、ここでその鋭さを見せられるのはちょっと困る。


 貰ったばかりのイヤリングを失くしました、は言いづらさが怪奇現象の相談とは段違いなのだ。


「い、いいえ。単に私がうっかりしてただけだと思うから気にしないで。あっさり出てきたら恥ずかしいでしょ」

「やっぱり何かなくなったんじゃないか。探す人は多いほうがいいだろ、僕の方でも探しておくよ。何をなくしたの?」

「それは……ええと……」


 駄目だ、譲る気がない。

 そして私にもここからひっくり返せる話術がない。


 このままだとじりじり追い詰められて白状させられることになる、そう気づいた私の判断は早かった。


「……気にしないで! まだ探してない心当たりもあるし、きっと出てくるから!」


 彼が絵画の中にいることで私が得することを一つ見つけた。

 手をつかまれることがないのだ。


 つまり、逃亡である。


「それじゃ、おやすみなさい!」

「あっ、アネット……」


 にこやかに挨拶をしつつ、淑女としてはしたなくない程度のダッシュで自室のドアノブを掴み中に駆けこむ。


 入ってしまえばリュカは追いかけてこなかった。仕組みとしては無理に入ることもできるはずだけど、そこは彼なりの線引きらしいから。


 とにかく、逃げおおせた。閉めた扉に身を預け、大きくため息をつく。


(危ない……うっかり贈り物をなくしましたなんて、言えるはずないもの)


 明日も探さないと、と思いつつ。


 リュカが解決したはずの「亡霊話」の続きを聞いてどうして私の心配をしたのかなんて考えず、私はいそいそベッドに戻ったのだった。



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