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二つの仲良し計画(中編)

今回もメリル視点のお話です。

 市には様々な品物が並びます。


 領民同士の農作物や工芸品の取引はもちろん、別の土地で品物を仕入れた行商も出店しているものだから目に入ってくる品数は相当なもの。

 それらを順番に眺め、通り過ぎ、また少し戻っては眺め……随分長いこと悩んでいる気がしますが、私は未だに「これ」というものを見つけられていませんでした。


(……贈り物選び、請け負っちゃったはいいけど……どう選んだらいいのかなあ)


 こんなことならもっと詳しくリュカ様と打ち合わせしてくればよかった。とは思うものの、額縁から出られないリュカ様からすれば選ぶもののの候補すらも知らない状態で買うものを考えて欲しいと言われるようなものです。それは無茶でしょう。

 もっとも、リュカ様は「悩んだらとりあえずいくつか買ってきても良いよ」と許可して下さいました。それはありがたいのですが、そのいくつかを絞るのもなかなか難しいもので……。


(一体何を贈れば喜んでいただけるの……?)


 ご実家からこちらに来られたのも急な話でしたし、お屋敷にアネット様のご趣味がわかるような私物はあまりありません。完全に今、私は推理力を試されています。

 ああ、せめて一人で請け負わず、誰かに助っ人をお願いするべきでした。レクバートさんはきっと今日も多忙なのでしょうけど——。


「おや、メリル。奇遇ですね」

「っ、れ、れれれレクバートさんっ!?」

「そんなに驚きます?」


 まさにそのレクバートさんの声が背後からして、私は思わず飛び上がってしまいました。昨日のリュカ様といい、なんだか私びっくりしてばかりです。

 振り返るとそこにいたのはいつも通りの柔和な笑みを浮かべた彼でした。いろんな意味で胸がどきどき鳴ります。


「買い物ですか。今日は休みにしたと聞いていましたが」

「あー……それが……なんですけど」


 レクバートさんは見回りかな、なんて考えつつ、私はこれまでの経緯を話しました。リュカ様はレクバートさん経由でことが知れるのを気にされていましたが、もうこの際いいでしょう。レクバートさんがお屋敷に帰ってアネット様と話す前に私が持っていけば済む話です。


 それより、とにかく私は相談相手が欲しくて仕方ありませんでした。


 私の話を聞き終えたレクバートさんは、ふむ、と顎の下に右手を遣りました。


「アネット様への贈り物を? それはまた、重要な仕事を任されましたね」

「そうなんです、責任重大……」


 自分で言いながら改めて深刻に思えてきました。メリル、重圧(プレッシャー)で死にそうです。

 レクバートさんは真剣に考える素振りを見せたあと、ため息混じりに目を伏せました。


「あの方の場合は実用品でも喜ばれる気がしますが……画材はこの前差し入れてしまったんですよね」

「何か他に入り用なものとか……」

「絵具も絵筆もあっという間に使えなくなってしまうものではありませんし、そもそも夫から妻への贈り物というよりは我々からの差し入れになってしまいますよね」

「うっ……そう、ですよね」


 そうなのです。アネット様のご趣味として私たちも知っているものはスケッチや油彩でしたが、それは既に満たされているのです。他ならないレクバートさんによって。リュカ様がお悩みになる理由もわかるというものです。


 レクバートさんに悪気はありませんし、アネット様が入り用としておられたときにそれを届けることは決して悪いことではないのですが……どうしても私とリュカ様からすると、「出遅れた」感が否めないのは確かで。


「難しいですね、贈り物って」

「まあ、そう悲観的にならずに。それで万策尽きたというわけではないでしょう」


 がくんと崩れ落ちそうになっている私では、レクバートさんの励ましの言葉すらも素直に受け取れません。

 だって本当に、なんにも思いつかないのです。いえ、素敵だなって思うものは色々あったのですが、それを本当に喜んでいただけるかと考えると自信が全く持てないのです。


 木馬の飾りがついたオルゴールは可愛かったですが、使うかと言われると微妙ですし。

 瑠璃色の綺麗な硝子の瓶に入った香油は、私の好きな香りではありましたがアネット様も気に入るとは限りませんし。


 考えれば考えるほど深い沼にはまっていくようで頭を抱えていると、レクバートさんが「そうですね」と呟きました。


「ここは無難に装飾品はどうでしょうか? パーティーに行くことも誰かをお招きすることも当家ではあまりありませんが、気分転換に」

「……! それです! 名案ですよ、それ!」


 ばっと顔を上げ、私は何度も頷きました。装飾品。どうして今まで抜け落ちていたのでしょう。贈り物の定番ではないですか。

 高価なジュエリーだけが贈り物ではありませんし、それ以外のものがアクセサリーに当たらないということもありません。

 私は急いで、きょろきょろ辺りを見回しました。


「何か良さそうな品を扱っているお店……は……あ、あそこですね!」


 目的のものがありそうな露店はすぐに見つかりました。小柄な店主が座っている敷物の上には、たくさんの装飾品が並んでいます。


「何をお探しですか?」


 かけられた声が思ったより高くて、私はぱちくり瞬きました。どうやら店の主は私と同じぐらいの若い女だったようです。それから、まじまじ見てしまっては失礼だと気づいてさっと視線を品物の方に向けました。

 でも、これはラッキーかもしれません。


「ええっと、贈り物の予定なんですけど……若い女性への贈り物に向いてるのって、なんだと思います?」


 行商に多いおじさまに聞くより、なんとなく聞きやすい気がして聞いてみました。そう、同じ年頃ならきっとよくわかってくれるはず。たぶん。


「イヤリング、ネックレス、ブローチに髪飾り……どれも人気ですよ。贈り物用と自分用両方買っていかれる方もいますから」

「……」


 質問したことを後悔しました。……それは、そうなりますよね。当然です。そもそも装飾品を扱うこういう店全体が女性向けみたいなところありますしね。


 とりあえず「ありがとうございます」は伝えて、私はじっくり商品を見ることにしました。水晶か硝子か、透き通った装飾品はどれも非常に綺麗です。とても決められません。


「レクバートさん、どれがいいと思います?」


 やっぱり聞いてしまいました。頼りっぱなしはダメだとわかってはいるのですが。

 でもそんな私の甘えを一蹴するように、レクバートさんははっきりと言いました。


「屋敷で一番アネット様のお相手をしているのは貴女でしょう、メリル。お似合いになるものを想像して選ぶのに貴女以上の適任はいませんよ」


 気のせいかちょっとばかり眉がつり上がっている気がします。今、たぶん怒られています、私。

 本当に、頼りたくなってしまうほど難しいのです。だけど。


(……お屋敷でアネット様のことを一番知ってるのは私……)


 そういえば、私をアネット様の側仕えに推薦してくれたのはレクバートさんでした。それは何を思っての抜擢だったのでしょう。少なからず、私に期待してくれていたということなんでしょうか。

 リュカ様も、私にプレゼント選びを一任して下さいました。責任重大過ぎて心折れそうなんですけど、それもきっと期待です。

 期待には、精一杯応えないといけません。


(絵をお描きになられるし……この前も紅葉した葉を持ち帰りたいと仰っていたし、きっとアネット様は『色』の綺麗なものが好き。もちろんデザインも可愛らしいのがいいと思うけれど……『色』重視で考えてみよう)


 アネット様のお好きなもの。喜ぶ顔。この間、紅葉を見に行ったときのこと。色々と思い出しながらもう一度商品を端から端へと眺めていきます。


(リュカ様から贈るものだから……リュカ様もそれをつけているアネット様を見られるようなものが良いかも。でもリュカ様のお話を聞くに、キャンバス越しだとちょっと物の見え方が変わるみたいだし)


 それならある程度目立つものの方が良いはず。一度考え始めると、頭の中は自分でも驚くほど澄み渡りはじめました。


(大ぶりの髪飾り……? ううん、後ろや横を向かないと見えないようなものはきっとダメ。ならネックレス……かわいいけれど、ドレスのデザインによっては隠れちゃう)


 金属の細工がされた髪飾りや赤い綺麗な石のついたネックレスを見ては、決め手に欠けると候補から外します。じっくり悩んでしまっているのが申し訳なく思いつつ、レクバートさんが「もう行きます」と去らずにいてくれるのはとても嬉しいことでした。


 さらにしばらく悩んで、私はついに決めました。


「……これにします」


 手に取ったのは金から少しずつ紫に変わっていく不思議な色の石が取り付けられた耳飾り。目を惹かれる神秘的な色合いはあまり見かけるものではなくて、贈り物にはぴったりのように思えました。


(アネット様、喜んでくださるかな……。あっ、一応リュカ様からの贈り物ってことにはなるんだけど)


 この色合いはなんとなくリュカ様に似ているような気もするし、我ながらいいものを選んだんじゃないでしょうか。うんうん。


「レクバートさん、ありがとうございました。無事に贈り物、選べましたよ」

「お礼を言われるようなことは特に何も……結局選んだのはメリルなんですから」


 振り返ってぺこりと頭を下げると、レクバートさんは小さく笑ってから私の目の前に何かを差し出しました。


「はい、ではこれを」

「……え?」


 手のひらに乗るぐらいの包みです。私の見間違いじゃなければ、今私が包んでもらっているのと同じもの。

 敷物の上の商品を見ると、並ぶ商品の列に空白が二箇所。片方は私が手に取った耳飾りのあった場所、もう一つは少し離れた首飾りの一団の中。


「い、いつの間に!? どうして!? なんでですか!?」

「ちょうど似合いそうなものがあったもので。メリルが悩んでいる間に会計しました」


 慌てる私をよそにレクバートさんは何でもなさげににこにこ笑っています。どうしてこの人はこんなことをするのでしょう。わかりません。全然、わかりません。


「こ、こんなもの貰えません……!」

「おや、ではそれは無駄になってしまいますね。私がつけるわけにもいかないし」

「でも! そ……そうだ、アネット様に差し上げてください!」

「包みが二つになるのは妙じゃないですか。それにまた私から差し入れたと知れればリュカ様から恨まれそうだ」


 もっともらしい、いえもっともなことを言ってレクバートさんはどんどん私の逃げ道を塞いでいきます。いつから考えていたのでしょう? いつからとか、ない? 本当に思いつきでのこと?


「貰ってください、メリル。日頃の感謝みたいなものだと思って」

「……ありがとうござい、ます……」


 その理屈だと私の方が贈らないといけないような気がするのですが、レクバートさんにとっては筋が通っているようでした。

 おそるおそる受け取ったものの、嬉しくないかと言われれば嘘になります。嬉しいですとも。というか、こういうことをする人だから、だから私は……。


「……これからも頑張ります」

「はい。それじゃあ、また。お疲れ様です」


 私がお店の方から自分の包みを受け取るのを見届けてから、レクバートさんは用を成したとでも言うように爽やかな笑顔を浮かべて去って行きました。

 混ざる前にとレクバートさんにもらった方の包みを開けると、中から出てきたのは一時私が見つめていた赤い石のネックレス。


 今日も、私の完敗でした。



 


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