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王太子殿下の秘密(後編)

 応接間に入って十数分。私はほぼほぼ完全に空気と化していた。あるいは石像。

 挨拶には成功した。自己紹介も済ませた。問題はそこからである。


 気まずいポイントその1。部屋の構造上なぜか私が王太子殿下の隣に座ることになっている。

 これはリュカの座るソファが文字通り「絵の中」にあるせいだ。私は座れない。これまではリュカ対客人のやりとりだったからこれでよかったんだろうけれど、ここで私が同席することになったからさあ大変というわけである。殿下もリュカもそれで構わないと笑っていたけれど私は気が気じゃない。


 気まずいポイントその2。兄弟のやりとりで会話に入りづらい。

 リュカの態度からなんとなく察しはついていたけれど、二人は相当仲が良さそうだった。世間話から始まる会話が途切れないので入りようもないのである。


 気まずいポイントその3。


 それは、殿下の容姿が──リュカに、あまりにもそっくりだったことだ。




(兄弟って言ってもふつうここまで似る?)


 ちらりと、相手に気づかれない範囲で殿下の姿を伺う。何度考えてもそれは「絵の外に出たリュカ」という感じだった。日に焼けた肌や少しリュカより長い髪といった微妙な差はあるけど、それすら微妙な差と思えてしまうぐらいには二人は似ている。

 多分私は先に彼を見ていたら、リュカとの初対面の時に王太子殿下の肖像画と思って疑わなかっただろう。

 ヴァルサス殿下。第一王子、リュカの一つ上の19歳。文武両道、社交性も高く、次期国王としての素質は申し分ないと言われる正真正銘の雲上人だ。ここに来た目的といい、謎が多すぎた。


「……アネット、どうかした?」


 リュカの声が聞こえてはっと我に返る。殿下までもが私の顔を覗き込んでいた。考え事をしていたら、ずいぶん難しい顔をしていたらしい。

 なんでもないとぶんぶん首を振ったけれど、追求の視線はそらされない。気まずいどころかこのまま胃に穴が空いてしまいそうだ。最終的に、観念して私は考えていたことを白状した。


「お話の邪魔をして申し訳ありません。お二人があまりに似ていらしたので」

「ああ、なるほど」


 ぽんとリュカは手を打ち、ヴァルサス殿下はうんうんと意味ありげに頷いた。え? 何? 何かあるの?


「似てて当たり前だよ。僕たちは双子だからね」

「え、はいぃ!?」


 思わず大きな声を上げてしまって慌てて私は口を手で覆う。おほほ、と不自然きわまりない苦笑いを添えながら。

 本当に、リュカはそういう大事なことをいつもしれっと言うのをどうにかしてほしい。私の知っているリュカと殿下の関係は一つ違いの兄弟だ。それが? 双子?


「僕の年齢、公式には一つ下になってるって、そういえばアネットに言ってなかったっけ」

「聞いてない」

「忘れてたよ、ごめん」

「リュカ……」


 相も変わらず飄々と体を揺らしているリュカをじっとり見ていると、隣の殿下が吹き出した。ぎょっとしてそちらを見ると、こらえきれないというように彼はくつくつ笑っている。


「ふふ、早速弟が苦労をかけているようじゃないか」

「あ、いえ……」


 しゃ、喋ってしまった。今だけものすごく人馴れしてない人間になった気分だ。なんてったって相手は雲上人である。何から何まで謎の存在だったリュカと違ってわかりやすく緊張するといいますか。


「私と弟の場合は元々事情が複雑でね。国王の最初の子供が双子となると色々ややこしくなるだろう?」


 柔和な笑みを隣から私に向ける王太子殿下。近い。これで緊張するなという方が無理な話だ。

 それでも答えないわけにはいかないので、私は声を絞り出した。


「継承順位とか……ですか?」

「その通り。この国では仮に先に生まれ出た方を兄と定めているが、それを確認したのは母の出産に立ち会ったわずかな者たちだけ。おまけに口伝でしかない。もしも弟がその正確性を疑うよう主張してきたなら簡単に私の立場は揺らいでしまう」

「……僕は国王とかそういうのはヴァルの方が向いてると思うからまったく異論はないんだけどね」


 リュカがため息混じりに言って、殿下の言葉を補足した。


「とにかく、それで年子の兄弟ってことになったんだ。一歳くらいなら偽ってもたいして違和感ないだろうって。ヴァルは立場を揺るぎないものにできる、僕は政争に巻き込まれないで済む。どちらも損はしない。それでも容姿が似すぎてるって言われると面倒だし、僕は昔からそもそもあんまり表に出なかったんだけど」

「それじゃあ絵の件以前のリュカの情報もあまりなかったのって……」

「そのせいだね。結果末弟(マルク)の方が僕らよりよほど親しまれてるみたいだ。難しいね」


 難しいねで済ませられる問題じゃない気がするものの、この兄弟の中ではとうの昔に決着がついた話のようだった。それなら私はむやみに口を出せない。


(もう並大抵のことじゃ驚かないと思ってたけど……つつけばつつくほどとんでもないものが隠れてそうだわ、この話)


 父はどこまで話を知った上で縁談を了承したんだろう。知った上でも深く考えずに丸投げしてもおかしくないのがあの人だ。許されるならそのうち近況報告も兼ねて実家に手紙を書こうかと考えているけれど、事と次第によってはまた一度やり合わないといけないのかもしれなかった。


「で、話を戻すけど。ヴァルは何しにきたの? 遊びに来たってタイミングじゃないよね」


 私が入れずにいた世間話は、本題に至るための前置き。リュカは私にも注意して聞いておくようにと言いたげな視線を向けてから、ヴァルサス殿下に問う。

 ただ弟が兄に向けるよりも近しいような、踏み込んだようなその距離感は双子ならではなのか気になった。親愛というよりはどこか警戒するような態度みたいに見えたのだ。彼の声はいつも通りのようでいて、少し低く感じたから。

 しかしそれにも動じた様子は見せず、殿下は相変わらず穏やかに微笑していた。


「何、最近神学の勉強を一通り終えてね。王立学院の卒業資格に加えて神官職の資格も得ることができた。資格と言っても本当に取っただけのひよっこだが——」

「それはおめでとう。微妙に嫌な予感がするよ」

「何が嫌な予感なものか。可愛い弟が絵の中にいても誓いを立てられるよう勉強してきたというのに」


 さらりと飛び出した報告に私は目を剥きそうになった。才子とは聞いていたけれど、いくらなんでも。まったくの別ものである王立学院と神学校の内容を両方修了するなんてなかなかできることではない。

 けれど本当に驚くべき内容はその後に続いた。


「今日は前倒しで結婚の誓いを聞きに来た。もちろんお披露目や何やらは後回しになるが、ひとまず二人の結婚を揺るぎないものにしよう。喜ばしいことだろう?」


 にこり、というよりは、にんまり。

 流石はリュカの兄と言いたくなるような食えない態度で、王太子殿下は彼の中では決定事項なのだろう提案をもたらした。



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