私とワタシ
もうすぐハロウィンですね。今作はそれに絡めて作りました。
始まりはほんの小さな違和感だった。
私はある日、自分の身体に違和感を感じた。私にとっても小さな変化だ。周囲の人間がそれに気付くことはないだろう。
不安になった私は家に帰り風呂場で自身の身体を鏡に写す。
なんてことはない普段通りの私がそこにはいた。私は安堵し、『きっと疲れてるんだろう』とそう結論づけその日はすぐに寝ることにした。
朝になった。昨日のことなどすっかり忘れ日常を送る。案の定周囲の人間から何か言われることもなく、『私の気のせい』で済ませることにした。
しかし、今はまだ小さなナニカは周囲からは分からずとも着実に私を蝕んでいた−−。
最近奇妙な事がある。気が付くと手が汚れているのだ。最初は『おかしいな? 』と思うだけだった。しかし、日に日にその頻度は増していく。
『流石におかしい 』そう思いはじめたある日の事だ。私がお腹が空いてキッチンに行くと視界に"タベモノ"が映った。その瞬間私の中で何かが変わり、私の身体を獣のようなナニカが満たす。
『(やめて! )』
私はそう心の中で叫んだ。それでもナニカは止まらなかった。ふと気が付くと私の手は汚れていた。
私は怖くなりその場から逃げ出した。私の中には私じゃないナニカが存在している。普段は大人しくしているが、きっかけを与えると私から身体の主導権を奪ってしまう。
そいつが奇妙な事件の犯人だった。
それからしばらくして変化は外見にも現れ始めた。今までの「私」と今の「ワタシ」は明らかに違う。鏡を見るのが怖くなった。
どうやら周囲もワタシの変化に気付いたようだ。『あれ?なんか変わったね? 』とか『雰囲気変わったね? 』とか遠回しに言ってくる。はっきり言えばいいのに。
わかっている。わかっているんだ。友人は決して悪くない。ワタシを気にかけて言ってくれている。だから今のままじゃいけない。でもワタシじゃ止められないんだ。
結局ワタシは病院に行くことにした。ワタシにはナニカを抑えることはできない。最近では身体の主導権を奪われることが日に何度もある。だから他人を頼ることにしたのだ。
朝になった。昨日は散々だった。医者にいくら説明しても『そんなに心配するようなことではない』と言う。一応話を聞いてはくれるが、目の奥に嘲笑の色が見える。問題ないなんてそんなはずはあるもんか。ワタシがこんなに苦しんでいるのに⋯⋯。
『どうすればいいんだろう』
部屋でそう一人呟くが、応えてくれる者はいなかった。
しばらく大学へ行かない日々が続いた。正確には行かないではなく行けないだが。他人の視線が怖くなったのだ。明らかに今のワタシは化け物だ。外に出ればたちまち好奇の目にさらされるだろう。
ワタシの身体はもはや私の物じゃない。体が重く、動きたくない。それでも常に飢えている。
ワタシが“タベモノ“を貪る姿はまさに獣のそれだ。『ワタシ』がますます『私』から離れていく。
朝になった。ワタシは自分の手を見る。もはや人間の手じゃない。それは手というにはあまりに分厚くあまりに醜かった。
携帯が振動する。どうやら友人からのラインだ。こんなワタシを心配してくれているようだ。
『はあ⋯⋯』
自分が嫌になり、ワタシはベッドに倒れこむ。ベッドが重さに耐え切れず苦しそうに悲鳴を上げた。ふと天井を見上げると煌々とした照明が目に入る。ワタシは思わず腕で目を覆い隠した。
『嫌だなあ⋯⋯』
ワタシの胸をナニカが満たす。黒い靄のようでいて、確かに重いそれは喉を通り目から溢れ出した。ワタシの中で膨らみ過ぎたナニカは、止まることなく私の目から流れ続けたーー。
目が覚めるとあたりは暗かった。どうやら泣き疲れて寝てしまったらしい。あんなにひどかった飢えが今では鳴りを潜め、頭と身体も不思議とスッキリしていた。
私は⋯⋯変わらなくちゃいけない。本当に変わりたいのなら現状から目をそらし続けてはいけない。
心に余裕のできた今ならわかる。ナニカの正体はただの“食欲”だった。誰の中にもそれは存在しているそれはずっと私の中にいた。
それに医者が言っていた言葉も今なら理解できる。
私はそう、『内臓脂肪症候群』。要するに肥満なのだ。
本作を読んでいただきありがとうございます。皆さんもお菓子の食べ過ぎには気をつけましょう。
当初の予定ではゆるいコメディ作るはずだったんですが、不思議なこともあるものですね。
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