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お化け退治大作戦!(前編)

 私の部屋とリュカの部屋は隣で、一応少し工事をすれば中の壁を外して繋げられるような作りになっている。と聞いている。

 その端にある自分の部屋の扉から出て、反対側の端にあるリュカの部屋の扉までの十数歩がいやに遠く感じた。


「……リュカ、起きてる?」


 扉の前に立ち、あまり大きな音を出さないよう慎重にノックする。


 あれ? あまり大きな音を出さないようにしたら中の人にも聞こえない?

 それは困るけど、だけど深夜だし。


(寝室ってここで合ってたわよね……?)


 応答はない。

 もしかしたらいないのかもしれない。


 考えてみると執務室ではないリュカの部屋を訪ねたことはこれまでなかった。

 言い訳になるけど、行く機会がなかったのだ。


 行って確かめてないからこそ、ちょっと不安になる。そもそもそこに、彼はいるのかいないのか。

 

「あの、夜分にごめんなさい。ええと……寝ちゃった……?」


 もう一度ノックする。返事はやっぱりない。

 諦めて帰ろうとする前に一度だけやっておこうと思ってドアノブに手を掛け、私は気が付いた。


(……開いてる、わね)

 

 とりあえず鍵は掛けていないらしい。

 ドアノブをひねれば案外簡単に押し開けられそう。


 手前まで覗くぐらいなら許されるかしら、と考える。

 今の私にとって、プライバシーとかデリカシーといった問題よりも亡霊の問題のほうが身に迫っている重大事だった。


 別に、何か悪だくみでもして侵入するわけじゃないし。ね。

 そんな正当化をして、扉を開ける。

 

「お……お邪魔、します………」


 入ってみると、まず真っ先に火の灯された燭台が目に入った。

 ……人が居る部屋だ。しかも起きている人の。


 気が付いてしまうと頭に一度消したはずの「侵入」の文字が再び浮かぶ。今更引き下がれないので、結局踏み込むことになるけれど。

 

「誰……アネット?」


 小さく聞こえたのは間違いない、リュカの声だ。


 初めて入るリュカの部屋の中は、案の定壁一面額縁だらけだった。

 ベッドの描かれたもの、クローゼットと思しきもの、そして革張りの椅子。


 どうやら絵の中の椅子に腰掛けてうとうとしていたらしい彼が顔を上げるや否や、私は頭をぶつけそうな勢いで彼の絵に近づいていた。


「リュカ! 良かった、起きてた……じゃない、起こしてごめんなさい。あと勝手に入ってごめんなさい」

「いや、いいけど……なに、どうしたの? 怖い夢でも見た?」


 眠たそうに目をこすりながら、それでもすぐに茶化すのはいつも通りのリュカ。

 そしていつも通りなら私も茶化さないでって突っ込めるところなんだけど、今日はそんな場合ではない。


「……え、冗談じゃない感じ?」


 自分で思う以上に深刻な顔をしていたのか、あるいはリュカの察しが良いだけか――とにかくリュカは異変に気付いてくれたようで、へらっと笑うのをやめて私を見る。


 そうだ説明、説明しなきゃ。


「……き、来て欲しいの。部屋にいたらくすくす笑う声が聞こえて……」

「何だそれ」


 当然の反応と言っていい反応が返ってきた。そう言いたくなる気持ちはわかる。


「信じられないと思うけれど、本当なの。別に私の部屋に来たりしてないでしょう?」

「ここにずっと居たね。それに訪ねるときにはちゃんとノックするよ、今のところ」


 その可能性は消えているんだけど(というかその可能性が消えたから怖くて仕方ないんだけど)一応確認しておく。


 リュカはうんうんと頷いて私の話を聞いてくれた。

 否定する態度は別に嘘をついている風でもないし、やっぱり彼を怒らないといけないようなことではなさそう。


 ……だけど、何か聞き捨てならない言葉が最後についた気がした。


「今のところ?」

「冗談冗談。この体じゃ夜這いかけても何もできないし……それに多分君に嫌われるだろうから、やらないよ」

「多分じゃなくて絶対に嫌いになるわよ」

「ほら。だからやらないって。僕じゃないよ、潔白だってば」


 リュカは両手を上げて首を振った。……もしいつかやろうものならその時は怒らないといけない。

 

 じゃなくて、今大事なのは今起きた事件の方である。


「とにかく。話を戻すと、笑い声が聞こえるのよ。ちょっと話し声っぽくも聞こえるし……なのに誰もいないの。しかも何度も。絶対おかしいでしょう?」

「うん、わかったわかった。落ち着いてアネット」

「本気にしてくれてる?」


 こっちはものすごい勇気を振り絞ってここまで歩いてきたのに、ちゃんと伝わってるんだろうか。もう少し説得すべき?

 改めて口に出すと怖くなりそうだけど、メリルから聞いた話をしてみようか。


 言いかけたとき、視界の端でテーブルに乗っていた燭台がずずっと動くのが見えた。


「~~~~~~!?!!?」

「あ、ごめん。僕が動かした」


 開ける限り大きく目を見開いて固まった私に、リュカが何でもない風に言う。

 ぶるぶる震えながら改めてリュカを見ると、その絵の中の手は燭台を握りしめていた。


「ほら、僕が絵を通じて物を動かせるのは言ってたから……いや、ごめん、予告すべきだったね。部屋を出るなら消しておこうかと思って。火の始末はちゃんとしないとね」

「へやをでる……?」


 まだ驚きが尾を引いて呆然としている私を、リュカはどうしたの?と言いたげに見る。


「君の部屋に行くんだよ。先に出て待ってて」

「い……いいのね? 本当に来てくれるのね?」


 自分でお願いしておきながらちょっと申し訳ない気が今更してきて、聞かずにはいられなかった。

 そうしたら彼は、躊躇うことなくにっこりと笑ったのだ。


「うん。やるよ、お化け退治。君から初めてまともに頼って貰えたような気がして嬉しいな」

「退治!?」

「そのぐらいのつもりでいた方が安心しない?」

「退治ってことは本当に居ることになっちゃうじゃない! お化け!」

「あ、そこなんだね」




* * *



 リュカに部屋まで来てもらってしばらく経った。


 いかにも怪奇現象そのものである彼に助けを求めているというだいぶ奇妙な光景なんだけど、それでも「二人でいる」というのは心強い。


 ……ふふ……くすくす、……れで……。


「……ひっ」

「うーん、本当だ。確かに聞こえるね」


 三回目となれば聞き間違いには無理がある上、リュカにも聞こえているときた。もうこの声の存在は疑う余地がない。


「で、でしょう? 誰もいないはずなのに、誰もいないわよね?」

「そうだね」


 ますます恐ろしくなって仕方ない私とは反対に、リュカの反応は淡泊だ。まったく動じていない。


「んー……まあ、とりあえず超常現象ではなさそう」

「え、そうなの?」

「うん。まだ仮説だけどね」


 落ち着いた声音でそう告げられると、慌てているほうが馬鹿みたいに思えてくる。仮説と言いつつ、リュカには随分自信がありそうだ。


(もう謎が解けたの? 相談してそんなに経っていないのに)


 私がその仮説を聞こうとするのを待たずに、彼は私の前の額から消えた。もう出て行ってしまう気みたいだった。

 

「よし。それじゃ、今からお化けに会いに行こうかな」


 ……意味ありげに私の方を見て、ご丁寧にウィンクまでして。


「リュカ、わざと言ってるでしょうそれ」

「あ、バレた?」


 冷めた目で彼を見る。

 そのおかげで少し怖くなくなったけれど、なんだか悔しいのでお礼は言わなかった。


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