4人目『空に恋した小鳥』
これは連載予定小説「ソラヒメ」関連の二人のお話です。死にネタです。ご注意ください。
「雨が、止まなければいいのにな。そしたら君はずっとここにいるだろう?」
毎日必ずやってくる闇と、何日も降り続ける雨で閉ざされた世界で、彼が私に言った。
外は夜で大雨で、暴風。今日の飛行も中止で、私は彼の言葉が世界を縛っているような気さえした。
だって、私が前線に出ることが決まってから彼は、ずっとそう言い、世界はこの大地に雨を降らせる。
「そうね。晴れなければ飛行機は飛ばせないわ。今、この世界はまるであなたの言いなりね」
「僕も驚いているよ。世界は今、僕に味方している」
彼は本当に嬉しそうに言う。でも、私の求める物を彼は持ち合わせていないし、彼の求める物も、私は持ち合わせていない。
元々、私たちは結ばれる関係では無かったのだ。今はよくわかる。
「でもね、覚えておいて」
私は窓に目を向けたまま、彼に向き合わずに続ける。
「私は鳥だから、飛び続けていないと死んじゃうの。いつまでも私を地上に縛ることは出来ないわ」
私の言葉に空気が僅かに笑いの波紋に震える。
「それを言うなら僕は鳥籠だから。逃げる小鳥を追いかける狩人だから」
彼は両腕を伸ばし、私を囲むように馬鹿みたいに大きな窓に手のひらをつける。
「僕からは逃げられないんだよ。ずっと追いかけるし、捕まえたら僕は二度と君を飛翔かせはしない」
彼の血管の浮いた逞しい腕は今、私の足枷となっている。
もし私が鳥でなければ、ただの女の子であればその腕はとても心地よいだろう。自分を守ってくれる優しく強い腕、とだけ認識するだろう。
でも、空を飛ぶ鳥たる私は知っている。優しく逞しい腕の代償は、自分の自由。
自分の自由を彼に差し出して自分を守ってもらうこと。だから自由に飛び続ける私にとってこの腕は足枷でしかない。
ああ。あの灰色の雲を突き抜けたらそこには地上では見ることの叶わないくらいに近い大空が見られるのだろう。
私は空に恋をした。だから、あなたの腕は取れないの。どうか、理解って。
「僕はね、もう、その用意は出来ているんだ」
彼の声がやや冷淡に聞こえる。突き出された腕がずるずると下へ下がっていく。
「君が、誰の目にも触れることなく僕だけの鳥で居てもらう為の用意はこの手の中に」
刹那辺りにばちん、と大きな音がして、その音が私の耳に入って、何の音か理解する前に−−−−
「っはぁっ・・・!」
私の足が崩れ落ちた。自分で立てなくなっていた。
痛い。
そして私は理解する。彼に、足の腱をを切られたことに。
地面に崩れる前に彼は私を抱き留めて、抱き上げた。
「これで、君は僕だけの小鳥。ずっと僕のそばにいて。死ぬまで大切にする」
まるで、子供の約束みたいな言葉を発した彼を私は睨んだ。この目は痛みに涙が滲んでいる。
「私は鳥だから、飛び続けていなくちゃ死んじゃうの」
私はさっきと同じことをもう一度言う。
「いつまでも私をこの世界に縛ることは出来ないわ」
私は笑って懐の拳銃を取り出した。安全装置は解除されている。
「じゃあね」
私は銃口を左胸に当てて。
ぱん、と乾いた音を聞いた。