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掴めない輪郭

 リュカを絵画の中に閉じ込めた、その張本人。——エレーヌ。

 彼女の目撃談がいよいよ出て来たとなると、私が彼女を幻に見たのも偶然ではないかもしれない。そもそも、私は今のところ「魔法」というものを扱える人物を、エレーヌしか知らないのだ。


「……どこで?」


 静かに、リュカが聞く。彼は私よりもずっと早くに落ち着きを取りもどして、神妙な表情をしていた。どこで。確かにそれは大切なことだった。


「隣の領ですよ。森の反対側」


 レクバートさんはそう言って森の方角を見遣った。あの時、森の中で倒れた私とメリルは結局その果てには行っていない。


「それも一回じゃありません。少なくとも日時がわかる範囲で言うのなら、先月の中頃と先々週ですね。それ以前にも度々見かけられています。似姿を見せて確認しましたから、概ね間違いないかと」

「頻繁だね。ある意味堂々としていると言えばいいのか」

「いえ、そうとも限りませんよ。目撃されたエレーヌはいずれもこそこそと森の方の様子を伺っていたようですから。森の方——というよりも、我が主人の屋敷がある方でしょうか」

「……」


 リュカは考え込んだ。

 それから彼は不可解だと言いたげに眉根を寄せて、ふうと息を吐くのが聞こえた。


「僕に何か言いたいことがあれば直接言いに来ればいいものを。彼女ならそれが可能なはずじゃないの?」

「それを私に言われましても困りますね」


 すげなく返されて、リュカは不満そうだった。代わりにちらりと私に視線を投げてくる。


「ねえ、アネットはどう思う」


 どうって。意見を聞いてくれるのは嬉しいけど、何とも返しづらい。二人と違って私は件の「魔女」と面識があるわけではないんだから、その行動の意図なんて察しろという方が無茶なのだ。

 ……もしかしたら、それは彼らにとっても似たようなことなのかもしれないけど。私だって実家の使用人達の全てを把握しているわけではないから。王城ともなれば地方貴族の屋敷なんかより遥かに多くの人間が働いているだろうし、完璧に把握していなくても責められることじゃない。


 だからとりあえず、意見だけは言ってみることにした。完全に私の推測だ。


「……私、詳しくは全然わからないけれど……直接来ないって言うんなら、それなりの事情があるんじゃないかしら。それこそ、できないとか」

「できない?」

「だって貴方に魔法をかけたとき、エレーヌは使用人として近づいてきたって言うんでしょう。魔法で離れたところからでも貴方の寝室に侵入できるってわけじゃなかった。……それなら、彼女の能力は万能じゃないんじゃない?」


 リュカの存在を認知するきっかけになったのが城仕えだった、って言われたらそれまでかもしれない。けれど城にいた時だってリュカは(主に双子問題のせいで)おおっぴらにあちこち出歩いていたわけでもないはずで……万能の魔法を使えるすごい子が洗濯係してたってことに違和感もあるし、そう考えると相手の能力はおのずと絞られる。

 魔法は未解明なことが多いとはリュカの談だけれど、国の——ひいてはヴァルサスさまやリュカの把握している魔法使いに属さないエレーヌ・デラであっても、何をしでかすかわからないとまでは言えないんじゃないだろうか。


「つまり……施錠された場所に入ることはできないし、ちゃんと警備のついてるこの屋敷に入ることもできないってことかい」

「合ってる。それに街道の方だって見回りをさせているんでしょう? 領地への人の出入りはきちんと把握しておくべきだものね。貴方がそれを怠ってるとは思えない」

「……ふふ、頼れる夫だろう?」

「そこでニヤニヤするのは違うと思うけど……」


 そういうところだ。私はリュカを小突いてやりたくなったけれど、残念ながら絵の中の彼には無意味だった。うんまあ、振って目を回させることはできるとこの間発覚したものの、流石にこの場でそれはしない。


「貴重な君からの褒め言葉だ。胸によく留めておくよ」

「ああもう、……話をそらさないで」


 この人、当事者意識ちゃんとあるんでしょうね。嬉しそうに語るものだからペースを乱される。

 それでも大事なことだから、私はきっちり話を戻した。


「ともかく。彼女が何でもできるってわけじゃないなら、捕まえて話を聞くことは十分できるんじゃないかしら。……って私は思うんだけれど……」


 ふむ、とレクバートさんが頷いた。


「アネット様は聡明でございますね。私としては、動機の面からも考えてみたいと存じますが。……『できるけどしない』というケースも考えられますからね」

「……そうですね」


 同意してくれるように思わせて、しかし彼はずっと慎重だった。リュカの片腕同様に動いている彼だからこそ、警戒しすぎるほど警戒するのかもしれない。本人以上に。


「僕が元の姿に戻ってないか経過観察してるんじゃないの。かけたからには当然気になるでしょ」

「森の反対側から? わかるものかしら」

「何でもできるとは限らないかもしれないけど、何にもできないとも決まったわけじゃない。かけた者として何か把握できるのかもしれないし、そうだな……もし僕みたいな凡人だったとしても、領主が出歩いているかどうかぐらいは少し様子を伺ったり森を抜けてくる商人に聞いたりして調べられると思う」


 そういう手段に思い至るリュカが凡人なら私はいったい何になるんだろう。微妙な気持ちになりつつも、とりあえず森の向こうからでも調べ上げる手段があることは理解した。それがあるなら、わざわざこちら側に来ない理由は単純に見つかるリスクを避けてのことだろうと推測できる。

 何しろ、広く周知はされていないとはいえ——彼女はお尋ね者なのだから。


「いいですか、リュカ様、アネット様。この目撃情報は進展ではありますが、けして吉報ではありません。魔女が付近に潜伏している可能性を示すものでもあります。どうか警戒を怠りませんよう。我々も注意は致しますが」

「そうだよアネット、気をつけて」

「いや、貴方がもともと標的なんじゃないの?」


 しれっとレクバートさんの忠告に乗っかっているけれど、それじゃまるで他人事だ。そう突っ込むと、レクバートさんは苦笑して私を窘めた。


「お二人とも注意してください。アネット様も今やその標的の身内なのですから」


 うっ。至極もっともな指摘に打ちのめされて、私もまるで他人事のようにしていたと気が付いた。


「……わかりました」

「お分かりいただけたようで何よりです」


 反省。項垂れると、くすりとリュカが笑う声が聞こえる。恨めしく額縁をじとりと睨んでから、ふと思った。


(……そういえば、そもそもどうしてエレーヌはリュカを狙ったのかしら)


 単純に王族を狙うなら、次期王になることがほぼ確定している兄のヴァルサスさまのほうを狙えば良いだけの話だ。政権争いにしろ、リュカを狙う理由は(こう言うと悪いけど)あまりあるようには思えない。元々表に出ないつもりでこれまで過ごしてきた彼をさらに表舞台から遠ざけるようなこと、するメリットが浮かばなかった。


 聞いてみようか、どうしようか。でも今更かしら。そんなことを考えているうちにエレーヌの話は終わり、報告は別の話題に変わって……結局私はリュカからその推測を聞きそびれてしまった。




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