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食えない相手

 この国において、婚姻関係の管理は全て神官たちに委任されている。だからヴァルサス殿下が——つまりリュカのことを既に知っていて、信頼できる相手がその資格を持っているのなら、この婚姻はものすごくスムーズに進むのだ。それは事実だった。

 でもまさかそれが本当に、という驚きはまた別の問題である。


「ヴァル。急に来て何を言い出すかと思えば……それこそ事前に連絡が必要な重要事項じゃない?」


 リュカが苦言を呈しても、殿下はどこ吹く風だった。


「重要事項だからこそ人伝いの書簡なんて介していられない、というのが私の判断だ。……というか、てっきり歓迎されるものと思っていたんだが」

「言い方とタイミングってものがあるよ。アネットが困ってる」

「おや」


 急に殿下の視線がこちらに向いて私はどきりとした。ついでに言うなら絵の中のリュカの視線も私に向いていて、私はどこを見ていいかわからなくなる。

 きょとんとした顔で殿下が小首を傾げる。この人、天然でこれか。


「なるべく早い方が良い……と思って急いだんだが、もしや性急過ぎただろうか?」

「時期はともかく切り出し方だよ」

「ふふ、我が弟にしては慎重らしい。わかった、少し時間を設けよう。明朝までで如何かな」


 くすりと笑うヴァルサス殿下。リュカも渋々と言った様子で頷くものだから、「いやそれは待って」なんて言えるはずもなく私も頷いた。


(時間設けるって言うほど時間用意されてなくないですか——?)


 ……なんてことも言えるはずがない。

 別にリュカとの婚姻が嫌なわけではないのでどのみち承諾の道しか私にはないのだけれど、心の準備ってものがある。こちらに来てから、もといこの話が持ち上がってからというもの、私は常にペースを乱されっぱなしだ。嵐の中にいるみたいに。


「では今日は義妹(いもうと)と親睦を深める日としようか」

「……へ?」


 当然のように手を取られて、私は目を丸くした。

 いもうと。……まあこの確定事項だらけの話を考えるに私ですよね。私が彼をお義兄(にい)さまに当たる人だから粗相のないようにしないとって緊張していたのと同じく、殿下もまた私を既に義妹として見てくださっていると。光栄なことではあるけれど、えっと、私なにかやらかさないかしら……大丈夫よね……?

 にこ〜っと微笑みを顔に貼り付けて誤魔化していると、殿下もまたその柔和な笑みのまま穏やかに話を続けた。


「そう身構えずに。弟の扱いなど色々耳寄りな情報を渡しておこう。きっと役立つ」

「ヴァル! まさかとは思うけど余計なことは言わないよね!?」


 次に目を丸くして慌てたのはリュカである。そんな匂わせ方をされたらそうなるのも当然だろう。私の中でここひと月で知った人たちの相関図がどんどん更新されていく。なるほど、さしものリュカも兄には勝てないというか、ヴァルサス殿下が圧倒的に食えない人物というか。


 ……リュカと本当に似ていると思う。うん。これは双子だわ。


 あるいはこれが王室の人間の性質だとしたらどうだろう。義両親への挨拶がさらに憂鬱になるだけではなく、愛らしいと城下で評判のマルク殿下でさえ何か疑いの目で見てしまいそうなので考えるのをやめた。流石にその「天使」が養殖だとは思いたくない。


「どうだろうか、アネット。庭の花を愛でながら談笑というのは?」

「……()()……ですか」

「そうだ」


 目の前のリュカがわざとらしく足を組み直した。その眉間には深い皺が刻まれている。不機嫌が態度に出過ぎてやしないだろうか。対するヴァルサス殿下とは同じ顔なのにまるきり違う空気だ。


(つまり、リュカのいないところで話そうって言いたいのね)


 それを本人の前で言うところになんとも性格を感じる。

 リュカの行動範囲は「絵の掛かっているところ」だ。例外としてその絵を外に持ち出してもらえれば移動が可能になる。が、殿下が話題に挙げているのは最初から私との親睦。私への誘いだ。私と殿下だけが庭に出た場合、リュカは私たちを追いかけては来れない。彼が自由に渡れる絵のない庭は、実質的にリュカ立ち入り禁止の場所だ。殿下の許可なしに同行はできないし、ましてや盗み聞きなんて真似もできないようになっている。


「私としては、ぜひとも水入らずで話がしたいのだが」


 念押しでそう付け足された。となると、求めに応じるか応じないかの話になる。ここでリュカを一緒に連れていってもいいかと問えばそれは殿下の求めを蹴ることになってしまう。緊張する気持ちはもちろんあるけれど……これは逃れ得ない戦いなのだと言われている気がした。


「……わかりました。婚約者を一人置いていくことに心苦しさはありますが」

「リュカにはまだ執務があるだろう? かなり突然お邪魔してしまったものだから」

「……」


 そこまで計算か、と思った。

 ここまで堂々と仲間はずれ宣言をされては逆に切り込みにくいのだろう、リュカは何も言わずに黙っていた。私が視線を送ると、勝手にすれば良いと言わんばかりに顎をしゃくるばかり。それから暫し考えるように顎に指をやって話をまとめた。


「そうだね、それなら僕は仕事を終わらせてから迎えに行くよ」

「ミスがあるといけない。しっかり納得がいくように作業を終わらせてからおいで、リュカ」


 回りくどい会話ではあるけれど、要するに「リュカにはなるべく長く席を外していてほしい」というヴァルサス殿下と「早急に口実を見つけて合流したい」というリュカの攻防戦である。もちろんどちらも一歩も譲る気がない。


 これが、リュカが「苦手」とはっきり言い切った人物というわけだ。


「では行こうか」


 すっと殿下が立ち上がる。名実ともにここはリュカの屋敷のはずだけれど、彼の物だと言わんばかりの慣れた様子だった。少し、それが引っかかる。

 私は促されるまま応接間を彼の後に続いて出ようとして、未だ中の肖像画に残るリュカを振り返った。ソファに腰掛けたままちらりと顔半分だけを私に向けたリュカが、ぼそりと呟く。


「……アネット。ヴァルに何か妙なこと言われても話半分で一旦持ち帰るんだよ。その場に流されて何か判断を下しちゃいけない」


 わかった、とか、気をつける、とか。返事をする前に廊下からヴァルサス殿下の催促が聞こえて、私は頷きかけたような中途半端な動作を残して今度こそ応接間を出なければならなかった。

 屋敷のほかの皆は王太子殿下の威光に萎縮してしまっている。

 だからやはりここから始まるのは、私ひとりの戦いになるようだった。




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