母なる星よ
ブザーが鳴り終わり、シャトルの客室の中の期待が最も高まったその時。
足元にさす加速度により生じた慣性力が、緩やかに消えた。
消えてから初めて気づく。
それは、おそらく、人間が居心地よく感じるため、加速度を一般重力と同じ数値に設定していたからだろう。
シャトルの突進は大気圏衝突のタイミングで勢いが衰え、加速度は重力と相殺し、シャトル客室の中はしばらく無重力の状態になった。
照明が消え、一瞬真っ暗になった客室に、星の光が注ぎこんできた。上も下もないこの無重力の空間で、乗客たちの頭上のほうから煌びやかな星屑の光が差し込んできた。見ると、シャトルの機体が少しずつ透明になり、星空がまるでこの空間に溶け込んだように、優しく乗客たちを包み込んだ。
重力は緩やかに右の方角から感じ、それとは逆の方向から、一つの巨大な円弧が姿を現した。
それは、惑星の夜側のもっとも夜明けに近い地帯。わずかな光を帯びたその物体は、緩やかな曲線を描くと同時に、真空の宇宙にえぐるように、否応無く万物を引きつける重力でその存在感を示した。
まだ夜明け前の星は、漆黒で虚無な宇宙を背景に、黒曜石がの如く輝きをまとい、ところどころに橙色と水色の光が点滅していた。それは惑星表面に点在する町と、雷雲の中に発生した雷と、そして何かの拍子で灯した「海の星」だった。
時間を加速させるようにして西あら東へ、大気圏を掠る角度で、軌道間シャトルは地表へと接近して行く。
惑星ベーランドは、最初は縁に僅かな光の円弧を帯びる巨大な物体のように見えたが、すぐさま朝の境界線が訪れ、右側から日差しが差し込み、橙色と僅かな深藍が少しずつ白み、やがては琥珀色の地平線へと化す。シャトルが完全に惑星の昼側に突入すると、惑星はまた、透き通った琥珀へと姿を変えた。
オレンジと茶、そして山吹。全体に明るく暖かい色をしたこの星はまるで、雲の白と森の緑をあしらった、丹念に磨かれた宝石のようだった。
しかし、この壮大な景色にひきかえ、軌道間シャトルを利用した、高軌道衛星都市から下町への、気の遠くなるようなこの超遠距離飛行の旅の着陸は思いのほかあっけなかった。
重力や遠心力、そして加速度は、人間の体に負担をかけないように緻密に計算された結果、あまりにも居心地の良いシャトルの中で飛ぶという実感すらできずにサイレンの航空港についてしまった。
「もう着いたの?」
誰かが発したこの一言は、客室に居る乗客全員の心境を物語っていた。