もふもふの保育士さん
息抜きに思いついた設定で短編書いてみました。
いつかは長編でやりたいです。
夏帆の一日はまず、洗濯から始まる。
清潔こそ大事だと承知している夏帆は、魔法道具の中から洗濯用の魔法具を取り出し、大きな桶に入った洗濯物の中に魔法具を放り込んだ。
これにより日本で使用していた洗濯機の機能が可能だと分かった時は驚いた。
突然召喚されたこの異界の地では、家電など存在せず魔法具によって生活が整っている。
使い慣れた広い建物の中から声が聞こえてくる。
どうやら同僚達が出勤してきたようだ。
「おはようございます!」
夏帆は、使い慣れたエプロンを身に付けながら同僚に挨拶した。
「おはようカホ」
長い髪を邪魔にならないように纏めた穏やかな笑顔を浮かべる美丈夫な青年の耳には。
とても触り心地が良さそうな豹柄の耳が付いていた。
夏帆は保育士の仕事をしていた。
彼女自身、幼い頃から保育園に預けられており、歳下の子供の世話は楽しかったし、先生である保育士が大好きだったため、高校を卒業と同時に保育士の学校に通い、念願の保育士の仕事に就いた。
とても暖かな職場で夏帆は職場に恵まれたと思っていたが、数年の後、園が閉じることになった。老朽化により建て直しすることになったが、園長が代わることにより、一度全員退職することになったのだ。
そして初めて通った保育園での卒園式を迎えた。夏帆は溢れる涙が止まらなかった。
暫く落ち込んで実家で過ごしていた時は、愛犬や愛猫に癒され、ようやく立ち直ることが出来た。
さて、次の就職を決めなければと就職活動をしようと思っていたところで、何の因果か異世界に飛ばされた。
よくある異世界への召喚といったら、聖女だったりとか、何かの乙女だとかの理由があるだろうが。
転移の理由が、「獣人の保育」だったとは。
夏帆は自身の職がまさしく天職なのかなと自嘲した。
夏帆が召喚された世界は獣人と魔法が存在する世界であり、日本で暮らしていた夏帆としては全てが真新しかった。
家電が無い世界は不便かと思いきや便利な魔法具が存在し、何だったら日本より全然発達していた。転移魔法とか何処ぞのどこでも何とかのように便利で感心してしまった。
その便利な世界に唯一の欠点があり、それが理由で召喚されたという。
獣人の、特に獣の頂点に立つべき種族の保育問題だった。
(獅子は子供を谷底に落とすとか言われるけど、そういうことなのかしら)
子供と動物が大好きな夏帆としては、よく動物の赤児が誕生すると、母親が赤ちゃんを大切にしている姿を見かけて和んでいたけれども、どうやらこの世界では状況が違うらしい。
その辺り、召喚された時、豹の獣人であり保育問題の解決対策に任命されたというダリルから話は聞いた。
獣人の一族は長い戦争の末に女性も戦闘に加わる戦闘民族として長く生きてきたらしい。その中、弱い子供は死に、強い子供だけが生きる風習が根付いてしまったとか。
ネグレクト問題だとしたら放っておけないと思い、まずは自身の経験から保育園を作ってもらい、何でか分からないがダリルを園長として始めて数ヶ月。
正直に言うと、夏帆は物凄くこの職場が好きだ。
(だって、生まれて間もない赤ちゃんの獣人が……可愛すぎて!)
ほわほわした猫。
まだあどけない瞳の狸。
果ては小さいモフモフだらけの兎の赤ちゃん達。
彼らの生態は実に分かりやすく、生後間もなくは獣の姿で現れる。
その後ひと月ほどして人と獣の姿が交互する。
三ヶ月後には一人で走り、子供同士でじゃれ合うという猛スピードの成長。
まるで0歳児から5歳児までを猛スピードで経験するようだった。
そのため、保育園を作ったとしても預かるのは独り立ちできる少年になる約一年の間だけだった。勿論種族によってはさらに早く終わる場合や長引く場合もあるが、大体が一年で卒園する。
そして更に一年後には成人しているのだから不思議である。
夏帆がこの世界に訪れてから一年と少しした時、初めて受け入れた獅子の獣人が高校生ぐらいの成長を見せて訪れてきた時は目を疑った。
獅子の鬣を思わせる長髪に逞しい青年となった園児が、「先生!」と懐いて来た時にはどうしようかと思ったけれども。
無事に成長する姿を見て、これ以上ない喜びが溢れた。
「ダリル先生。今日の保育は五人…? ですね」
「分かりました。種族と年齢は?」
「鳥が二羽…二人で、狼が一人、猫が一匹、じゃなくて一人です」
数え方がついつい間違えてしまう。まとめて人で数えるべきなのか。
都合良いことに、魔法具によって言葉の通訳は自動でされているので問題無い。こればかりは夏帆の意識の問題だった。
「年齢は鳥が五ヶ月、三ヶ月、狼はまだ生まれて間もなくで、猫は十ヶ月ですね。猫はリョウ君です」
「リョウか。なら大丈夫そうですね。私が鳥を見ますので、カホは狼……狼はリディアかな?」
「そうです。リディアちゃんですね」
産まれたばかりの狼の赤児を思い出し、夏帆は頬が緩む。
ダリルがふふ、と微笑んだ。
「本当にカホは赤ちゃんが好きですね。それとも獣人が好きなのかな?」
「どちらもですね。可愛くて仕方ないです」
どの子も皆夏帆を慕ってくれる。産まれたばかりの赤児を世話することも、保育士の頃からいつも癒されていた。ミルクを哺乳瓶から飲ませ寝かしつけるのも、小さな子供達と庭で遊ぶのも。
毎日が充実している夏帆の姿を眩しそうにダリルが見つめていた。
「その愛情を成人した私達にもぜひ与えてくださいね」
ニッコリと微笑むダリルの尾がフリフリと揺れている。
喜んでいる時の仕草が実家の犬猫と似ていて、夏帆は笑った。
「お昼休みに頭を撫でてもいいですか?」
「勿論です」
園長として毎日過ごすダリルに、時々ねだっている触れ合う行為。
赤児達とは違う成長した獣人の毛並みも夏帆が大好きで、こうして触らせてもらえる機会を得ている。
しかし夏帆は知らなかった。
成人した獣人の毛並みに触れる行為が求愛行動の一部であるということを。
そしてその事実を黙ったまま受け入れるダリルは、相当に夏帆に入れ込んでいることも。
扉についた鈴が鳴る。
「来たみたいですね」
夏帆が急ぎ玄関に向かう。
やってきた子供達と、連れてきた家族に向けて笑顔を向ける。
「おはようございます!」
夏帆の保育生活は、毎日挨拶から始まる。