森の中の少女(後編)
アンナ、と女の子は名乗った。
エレーヌ・デラを——おそらくは単なる「魔女」ではないエレーヌを知る人間だ。
「エレーヌを知っているんですか?」
と期待の目を向けてくれた彼女には、申し訳ないと思いながら「名前だけね」と嘘でも本当でもない言葉を返した。
会ったことはない。
私がエレーヌについて知っていることは全てが又聞きだから、確かに名前以外のことはあまり知っていると言えない。
だけど、エレーヌ・デラがお尋ね者であるってことを友人だと言う彼女に伝えるのはちょっとやりづらかったのだ。
「それじゃ、少し前まではそちら側に住んでいたのね。彼女」
「はい。でも全然姿が見えないので、もしかして森の向こう側に行ったりしていないかなって思って……見かけてない、ですよね」
「ええ、残念ながら」
屋敷の近くで見かけたならきっとレクバートさんから報告が来ているはずだし、それどころか捕まえてきているかもしれない。それがないってことは、やっぱり見つかっていないのだ。
(レクバートさんが言っていたエレーヌの目撃情報って、これのことなのかしら……)
アンナの話からすると、少し前までは確実にアヴァルにエレーヌが滞在していたことになる。例の近隣の目撃証言とはそんな彼女の姿を捉えたものなのかもしれない。
(私の見た幻とはまた別だと思うけど)
私とメリルは森に入る前に森に入ったような幻覚を見せられていた可能性が高い。なら森の中で私が見たエレーヌらしき人物は幻であって、本人ではないってことになる。そんな幻を見た理由も気になるけれど……。
考える私の前で、アンナが大きなため息をついた。
「ほんと、心配かけるんだから。せっかくお城にご奉公に出られたのに『色々あったから』ってふらっと帰ってくるし。あの子、そういうところあるんですよ」
「……お城に……」
エレーヌは城で洗濯係をしていたという。もしそれが三年前の話なら、リュカを絵画にした罪で城を追われて故郷に戻った……と考えて、筋が通る。
「エレーヌとは昔から仲が良いの?」
「あの子が暮らしてた施設とうちが近かったので、エレーヌのところにお城で働かないかって誘いがくるまではよく遊んでました。そこからはちょっと疎遠になっちゃって……」
アンナはそこで少し困ったみたいな顔をして、視線を下げた。
仲が良い友人同士だったのかもしれない。少なくとも、アンナにとっては。
「でも……少し失礼な言い方になるけれど、お城勤めも長続きはしなかったのよね。帰ってきてからも疎遠なの?」
「だってあの子、ふらっと現れたりいなくなったりするんですもん。今みたいに。あたしは心配してるんですけどね」
ふんと鼻を鳴らして、でもぶっきらぼうな言葉とは裏腹にアンナの目は怒っている人間のそれとは違っていた。
「今はどうやって生活してるのかもよくわからないし。昔はたくさん遊んだのに、今は少しも頼ってくれないのがなんだか悔しくて……」
「……そう、よね」
赤いスカートの布をぐっと握りしめる手を見つめながら、私はぽつんと返した。そう、きっとそう。
友人を案じる気持ちは、わかる。それが親しいと思う人であればなおさら。
私だって兄とは言い争いになることも多かったけれど、実家を離れるにあたって結構心配していたのだ。今の状態がなかなか他言できるようなものではないから、あまり連絡ができないでいるけれど。向こうからの連絡もないから、悪いようにはなっていないと信じている。
アンナの気持ちはおそらく純粋なもので、彼女はきっとエレーヌの起こした事件も、今の彼女の状況も知らないんだろう。
私にできることは、こう申し出ることだけだった。
「わかったわ。こっちでももし見かけたら、ちゃんと帰ってあなたに顔を見せるように言う。……そうしたら、お役に立てるかしら?」
「あはは……お願いします」
エレーヌはお尋ね者だ。リュカを元に戻してもらわないといけないし、王子に魔法をかけたなんて罪はきっととても重い。見つかったとして、あっさり故郷に帰してもらえるなんてことはきっとないだろう。
それはわかっていたけれど、おそらく何も知らずにその帰りを待つ人がいたということを私は知ってしまった。