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【コミック⑥発売中】デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した  作者: 稲井田そう
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼に殺される主人公に転生した
83/87

ほんとうの僕



本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。

『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』

KADOKAWA フロースコミック様にて

漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生

コミカライズ2025/08/29日より開始です。




デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。


そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)

RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。




「明日加……どうして、ここに」

 そう言う間に、明日加がサッと身体を動かし包丁を手に取ると僕から距離を取り、その切っ先を自分の首に突きつけた。

「明日加!」

 僕は怒鳴るように声を発し、彼女に近づこうとする。しかし彼女も「死ぬから!」と怒鳴り返してきて、さらにその刃先を自分の首に押し付けた。雨のしずくが窓を伝うように、血が流れる。

「明日加やめて、やめてよ」

「やめてほしいのはこっちだよ! 今何しようとしてたの?」

「それは……」

「死のうとしてたんでしょう!」

「……」

 明日加は自分の首から血を流しながらこちらを真っすぐ射貫く。

「なんで死のうなんてするの……私のこと好きじゃないの?」

「好きだよ」

「ならなんで一人で死のうとするの!? 置いていかないでよ!」

 悲痛な訴えだった。嫌な予感がする。

「ひろしが死ぬなら私も死ぬよ……」

 そしてすぐに、最悪の想像は的中した。

 徳川明日加はデスゲームを前にしても生きることを諦めなかった。そんな彼女が自らの死を受け入れたのは、田中ひろしを守るためだ。

 デスゲームを前にしていない中、彼女が自らの終わりを覚悟する理由はただひとつ、僕が付き合おうなんて言ったからだ。

 彼女の走馬灯を優しいものにしたいなんてヒーローぶって、彼女に中途半端に手を差し伸べた気になっていたからだ。

 そして田中ひろしが手に入ったと認識し、彼女は幸せを知ったのだろう。中身が僕という贋作でもだ。そしてなお、彼女は田中ひろしを求めている。このまま明日デスゲームに突入しても、すでに変わってしまった彼女が漫画の通りに動くことはない。なおかつ、漫画のシナリオを辿り彼女と最終局面を迎えようとしても、きっと彼女は僕が死ぬことを疑いながら行動する。その行動は彼女の生存戦略に確実に影響するだろう。

 ならば、僕は徳川明日加に、現実を伝えなければいけない。彼女の中の田中ひろしは、まがい物だということを。

「駄目だ、僕は、田中ひろしじゃないから」

「え……?」

 頭がおかしくなったと思われても、信じてくれなくてもいい。これから話す僕についてを信じたならば、彼女は僕への気持ちを無くすだろうし、信じられなくても荒唐無稽なことを饒舌に話す男として嫌われる。どちらにせよ、僕の望む結末は手に入る。

「信じられないかもしれないけど、僕は、徳川明日加の好きな田中ひろしじゃない」

「なに言ってるの……?」

「転生もの、流行ってるでしょう? 僕は別の世界で一度死んでる。大学生だった。死因はトラックでの事故じゃなくて、過労死でもなくて、自殺。死んだんだよ。歩道橋から飛び降りた」

「なんで……」

「何も持ってないから。生きてる理由がなかった」

 本当に、何もなかった。生きていていい理由も、全部。

「生きていても、いいことがない。これから先、生きていても苦しいだけの消耗戦の日々だなって思って死ねるうちに死んだ」

 ずっと目をそむけていた。この世界に転生もののコンテンツがあることを。トラック転生やブラック企業に勤め、過労死をしたといった死因はよく見るけど、僕のような人間はあまり見ない。

 自殺をすると地獄行き、なんて聞く。そういうことが起因しているのか、自殺した人間を題材にすると自殺肯定と読めるからかは分からない。

 トラックの事故で死ぬことより、自殺のほうが数はずっと多いのに。

「そして、僕はデスゲーム漫画の主人公に転生した。参加者は、クラス全員。期間は8月29日、30日、31日。最期には黒幕の殺人鬼に殺される。クラスメイト全員、9月を迎えられない」

 明日加は黙ったままだった。まるで、駅のホームで黙ったままだった僕の沈黙を繰り返すみたいだった。

「そして、主人公である僕──田中ひろしを好きな、幼馴染キャラクターの徳川明日加だよ」

 キャラクター、あえて意識して言った。徳川明日加は漫画のキャラクター。

 でも、僕にとって明日加は人だった。好きな女の子。ただ一人。

「君は、物語のなかで、田中ひろしを庇って死ぬ。田中ひろしのことが好きだから。僕は読者として、君に同情をした。だから、君に好きだと言って付き合うことにした。人生すら上手く生きられなかった僕が、デスゲームの黒幕に勝てるわけないし、デスゲーム開催を阻止することも出来ないから、せめて、君が一人で死んだり、走馬灯の中であれがしたかった、これがしたかったと後悔がないように、今まで生きてるつもりだった」

 でも、出来なくなった。明日加が田中ひろしを見ていることが苦しい。好きな人間に好きだと思われてうれしいはずなのに、僕を理解してほしいと思う。

 中学の頃に書こうとした、女性性について書いた僕の小論文。

 僕は色々と調べて臨んでいたつもりだったし、たぶん、教師は題材を悪手としていただけで、僕の文自体を批判する意図はなかったと思う。「勿体ない」「せっかくここが盛り上がりなのに」「ここをこうすれば読み手は盛り上がる」そういう善意のプロデュースが、ことごとく合わなかった。「参考になると思って」「この表現をこの本みたいなイメージで変えていけば良くなると思う」そう言われて渡された本も過去の論文も、1ページ読むのが限度だった。

『すっごくいい! これなら賞も取れる! 完成が楽しみ!』

 小論文が半分ほど出来上がったころ、受験対策の小論文はいつの間にかコンクールに向けたものにすりかわっていたと、教師の大絶賛とともに明らかになった。

 オーダーメイドキメラ。

 小論文ですらない。僕はそんなつもりは無かったと言った。教師は「認識が違いすぎる」と愕然とし、その現場を目撃した学年主任が入ってきて、教師は僕の為を思ってのことであり、理解してほしいと言われた。理解できなかったし、僕を理解してもいない人間から理解を求められることも不愉快で、他者に理解を求めることは醜いことだと、田中ひろしとしての人生で学んだ瞬間だった。

 だから、その一線を越えられない。理解をしてほしいと思えど、そこにハンドルを切れない。

 理解を求めることは醜いから。

 世界で一番醜いことだから。

 ただでさえ、こんな僕だ。こんな僕を理解してくれる存在なんていない。

「だから、君が今死んでほしくないと思ってる田中ひろしは、そもそもこの世界に存在していないんだよ。僕は、僕の意識でたぶん生まれて、今こうして生きてきてしまった。憑依したりじゃない。保育園、幼稚園、小学校、中学校、そして高校と──今、こうして君と話をしている僕は田中ひろしじゃなくて、前の人生の頃、どこまでも暗くて友達も出来ず、何にもなれなかった男子大学生の亡霊みたいなものだ。君が一緒に死ぬ価値のない人間だよ」

 僕は明日加に真実を告げる。

 明日加はずっと僕を見ていた。苦しい。何が理由で苦しいのか分からない。




本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。

『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』

KADOKAWA フロースコミック様にて

漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生

コミカライズ2025/08/29日より開始です。




デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。


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