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「……何の話? アネット」

 

 考えをまとめるまでもなくぽろっとこぼした呟きを耳聡く拾って、リュカはぴくりと片眉を上げた。


「私が森で見た知らない女の子。あ……でも夢だったみたいだけど」


 言葉で確認すると何とも言えない気持ちになる。あの森で途中から夢を見ていた私たちは、実際のところ奇妙な馬車から降りてきた人たちに襲われたわけでもなければ道を外れて迷子になっていたわけでもない。


 私とメリルが見ていた夢は概ね同じようで、途中の会話や出来事についてはすり合わせができている。けれど一つ違う点が、その終わり方だった。


(メリルはあの強盗っぽい人たちに襲われかけた時点で目が覚めたって言ってたのよね……)


 彼女の方が実際気絶から覚めるのが早かった。なら、単純にそのせいで私の見ていた映像が長かった? その可能性もあるけれど、あの夢の途切れ方は妙に引っかかっていた。


「夢……君たちが倒れている間に見たっていう幻覚のことだね。それがエレーヌだって?」

「うん、多分。黒髪ってことに多大な偏見は含めてるけど……でも大きな特徴よね?」

「そう多い特徴ではないね。一応あとでもう一度似姿を持って来させよう。それで確認してくれるかい?」

「もちろん」


 リュカを絵画の中に閉じ込めた犯人としてもっとも疑わしい少女、エレーヌ。その特徴を見せてもらったとき、一番初めに目を引いたのは黒髪だった。思えばどうして目覚めてすぐに気にしなかったのだろう。もっと早く冷静になるべきだった。


「レクバートさんに"馬車"と"女の子"を見てないかとは聞いたわ。すぐに私たちしかいなかったって言われちゃったから詳しくは話さずじまいでいるんだけど——これって、言うべき?」

「……」


 あくまで夢の話だ。普段夜見る夢のように、見せられたあのエレーヌの姿の記憶が単に形を結んで出てきただけと言われてしまえばそれまで。

 けれどリュカは少し考えて、「うん」と頷いた。


「僕の方で一度預かろう。元々手がかりもそう多いわけじゃないんだ、検討してみる価値はある」

「……あの、改めて聞くけど……エレーヌの捜索って今どうなってるの?」

「あまり良くはないね」


 険しい顔をするでもなく、あまりにもあっけらかんと彼が言うので私は面食らった。


「ちょっと、良くはないって……そんなあっさり言う内容でもないでしょう」

「ほとんど行き詰まった状態で時間が経ってるんだから、今更取り乱しもしないよ」


 額縁の中でリュカは緩く首を振った。自分のことなのにそれはどうなの? と言おうと思ったけれど、身内になったばかりでまだ表面の事情を浚っただけの私があれこれ文句をつけるのも良くない気がして口を噤むことにした。私が逆の立場なら苛立ってしまいそうだから。


 でも、今は限りなく外野に近い立場でも——いつまでも外野でいたいとは思わない。


(……余所者扱いも、客人扱いもごめんだわ)


 視線を落として、私は考え込んだ。


 何だってこんなに濃い二日間を送らなくてはならなくなったんだろう。まだリュカと出会って本当に二日なのだ。その間に放り込まれた情報があまりにも多すぎるから戸惑ってしまう。その代わりそのおかげで彼の人となりは何となくわかってきたけど……。


「アネット。……でも君のおかげで一つ進んだ」

「へ?」


 顔を上げると、額縁に頬杖をついたリュカが穏やかに微笑んでいた。


「少なくともあの森に魔法らしきものが関与している。君の言うエレーヌの影も幻覚と切り捨てるには早いかもしれないよ」

「……リュカは私の話を信じるの?」


 私に嘘をつくメリットは特にない。信用云々の問題でもないけれど、この件は私の勘違いという可能性もあるのに。

 リュカはさらに笑みを深めた。


「信じるのも何も、アネットが言ったんじゃないか。僕はアネットの言うことなら何でも信じるよ。たとえそれが僕を陥れる目的で放たれたものだとしてもね」

「それはどうかと思うわ……」


 一気に話が薄っぺらくなった。なんかその笑顔も胡散臭く見えてきたんだけど。よくもまあつらつらとそんな台詞が出てくるというか、考えつくというか。

 とはいえ、信じてくれることには変わりない。……ちゃんとはっきりした理由に基づいて。


「関与しているって言い切れる証拠は何? 何か繋がったから信じることにしたんでしょう?」

「ちょっと。そこは『そんなに私を愛してくれているのね!』って喜ぶところじゃない?」

「……。……私がそういう女に見えます?」

「ごめん、距離おかないで」


 肝心なところで茶化さないで欲しい。少し身を仰け反らせて眉を寄せると、彼は即座に頭を下げた。平面のキャンバスに金色のつむじが映る。

 それから半分顔を上げて、俯き加減に彼は説明を始めた。


「ええと……あの森でここまでのことが起こったのは初めてだって言っただろう?」


 言いましたね、うん。私は頷く。嫌な一号を獲得してしまったという話だった。


「つまりこれまでは偶然だとか、環境……天候や地形の問題で済ませられてしまう範囲だったんだ」

「何もないのに道に迷うって話が?」

「方向感覚が狂うと言われる地形は他にも存在するからね。方位を示す磁石がきかなくなったり、歩く人が気分を悪くしたりっていう。基本的にそういうところは遭難者が出ないよう国で把握しているし、場合によっては立ち入り禁止にしている。あの森の場合はすでに使われている道の通った場所だから、無視できないほど報告が相次がない限りは今のままで粘るべきだと考えていたけど……」


 リュカの言わんとすることはわかる。メリルから聞いた通り昔は普通の土地・普通の街道だったなら、あの森は民たちの生活に根ざしたものだ。特に王都方面に繋がる道なんて、安易に通行止めにして別のルートを作るにも色々不便が生じる。第一、壁のように広がる森は多少横に道を逸らしたところで避けられない。


「でも君とメリルに起こった出来事は明らかに不自然。僕の身に起こったこと並みにね」

「並み……?」


 体がキャンバスに収まること以上に不自然なものもないと思うんだけど。それに比べたら幻覚の黒髪の女なんて可愛いものだ。

 

「一つ、夢と現実の境がどこだったかわからない。二つ、君とメリルの夢がほとんど共通しているし、夢の中での会話が成立している。三つ、現実に異常は認められない。……あ、まあ、一応手配するからお医者様にも診てもらってね」


 指で数えながらリュカは理由を挙げた。確かに、何かの影響で幻覚を見たとしても夢が繋がるなんて話はなかなかありえないかもしれない。


「だから君がエレーヌの名前を出したとき、不思議と僕は納得したんだよ。魔法ならありえるってね」

「ねえ……確か一部は魔法の存在を知っているって話だったわよね。リュカは詳しく知っているの? そういうもの?」


 ありえないこと=魔法、とすぐ結びつけてしまうのはちょっと乱暴じゃないだろうか。それともそういう前例があったのかしら。小首を傾げるとリュカはうーんと唸ってから爆弾発言を投下した。


「そうだな、君の身近なところでいうと国防にも役立てられているよ。僕自身は気乗りしないけどね」

「……国防……まさかうちにも関わりあったの!?」

「人智を超えた力が扱えるとなれば真っ先に使われるのはやっぱりその方向だよ。父君もある程度は理解しておられるんじゃないかな」


 それって兄さんも知ってるってことじゃないか。

 なんだかあの父と兄に長らく隠し事をされてきたというのが腑に落ちなくて、私はあとで手紙でも書いてやろうと心に誓った。


「それで」


 軽く咳払いをして、リュカが仕切り直す。私もそれではっと我に返った。


「僕が聞いたことあるのが、幻による撹乱だ。国内で起こるなんて信じがたいけど、国が把握している魔法使いたちに含まれない者……エレーヌか、それ以外に魔法を使えることを隠している人がこの近くにいるとするなら」

「なるほどね……わかったわ。ようやく」


 納得した。ようやく。最初からこうやって解説してくれたら一瞬で済んだ話なんだけど。じとりとした視線を向けるとリュカがぽりぽり頰を掻く。


「……ごめんって」

「次からはまだるっこしいことしないでちゃんと説明してちょうだいね」


 はい、とリュカは項垂れた。獣の耳と尻尾があったら間違いなく下がってると思う。


「アネット……その、こういうことになっちゃったけどさ。ここにいるの怖くなった?」

「……何を言い出すの急に」


 しゅんと力無い声のまま、彼が言う。

 怖い思いをしていないかと言えばそれは間違いだ。昨日は動く肖像画、今日は暗い森の幻覚。明日は何もないことを祈るばかりだけど、どうかわからない。


「嫌になったかな……と思って」

「……」


 どうしてリュカは私との婚約に関してこんなにも自信なさげなのだろう、と時折思う。


 彼は楽観的で、いい加減で、白々しいというか軽々しいというか……読みづらい人だった。昨日の顔合わせではそれに反感もちょっと覚えたし、呆れもしたし、今もそれはどうかと思う。けれどまだ何か奥に隠し持っているような気がしてならないのだ。


 半分ふざけたような明るいリュカをキャンバスの表面の絵の具だとすれば、多分、彼の本心はその奥にある。幾重にも重なって隠されたその下を、私はまだ知らない。それを知らずにこの話を終わりにするのは駄目な気がする。


「……逆に訊くわ。私以外にこの土地の領主の妻が務まる人間、いる?」


 言ってから気づいたけどとんでもない自信家発言だ、これ。


 でも、考えれば考えるほどこの役に適任なのはやっぱり私だったような気がする。少なくとも、「普通のご令嬢」には務まらない。

 私自身もやられっぱなしで終わるのは性に合わないしね。


「良かった」


 リュカが額縁の中で微笑んだ。もう頬杖なんてついてなかったし、変に茶化すような雰囲気もなかった。ただの私と歳の近い男の子が、そこにいた。

 なんて色んな顔を、くるくると私の前で変えて見せてくるんだろうか。平面のキャンバスの中にいてこれなんだから、元に戻ればどうなるのだろう。


 知りたい。

 知るために、私はこの瞬間改めて彼を元に戻す方法を——エレーヌを探すことを決意した。



 

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