二つの仲良し計画(前編)
メリル視点のお話です。
私が勤めているお屋敷は、少々不思議な事情を抱えています。
お屋敷の主人は外で姿を見せることがありませんし、来客の馬車も滅多に来ません。
本来ならばお屋敷はもっと豪華でも良いはずだし、それに伴ってもっとたくさんの使用人がいても良いはず。けれど実際には片手で足りるほどの人しか、この家を出入りしてはいません。
「大勢をお招きするパーティーをしたり、大規模な模様替えをしたりするときだけ臨時に人を雇い入れればいいんですよ。普段、そこまで贅沢をするわけではありませんから」
レクバートさんは私にそう言ったけれど、そんな機会は結局いままでありませんでした。
それは私たちの主人が、人前に姿を現せないお人だから。
魔法で姿を変えられた王子様というものは、おとぎ話の中にしかいないものだと思っていました。それがまさか、自分のお仕えする相手になるだなんて。子どものときの私は信じなかったことでしょう。
(それにしても……アネット様とレクバートさんは最近何を話してるんだろう)
この前、森に出かけたあとからです。あの二人が度々話し込んでいるのを見かけるようになったのは。
レクバートさんのからかい(きっとからかいだと思います)でリュカ様の過去の恋愛を匂わされたことをお悩みになっていたアネット様。
気晴らしにと連れ出した先で出会ったアンナという少女の話を熱心に聞いておられたかと思えば、帰って来てからレクバートさんとお話に行ってしまわれて、私の頭の中は?でいっぱいです。
レクバートさんの言葉を気にされていたはずなのに、今やそのレクバートさんのところに通っているなんて!
(急接近!? なんて、まさか! アネット様には旦那様がいるのに!)
膨らむ妄そ……予想に私の胸は大騒ぎ。
勤務中にこんな浮わついた考えのままでいるのは良くないと思いますが、考えないのは無理です。結局あれこれ考えながら歩いていると、角を曲がった先にまさに渦中の二人のお姿を見つけてしまいました。
「……!」
とっさに隠れてしまいました。
見えたのは、廊下で声を潜めて話し込むアネット様とレクバートさん。どちらも真剣な表情でした。
私、どうしたら良いのでしょうか。見て見ぬふりをして歩き去るべき? それとも、思い切ってお声がけして疑惑を解消するべき?
内容はよく聞き取れないけれど話し声が聞こえてきます。声を潜めてるってことはもしかして、内密のお話。二人でこそこそとするようなお話……でしょうか。
「や……やっぱり……」
「……やっぱりあの二人、なんか最近距離近いよね」
「わうっ!?」
突然真横から聞こえた声に大きな悲鳴を上げそうになり、慌てて口を手で塞ぎます。こんなところで大声を出したら、アネット様たちに気づかれてしまいますから。
それからおそるおそる隣を見ると、そこには誰がいるわけでもなく、大きな額が掲げてありました。額の中には、美しい青年の絵……ではなくて。
「あっ……リュカ様?」
「あー、驚かせてごめんね、メリル」
さっきよりも抑えた声で言って、申し訳なさそうに頭を掻いたのはリュカ様でした。
「どうしてこんなところに?」
「気晴らしの散策。……と、尾行」
「尾行……」
自分の邸宅の中で自分の妻と側近を尾行する主人って一体なんなのでしょうか。さすがに言いませんでしたけれど、微妙な顔にはなってしまった気がします。
リュカ様は指摘こそされませんでしたが、表情が苦笑に変わりました。
「それじゃ、リュカ様にもあの二人が話している理由はわからないんですね」
「うん。アネット、言わないって決めたことは本当に教えてくれないからさ」
リュカ様はちょっと拗ねたように口を尖らせて、すぐにふっとそれを解きました。
「ちなみに、喧嘩したわけではないよ。夫婦仲は円満だ。……アネットが相当の役者でなければね。だとしたら超落ち込む」
「リュ、リュカ様……」
今度はものすごく肩を落とされています。前々から思っていましたが、リュカ様は私の知る誰よりも表情や仕草でご自分の感情を示されることが多いようです。もしかすると、絵の中だとそっちの方が伝わりやすいということなのかもしれません。
「大丈夫です、大丈夫ですよ。嫌われてないと思いますし、別にあの二人には何もないと思います」
あったら私もショックじゃ済まないですし。私はそう言ってフォローを試みました。
するとリュカ様はあっさり、
「そうかな。アネットと仲が良い君から見てそうなら」
なんて仰るのです。
「仲が良いだなんて……私なんかがおこがましい」
「そんなことはないよ。アネットは君のことを随分信頼しているし、君がいてくれたおかげでここにすぐに馴染めたんじゃないかと僕は思ってる。いつも助かってるよ、メリル」
そうでしょうか。そうであれば良いんですけど。
穏やかに笑むリュカ様に、私はしばらく悩んだ末に深々と頭を下げました。
「……ありがとう、ございます」
まさかこんなところで、こんなときに、感謝をされるなんて思わなくて。でも、それはこうしてお側でお仕えしている私にとっては何よりの贈り物で……、と、そこまで考えて、閃きました。
「あ……そうだ! リュカ様、何か贈り物をされるのはどうでしょうか?」
「贈り物……そうだね、確かにサプライズになるね」
「はい。私が代わりにお届けします!」
リュカ様は絵の中から出ることができません。だから領内の視察もレクバートさんがやっていますし、行商をお屋敷に呼んでお買い物をされることもありません。当然、奥様に贈り物なんてことは無理な話でした。でも、それを逆手に取ればとっても素敵なサプライズになるはず。
サプライズ好きなリュカ様のことだからきっと賛成してくださるのではないかと思っていましたが、いざ本当に頷いてもらえると嬉しくなって私は思い切り張り切る気分になりました。
「ああそうだ、それならいっそ君がプレゼント選びから手伝ってくれないかい?」
「えっ!?」
「普通に王都から取り寄せようと思うと大がかりになって知れる可能性が高まると思うんだ」
また少しいじけた様子のリュカ様にそう言われて、私は確かにと思ってしまいました。レクバートさんを介さないといけないでしょうし、そうなるとアネット様に情報が漏れる可能性も出て来ます。
「でも……私が買うとなると、市や行商の品になってしまいますよ」
「構わないよ。何も豪華なドレスや大粒の宝石を贈ろうとしているわけじゃないし、市の品が粗悪とも思わない。キャンバス越しにしか見たことないけど、うちの工芸品は素敵な品ばかりだよ」
「リュカ様……」
地元の品を、それも主人に褒められて、悪い気はまったくしません。ごく自然に褒めてくださっているならとても喜ぶべきことだし、わざと言っておられるにしても上手すぎます。もうこの時点で、私がこの役目を引き受けるのは決まってしまったようなものでした。
「というわけで、だ。メリル。明日一日お休みにしてあげられないかアネットにも頼んでみるから、贈り物を見繕ってくれないかい?」
「……わかりました」
お休みまで用意されては、腹を括って行くしかありません。これはそう、言うなればリュカ様とアネット様の仲良し夫婦計画。私は力強く、リュカ様の問いに頷きました。