おはようの遺書
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。
小さいころから、身体を動かすことで不自由したことがなかった。鉄棒も縄跳びも跳び箱も全部、みんなより早く出来たし、みんなが出来るころ、私はすでに上の学年の子の技を身に着けていた。
遊びでする鬼ごっこも同じ。ドッジボールもサッカーも全部だ。中でも一番得意なのが、バスケットボール。
でも、私は本気だけどみんなは遊び。勝てるかじゃなく楽しいかを優先する。だから私が混ざるとつまらなくなると、やがて私は一人にされた。そのあと、田中ひろしくん──海月くんが現れて、彼をフォローするかたちで私は「みんな」の中に復帰したけど、同時に学習したのだ。
ただ何かを頑張るだけじゃダメで、いわゆる「協調性」とか「気に入られる態度」「気に入られる行動」を取らないと、許されないことに。
褒められたら謙遜しないと調子に乗ってると言われるし、謙遜しすぎてもわざとらしいと怒られる。挙句の果てに私は女の子、老若男女問わず適宜TPOに即した態度をとってないと「可愛いから調子に乗ってる」「ブスのくせに」「可愛いのに勿体ない」「見目に必死」と冷笑がつくのだ。どっちにすればいいのか分からない。いい加減にしてほしいと叩きつけたくなるけど、そうしたら今度は「バスケが上手いからってそんなにえらいのか」「オリンピックの選手にでもなったつもりか」「特別気取り」と批判される。
でも知ってる。
バスケが上手くてもえらくないし、私はオリンピックに行ける──バスケで明るい将来を描けるなんて持ってないことに。
楽しいで何かを続けていいのは小学生まで。
楽しいからで夢を見ても、才能がなければただ引き返せない不幸へ堕ちていくだけ。
何となく分かる。新聞で取り上げられて、地区大会で優勝して体育で目立っても、オリンピックの選手には選ばれない。
私の最適解は、この経験を生かして〜という前置きで大学の推薦を狙って、就職活動をすること。それが正しくてかしこい、一番幸せになれる方法。
だからバスケをしながら、去り際を、ずっと考えていた。
シュートを何本打っても、得点に繋がらなければ意味がない。シュートを20本打って入らなければ、その分味方のチャンスを無駄にした人になるだけだ。頑張って当たり前で、頑張ってることを褒めてくれる人はいない。
私の人権が保障されるのは結果を出してるときだけ。
バスケがなければ誰にも好きになってもらえない。
でもいつまで続ければいいんだろう。こんなこといつまで続けられるんだろう。
自分で始めたことなのに、ずっとずっと思っていた。
やめるなら早く辞めたほうがいい。普通の女の子として、勉強を頑張ったほうがいい。なのにバッグにしがみ付いてくるバスケットボールやユニフォームを模したフェルトのキーホルダー、手首に絡みつくミサンガがそれを許さない。
『バスケの上手な明日加ちゃん』
『みんなのエース徳川明日加』
『私たちの憧れ』
身勝手な羨望は、成長期の背骨には重すぎた。
小規模の大会を終え、数週間が経った頃、トイレに一人でいるときにかけられた罵倒は、正直、腑に落ちるところがあった。
『お前は絶対に幸せになれない』
私にそう言ったのは、私のいるチームに負け、もうバスケがしたくないと言った子供の母親だった。
『人の夢を壊して楽しいのか』
『対して才能もないくせに調子に乗って』
ヒステリックに叫ぶ大人を前にして、普通は悲しいとか、辛いとか、怖いとか、思うだろう。でも、女だからマシだった。
だって、クラブチームで目立つ選手をしていると、気持ち悪いおじさんのファンがつく。商店街でお店をやっている、いわば近場のなれなれしいおじさんとか、バスケが好き、学生時代バスケをしたから懐かしいとか言って毎試合、高いカメラを片手に女子チームの試合でしか撮影をしないおじさんとか。
あと、監督とかコーチとか。
『エースだってね』
そんな前置詞をセットに、馴れ馴れしく触ってきたり、二人で写真を撮りたいと言ってくる気持ち悪い男は多かった。怖いと言えば「怖がらなくていい」と言われ、「応援してくれてるんだから」と責められる。
逃げ場がない。愛想よくTPOに合った嫌われない処世術を駆使しながら、私は確実に死んでいった。
だから、『お前は絶対に幸せになれない』という言葉に心底同意した。私は絶対に幸せになれない。このまま運が良ければ大学に行き、就職をするだろうけど、今までの経験とそこから作り上げられた私が、おそらく私の幸せの邪魔をするのだ。
私は絶対に幸せになれない。
でも、この人となら幸せになれるかもしれないと、夢を見られる存在がいた。
それが、海月くんだ。
海月くんは、すごく暗い。皆に嫌われない徳川明日加と真逆の人だった。誰とも友達になれるのが徳川明日加なら、誰とも友達になれないのが海月くん。口も重くて、陰鬱で、小さいころからずっと生きづらそうで、不器用な男の子。
私と、どこまでも真逆。周りから見たら、海月くんは弱弱しい人間に見えるかもしれない。でも、取り繕って生きる私よりずっと正直で、自分から苦しい道を選ぶ、特別な子だった。
そんな特別な彼が、私の特別になったのは、忘れもしない、小学校6年生。私は地元の新聞からインタビューを受けることになった。
みんなの為に頑張ってる。みんなの応援が嬉しい。そんなことを書かなければいけない。
おじさんが私を盗撮したり、高性能のカメラで脇や太もものズームをする理由づけにされようと、書かなければいけないのだ。ファンをないがしろにしていると言われるから。
注意書きのマークをつけて、赤い色で彩って、盗撮してくるおじさん以外、なんて書ければいいけど、そんなことをしたところでする人はするし、厄介な子だと私が責められる。
同じチームの女の子の親だって味方じゃない。SNSでは、確かに女の子を守ろうとする人も、悪い人間がいると言う人はいるし、むしろ、攻撃的すぎるくらいに守ろうとしているけれど、現実は違う。
「気のせいかもしれない」
「応援してくれてるんだから」
「誤解かもしれない」
そんな風に、現状維持の耐久戦ばかり強いてくる。自分の娘扱いしながら、雑に扱ってくるのだ。
「これくらいならいいだろう、手はかけてくれるな」と。
それをSNSで訴えても、そんな親いない、女は女を守るはずと疑われる。味方なんかいない。
だから私にできることは、自分の気持ちを伝えるのではなく、適度に誰かを増長させない徳川明日加の模範解答でみんなを騙すこと。
つまり一つ一つ、答えた後の影響を考え精査しなければならず「バスケをどうして続けているか」なんて簡単な質問すら悪戦苦闘する私に、海月くんの一言はまさしく救いだった。
「楽しいからでいいんじゃない?」
彼はいつも、生きてることがこの上なく苦しくて、ずっと悩んでいる顔をしているのに、本当にラフに発したのだ。
好きなようにしていい。私は私の楽しいと思うことをしていい。
赦された気持ちだった。
みんなの望む徳川明日加を演じて、それごと投げ捨てたくなった私を助けてくれた人。
それからずっと、私の特別は彼だ。
私は、海月くんのことが好き。彼のことを知らず、ずっと「ひろし」と別の名前で呼んでいたことだけ後悔しているけど、後の行動は何も後悔していない。
だって、海月くんの本当の名前を知ることが出来たし、もうずっと一緒だから。
それに海月くんを好きになっても関係を壊すことが怖くて告白せず、それでいて彼を高校まで追ったことだって、今思えば想いを告げずにいたことで海月くんから告白してもらえたから、私の選択は正しかった。
調理実習の時、さりげなく海月くんの班のタイマーを切ったことだって、結局誰にもバレなかった。
黒辺くんに見られていた気がしたけど、気のせいだった。
エリちゃんと仲のいい子のSNSを探って、悪いところを見つけて晒そうとしてやめたこと、上の空で私とデートする海月くんが許せなくて、階段から落とそうと考えるだけ考えていたこと、遺書を書いて、夏休み最終日に海月くんを巻き添えにして死のうとしたこと、我慢して、ちゃんと意味があった。
「イルカって肉食なんだよ」
私は囁きながら海月くんを背後から抱きしめる。
イルカは可愛いイメージを持たれているけど、歯はギザギザだし、甲殻類──固い殻を持つ、蟹や海老をばりばりと食べてしまう。大きな魚に飲み込まれてしまう弱いくらげなんて、ひとのみだ。
転生していて、大学生の海月くん。生きていることに向いてないという理由で自殺を選んだ彼は、たぶんこれから先も、この薄い酸素の世界の中で、生きるたびに傷ついてしまうのだろう。
でも、苦しいかもしれないけど、そのままの貴方でいて欲しい。弱くて生きるのが下手で、いっつも苦しんでいる海月くんが、心の底から愛おしいから。
この地獄みたいな世界で、一緒に苦しんでください。
「好きだよ海月くん」
あなたの苦しみを半分ください。
天国とは言えない、この世界で。
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。
二人はこれにて終幕となります。
お疲れ様でした。




