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閑話 はじめての贈り物

 森での出来事から数日、念には念を入れて数日大人しくしていた方が良いと(一応の)療養をすることになった私は屋敷の中でびっくりするほど平和な時間を過ごしていた。やっぱり最初が濃すぎた。


 大小様々な絵が並ぶ廊下、荘厳な応接間。嫌いではないけれど、私がこの屋敷に来て一番気に入ったのは外だった。

 門から屋敷までの大庭園、そして屋敷の中庭。そこには秋にも関わらずたくさんの花が咲き乱れている。


「……様々な時期に咲く花、季節によって色づく木……飽きないように色々組み合わせて植えているんだ」

「それって貴方が選んだの?」

「半々かな」


 腕に抱いた額縁を見下ろしながら問いかけると、自分の胸のあたりから答えが返ってきた。絵の中の婚約者との散策は、どうにも奇妙な気持ちになる。


「来たときからあったものが半分。新しく植えて貰ったのが半分。アネットが退屈しないようにね」

「え、私?」

「僕の妻になれる人は他にいないって言ったのは君じゃないか」

「微妙に言い回しが違うようでいて意味も変わってるわよ」

 

 そんな熱烈な告白をした覚えはない。……近いものはしたかもしれないけど。

 

(まったく、この人と来たら……)

 

 でも段々慣れてきた。ため息で済ませようとして、私はふと違和感をおぼえる。庭園の整備が私のためと言うのは、少しおかしくはないだろうか。

 

 中庭の花たちを見回す。背の低い鑑賞用の木も十分に剪定され、手入れの行き届いた庭園。ここで働く人たちの仕事の賜物だ。ただ、別にこれといって新品という感じもしない。私が来ることが決まってから整備したとはとても思えなかった。

 

「……いつぐらいから私の名前が挙がってたの?」

「最初」

 

 ほとんど悩まずにリュカは答えた。最初。一語だけの回答。どうにでも取ることのできる意地の悪い答えだ。

 それだけだったから、彼はこの話題にあまり乗らないような気がしてしまった。でもあっさり諦めるのも一合で負けた気がして嫌だ。

 

「質問を変えることにする。この話はいつから準備されてたの? 確かマルク様の婚約が理由とは聞いたけれど」

 

 リュカの弟王子の縁談の都合で話を急いだ。納得いく理由だ。でもそれがいつの話かまでは聞いていない。

 

「……アネット、何を怪しんでるの?」

「私にまだ何か隠し事してない?」

「してないよ」

「わかった、じゃあ何か言っていないことは?」

「同じじゃないかい?」

 

 違うわ、と私は首を振った。隠しているとまでは言わないまでも、「そこまで詳しくは聞かれていないから」と言っていないことがありそうだ。リュカに関しては。

 

「心配せずとも君に害が及ぶような企みはないよ」

「……」

 

 本当に言う気がないのね、と呆れた。

 リュカははぐらかすのがどうやら上手い。ここに初めてきたときはレクバートさんの意味ありげな笑みやら確信犯やらが恨めしかったものだけれど、リュカはそれ以上に曲者そうで困る。


 こういうと自惚れ屋みたいだけれど、リュカが私に危害を加えるつもりは無さそうだと思っていた。嫁ぎ先が犯罪者とかじゃないだけ私は神に感謝すべきだろう。リュカは少なくとも、私の敵ではない。

 森で色々あって帰ってきたあとの彼の様子を思い出した。あれが演技とは思いがたい。

 

「仕方ないわね、追及はひとまずやめる。でももし後々問題が発生したら怒るからそのつもりで」

「ふふ、怖いなあ」

 

 怖いなんてちらとも思っていなさそうな声。なんとなく腹が立って、私は抱えていた額縁をむんずと掴み直した。

 

「アネット?」

 

 向き合うときょとんとした紫の瞳と視線が重なる。それを私は黙って上下に振った。

 

「うわああああ、ちょ、視界が揺れる。揺れるって、やめてアネット」

「窓とか言ってたけど揺れは伝わるのね」

「酔う、これ絶対酔うから!」

 

 何度か振って勘弁してあげることにする。わあわあ悲鳴を上げていたリュカはがっくりとうなだれて、「不敬じゃないかなこれ……」とぼやいていた。うっ、確かに。でも不思議とここに来たばかりのときより怖くない。


「訴える?」

「訴えないけどさ……わかったわかった、ちゃんと肝に銘じておくよ」


 今度はさっきより信用できそうな態度だった。まだ微妙に適当さを感じるけど、さっきよりはいい。

 それから彼は申し訳なさそうに少し声のトーンを落として、絵の中から私の足元を指した。


「あのさ、お詫び……になるのかわからないけど、好きな花を持って帰っていいよ」

「好きな花? 手折っていいってこと?」

「そう。棘のあるものは抜いてもらってるから、心配しないでいいよ。あとでメリルに花瓶を用意させよう」

「……なら有難く……」


 額縁を落とさないようにしっかり抱えながら、近くにあった秋薔薇の一本を手折る。小ぶりな紅い花のついた一本。


「アネットの髪みたいだね」

「まさか。ここまで明るくないわ」


 赤毛っぽいとはいえ、薔薇に例えられるほどではない。けれどリュカは首を振った。


「陽に当たるとそう見える」

「……絵の中にいるから見え方が違うんじゃないかしら」

「そんなことないよ。とても綺麗だ。本当は僕自身が手折って君に贈れたらよかったんだけどね」


 リュカは心底残念そうに言った。……ああ、確かに。

 彼は絵の外のものには触れられない。絵に描かれたものには触れられても、外の本物には何一つ。


「この庭園も本当は初めてまともに見た。普段はなかなか出られないから」

「出られない?」

「ほら、庭園には絵が掛けられないだろう?」


 だから屋敷の中のようにはいかない、と彼は寂しそうに言った。

 私はそれが、妙に印象に残ってしまった。




 * * *




 その夜、私は夕食のあと早々に部屋に戻っていた。

 ちゃんと療養という大義名分があるので大丈夫。怠慢でも引きこもりでもない。それにこの部屋、もともと引きこもれるような環境じゃないし。


「アネット、何してるの?」


 ほら来た。

 リュカの声がして、彼はすっかり慣れたように私の部屋の壁に掛けられた絵を伝ってこちらへ歩いてくる。それは見越していたから、私はレクバートさんに用意してもらったものを彼には見えないように向けて立てていた。


「イーゼルとキャンバス……? 君って絵も描くの?」

「そうね、趣味に入るかも。実家にいるときは息抜きにスケッチしたりしてたの」

「ふうん……」


 上手いかどうかは自分じゃなんとも言えないけど、慣れてはいる。色々と実家でやらされた淑女教育の中で、一番自分に合っていたのが美術だった。

 用意してもらってすぐに取り掛かったから、もう描き終わるところだ。今回は題材がシンプルだったということもある。

 最後の一筆を入れて、私はキャンバスを彼に向けて裏返した。


 今日持ち帰ってきた薔薇の絵を。


「こうしたらリュカにも物が渡せるんだったかしら?」

「え……っと、その絵、僕に……?」

「そう。あ、下手だって言うのは無しだからね」

「いや、上手いよ。ちゃんとした教師をつけて勉強したらさらに上手くなると思うし……それにしてもアネットにそんな特技があったなんて……」


 意外だって言いたいらしい。そう言わせるぐらいには見られる絵が描けてるのかしら、なんてほっとする気持ちもある。自分から見ても悪くはないと思うけど、やっぱり緊張はするのだ。

 

「ありがとう。この体になってプレゼントを貰うのは初めてだ」

 

 リュカが言って、今の今までいた絵画からするっと消えた。そして、今度は私の描いたキャンバスの上に。少し位置が低いから屈むようにして、彼は絵の中の薔薇を手に取る。

 ……何か変な気分だ。自分の描いた絵の中にリュカがいる。

 

「これって、私の絵だから貴方も私の筆致になるってことなの?」

「ん?」

「なんだか私が描いたみたいに見えるから。描いてないけど、もし描いたらこうなるのかしらって感じがする」


 思えば普段絵を渡り歩く時もそんな感じだ。これまでは他の人の絵だから大して気にしていなかったけれど、自分の絵だとなんだか……奇妙に思えてしまう。

 全て魔法が可能にしたこと。それはまだ私の知らない領域だ。そしておそらくは、リュカも他の誰も知らないことはまだまだたくさんある。


「……じゃあここに今私がリュカを描き加えたら……」

「怖いこと言いださないでアネット」


 実験してみたくなって呟いたら止められた。絵筆を持ち直そうかと思っていたけれど、ひとまず腕を下ろす。まあ、確かにリュカからしてみたらドッペルゲンガーを生成されるようなものかもしれないけど。


「でも多分きっと絵よ。絵の中の鳥は飛ばないってリュカが言ったんでしょう?」


 やっぱり絵筆を手に取った。それに気づいたリュカが焦ったような声を上げる。


「アネット! もし万が一があったらどうする?」

「……リュカが増えるってこと?」

「それは……いや増えないだろうけど、とにかく、僕の絵は禁止! 禁止だからね?」


 どこか青ざめて慌てる彼にくすりと笑ってしまった私も、数秒置いて「もしもリュカが増えたら、それは誰なのか」という恐ろしい問題にぶつかることに気がついてしまって指先が冷えた。


 そんな、何事もない日の出来事。




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