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内緒話

随分更新空いてしまいましたが、再開します。お付き合いいただければ嬉しいです。

「……ねえメリル」


 話そうか話すまいか、ぎりぎりまで悩んだ末に切り出したのは翌朝髪を結ってもらっている時だった。そもそも髪をしっかり結い上げてなんて頼んだのも話す時間を稼ぐための方便だったのだけれど、それでもやっぱりちょっとためらいは残っていたのだ。


 なんでかって、こういう話題、ちょっと話しづらいじゃない?


「何でしょうか、アネット様」

「その……ええと、あのね。リュカって、どんな女性(ひと)が好みか知ってる……?」

「まあ!」

「ちょっと確認したいだけよ。何かあったとかそういうことじゃないから!」


 妙に言い訳がましくなってしまって、これじゃかえって何かありそうな雰囲気になってしまった。今の所特に揉めたとか、そういうことはないんだけど。

 実兄に見られたら即深掘りされそうな私の態度をメリルはきょとんとした顔で見つめて、しばらくしてからくすりと笑った。


「あれ、そうなんですか? ふふっ、私はてっきりリュカ様を振り向かせるための作戦に協力するのかと」

「振り向かせるって……彼基本的にこちら側向いてるじゃない」

「もののたとえですよ、アネット様。そういうことならこうしておきましょう」


 いまいち私の抗議を真剣に受け取ってはくれないまま、メリルは櫛を置いた。何をするのかと思えば、彼女は私の部屋に掛かっているいくつかの絵画を片っ端から裏返していく。


(……その手が)


 確かにそれならリュカが来ても何も見られないし、何もできない。平面であるがゆえの弱点だ。絵画が後ろを向く、それはただキャンバスの裏が表に来るということ。絵は振り向けない。

 何かの役に立つかもしれないし頭の片隅に留めておくことにする一方で、私は別にそこまでしなくても良いんじゃないかと彼女にぶつけた。


「でも、一応今の時間は私の部屋には来ないようにしてくれてるはずよ。だから身支度の時間を狙ってあなたに相談したんだけど」

「念には念を、です。ふふ、そういうことはより内密にお話ししたいでしょう?」


 一応にも紳士を主張するリュカは本当にプライベートな時間には立ち入って来ない。それはどうやら確実そうだとこれまでの日々でわかっていたから、私は相談するタイミングを今にした。

 あとはまあ、メリルが言うほどには内密にするつもりがなかったというのもある。聞かれたら面倒なことになりそうな予感はするけれど、別に今から陰口をたたくわけではない。こそこそした方がかえってリュカから怪しまれるのは義兄との一件で学んだ。


 ……とはいえメリルはどうやらこの話を内密にするという方向でとても乗り気なようだし、水は差さないことにする。


「それで、リュカ様の好みですか……疑いようもなくアネット様に惚れていらっしゃると思うんですけど」

「い、今はそういうのいいから。何か知らない?」

「ええ……うーん、アネット様、ほんとにどうしたんです? 元恋人でも見つかったなら話は別ですけど、そういうことはないじゃないですか」


 何も知らない彼女は首を傾げたけれど、私の頭にはレクバートさんから聞いた例の話が未だに渦巻いていた。ちらとも疑われていないリュカと勝手に気にしているだけのような自分にわけもなくむかつく。


「……わからないわよ」

「え……見つかったんですか?」

「やっ、そういうわけでもないけど!」


 そんなことになっていたらこういうまどろっこしい手段は取らない。過去は過去ではっきりするし、聞くなら聞くでびしっと問い詰められるし。真実が靄がかって手を出しづらいからこそ、やきもきしてるのである。

 どうしようかな。数秒考えて、私はメリルをじっと見つめた。


「アネット様?」

「仕方ない、話すことにする」


 別に悪いことをしているわけでも、するわけでもない。

 私は手札を隠すのはやめにして、彼女にこれまでの経緯を正直に話すことにした。





「……ははーん、なるほど……。レクバートさんがそんな思わせぶりなことを言ってたんですね」

「思わせぶり……やっぱりわざとかしら……」


 ニヤニヤだかニヨニヨだか効果音がつきそうな何とも言えない緩んだ顔をして、メリルは何度も頷いた。いかにも事態を面白がってそうな反応だけれど、一応は同情的な視線も含んでいる……気がする。


「あの人、結構いたずら好きですからね。さすが長らくリュカ様にお仕えしてきた人って感じです。あ、でも、悪い人じゃないんですよ?」


 訳知り顔のメリルがくれた補足に同意できる部分もあって、私はひとつため息をつくことでやりきれない気持ちを逃した。


「ひどい人だとは思ってないわ、大丈夫。確かに、似たところがあるっていうか……ヴァルサスさまとは別の意味で、きょうだいみたいな感じよね」

「ふふ、お兄ちゃんっぽいですよね。他の使用人に対してもそうだし、この土地の人たちに対してもそうなんです。世話焼きなんですよ、あの人」


 メリルがもう一度櫛を取って、私の髪を梳き始めた。まるですっかり解決したみたいな雰囲気だけど、解決していない。それとも結論は「気にするな」ってことで、実際気にする必要はないのかしら。


「だからもしかしたらアネット様をからかおうと思って……というより、二人の関係を心配してくれたんじゃないですか? のちの火種にならないように、とか」

「それはどうかしら……というか、もしかしてなんだけど」


 一応には彼女の話を聞いていたけれど、私はそこでとうとう口を挟んだ。事情を話してからというものやけに饒舌で、やけに偏った補足が入ったような気がする。それって、まるで、もしかして……だ。


「メリルってレクバートさんのこと好きなの?」

「そっ!?」


 素っ頓狂な声をあげたメリルが、私の背後で慌てた。取り落としかけた櫛を掴んだのか、ちょっと髪を引っ張られたような気がする。……けどまあ、それを叱るのは野暮かも。


「……そんなことは……」


 さっきの私とは比較にならないくらい慌てて呆然としているメリルを見てしまったら、ね。


「……。……だ、誰にも言わないでくださいね?」

「言わないわ。ただ、それならそうで腑に落ちたなって思ったの」


 これだけ慌てるってことは、それこそ「内密」の話なのかしらと私は推測する。

 なるほど、彼女がやけにこの話題に乗り気だったのは自分も似たようなことの当事者だったからというわけだ。


「だって、仕方ないじゃないですか」


 私が振り向くと、メリルは櫛を握りしめたままぷるぷる震えていた。

 見てわかるぐらい耳が真っ赤だ。さらにいじってみたくなるような意地悪な気持ちと、それはなんだか悪いような気持ちが同時に湧いてくるような様子だったけれど、メリルは私が何か言う前にまくし立てる。


「私が失敗しても怒らないで助けてくれるし……お仕事の手際も良くて格好良いし。好きにならない理由がなくないですか!?」


 まさかの逆ギレ。

 ふふ、と笑いそうになった私はすぐにその笑いを引っ込めて、彼女をなだめなくてはいけなくなった。


「ええ、まあそうかも……しれない?わね」

「アネット様がお屋敷にいらっしゃる前に子猫を拾ったんですけど、私がどうしていいかわからなくて困ってたら全部お世話してくださって……最終的には引き取ってもらうことになって」

「それじゃ、今レクバートさんは子猫を飼ってるの?」

「そうなんです。もちろんお仕事柄長く留守にされることもあるので、その時は私が代わりにお世話してるんですが……あっ、もちろんリュカ様に許可はもらっていますし、お屋敷にご迷惑をかけるようなことはありません!」


 話題は完全にメリルに持って行かれてしまった。聞いてもいない馴れ初め話が始まったことに驚きつつ、彼女をなだめるには聞くほかないので相槌をうつ。


「……なら、子猫をきっかけに他の人より話すことができるじゃない。諦めちゃだめよ」

「アネット様……」


 これでとりあえずフォローにはなったかしら、と脳内勘定しているとメリルがじいっと私を見つめてきた。

 こ、今度は一体、何。身構える私をさらにまじまじ見て、彼女は心底不思議そうに言った。


「……アネット様、どうしていつの間にか私の方が恋愛相談に乗ってもらっているのでしょう」

「さあ」


 そんなの私が聞きたい。でも少なくともメリルに火をつけたのは私なので、その報いを受けたとも言えるかもしれない。


 とにかく、わかっていることは一つ。このまま話すと、間違いなくまた彼女に話題を持って行かれる。打開するために何か手を打つなら、次の話が始まる前に、今、どうにかしないと。


「……あんまり身支度が長くかかりすぎてもあとでリュカに突っ込まれそうだし、今日はこのあたりで切り上げるべきかしらね」

「そんな! それじゃ、また明日お聞きします……!」


 メリルの優しさと人の良さが逆に手強い。

 とまあ……適当な理由でメリルの話を切り上げることには成功したものの、結局私の目的である相談はあまりできなかった。


(……かと言ってレクバートさんに言ってもあれ以上は話してもらえなさそうだし)


 ヴァルサスさまがまた訪ねてきたときに聞いてみる……というのも一瞬考えたけれど、あの人にも惚気を聞かされる可能性が高いと気づいて踏みとどまった。あと、純粋にあの人がヒートアップしそうで。

 真っ当に相談ができそうな相手はどこかにいないのかしら、と私はメリルに見えないよう小さくため息をついた。




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