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【コミック⑥発売中】デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した  作者: 稲井田そう
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼に殺される主人公に転生した
81/87

死刑



本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。

『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』

KADOKAWA フロースコミック様にて

漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生

コミカライズ2025/08/29日より開始です。




デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。


そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)

RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。




 夏休みに入るまで、呆気なかった。

 本格的にデスゲームを阻止しよう、みんなと団結して黒辺誠を打ち倒そう、そんな風に勧善懲悪ができて、敵と味方を分けて考えられたら良かったけれど、この世界はどこまでも現実だった。悪いからと言ってすぐさま罰せられることはないし、いい人間が報われることだってない。

 毎日地道に頑張って礼儀正しく振る舞っても、ちょっと失礼だけど派手な奴のほうが、同じ結果を残したとしても誰かの印象に残り評価されていく、それでいて「個性」「多様性」「みんなに価値がある」なんて上から目線の綺麗ごとをべったりと塗りたくられながら生きていかなきゃいけない、閉塞的な世界。

 物語には起承転結があるけれど、転生者田中ひろしの視点の物語があるとするならば、もはや結末の手前で始まっているようなものだし、ハッピーエンドになんてならない。

 だから、徳川明日加の走馬灯に尽くすことだけ集中し、思い出作りの妨げにならない程度に学校生活を送っていた。

 一度、高校の授業を受けたから、ある程度成績は良くなっているはずではないか。

 そんな期待をしたものの、大学受験や大学の講義は高校の勉強の地続きに見えてそうじゃない。

 英語はまだしも現代文古文数学生物科学に化学と、忘れていた学びは僕を容易く苦しめる。そうして、一度やったことにまた手こずる自分に嫌気がさしながら迎えた夏休み、案外明日加と会うことは少なかった。

 学校が長い休みに入ると、もれなく部活動が盛んになる。徳川明日加の入部しているバスケ部も例にもれず、平日は練習、土日は3年生の思い出優先で行われる大会に、せっせと手伝いとして参加して、忙しい日々を送っていた。

 でも、要所要所、バスケ部の練習や大会が休みになるタイミングで、明日加から誘いのメッセージがあった。

 夏祭り、遊園地、プール、水族館、美術館、図書館、ショッピングモール、行き場所は様々だったけど、することは同じ。明日加がはしゃぎ楽しむ様子を、僕は田中ひろしの皮をかぶって眺める。

 自分に向けられたものではなく、田中ひろしであると意識しながら。

 そうして、デスゲーム開催まで残り3日となった日、明日加から夏休みの宿題の片づけをしたいから、僕の家に来たいとの誘いがあった。

「ぜんぜん変わってないね、ひろしの部屋」

 勉強道具を広げたローテーブルを前にして、僕の隣に座る明日加が、部屋を見渡す。

 田中ひろしの部屋は、漫画だと色々、漫画や小学校のころから使っているような辞書、世界地図ポスターが貼られていたけど、この部屋は殺風景だ。勉強机と椅子は田中ひろしと同じものだけど、漫画やポスターはない。僕の部屋の惨状から僕の情操教育に危機感を抱いた両親から譲り受けたローテーブルと、小さいソファ代わりのクッションが、そのうち事件でも起こしそうな社会不適合者の雰囲気を殺すためいつも頑張っている。

 そんなクッションの上に、明日加が座っている。彼女が家に来る前、僕はベッド側のソファにひとつ、ローテーブルを挟んで反対側にクッションを配置した。明日加は客人、上座下座と礼儀作法は色々あるけど、僕にとってそれより重要なのは徳川明日加をベッドのそばに近づけないこと。ただそれだけ。

「あぁでも、本とかは変わってるか」

 明日加は僕の後ろ側に手をついて、ベッドの側面に寄りかかる。僕の事前準備は、明日加の「この位置だとノート見辛い!」というぐうの音も出ない訴えで水の泡になった。だから今、僕はベッドを背に明日加と横並びになっている。

 今日、両親は家にいない。これもまた僕の想定外だった。共働きである田中ひろしの両親が日中家にいることはほぼない。だからこそ、二人の貴重な休みを明日加が家に来る日にしようとしたのに、都合がつかなかった。

 明日加の両親にそれとなく明日加と二人で勉強することを伝えたのに、「伝えてくれてありがとうね」と複雑そうな顔をされた。

 たぶんだけど、泊りますぐらいの意味を言ったやつになったのかもしれない。死んでしまいたい。

 女の子が男の部屋に一人で来ていいわけない。

 そう思うのは僕だけなんじゃないかと思う。別に酷いことをする気なんてないけど、この状況に恐怖がある。ネットで女の子の危機管理や男の犯罪がどうこうあったけど、そういうのを誰も見ていないんじゃないか、いや、あれはあれですごく感情的な文面になっていて、肝心の具体的な防犯対策には触れていない人もいるからどうも言えないけど。

 というかなんで男の僕がそれを考えなきゃいけないんだと訴えたくなる。訴えたら性別なんて関係ないと反論が来る。だから言えないしそもそも言う相手もいない。

 もう、3日後には死ぬのに。

 なのに僕は、延々と僕を認識すらしない周囲を気にしている。馬鹿だなと思う。

 誰も僕のことなんて気にしないのに。

「あ、あの本の表紙の人、私、画集持ってるよ」

「どれ」

「独下ケイ先生の本」

 明日加は立ち上がる。ふわりと石鹸の香りがした。甘い感じじゃない、白っぽい石鹸の香り。明日加は今日、前にボタンのついている白いブラウスにデニム生地のショートパンツを履いていた。ショートパンツとはいえ結局はズボン、スカートとズボンならばズボンのほうが露出面積はスカートのほうが多いはずなのに、明日加の今履いているそれは太ももが完全に出ていて、立ち上がる瞬間、視界に彼女の肌がちらついた。

 僕はローテーブルに置いてある麦茶を手に取り飲む。一旦コンビニにアイスでも買いに行こうか悩む。

「この表紙の人……えっと、装丁……」

 そう言って、明日加は装丁を担当した画家の名前を紡ぐ。

「え」

 しかし僕は明日加の言葉に違和感を覚えた。

 彼女が発した画家の名前は、さよ獄の作者だ。

「そ、その人って、画集出してるの……?」

「うん。漫画家さん? みたいなこと書いてあった気がする」

 明日加はそう言って文庫本を手に取り、こちらに持ってきた。

「こっち座って見ようよ」

 明日加に促されるまま僕はベッドに座り、文庫本を確かめる。

 確かに装丁の名前には、さよ獄の作者の名前がある。

 この世界は、さよ獄の漫画の世界だと思っていた。単行本の中にそのまま入り込む、というわけではないけれど、架空の世界に紛れ込むようなものだという認識だった。

 でも、これではさよ獄の世界の中に、さよ獄の作者が存在しているということになる。

 マトリョーシカの中に別のマトリョーシカがある、みたいな。

 そもそも僕は田中ひろしとして生まれたけど、明日加は明日加のままだ。本物の田中ひろしは一体どこにいるのだろうか。

 考えていると、「ねぇ」と明日加に肩を叩かれた。

「ああ、ごめん」

 そう言って、明日加に振り返り、僕は息をのむ。

 彼女はじっと僕を見つめていた。少し上目遣い的で、普段の彼女とは全然違う。そして僕の隣に座っていた。あれだけ彼女をベッドから遠ざけようとしたのに。

「勉強しないと」

 僕は床に座りなおそうとする。

「やだ」

 でも、明日加に腕を引かれた。男女の力の差は歴然なのに、いともたやすくベッドに押し倒され、僕は明日加を見上げる。

「あ、明日加」

「こういうことになるって何にも考えてなかったの?」

 明日加は僕を見下ろしている。冷ややかな眼差しだった。

「ど、どういうこと……」

「言わせたいの?」

 あざ笑うような声音が、やけに艶めかしくて視線を逸らす。明日加は僕の腰の上に跨っていて、無理やり突き飛ばせばこの状況から脱せられることは分かっているのに、どうにもできない。

「最近ずっと、上の空だった。出かけても、なんかずっと、日が過ぎるのを耐えて待ってるみたいで」

「明日加……」

「色々、待ってようかなって思ってたけど、でも、もう待つの疲れちゃったし、私は、絶対にひろしじゃなきゃ嫌だから……」

 そう言って、明日加は自分のブラウスのボタンを外し始めた。ひとつひとつ、真実を暴いていくみたいにゆっくりと。青いレースの下着の布地、今まで一度も見なかった肌の部分を前にして、僕は絶望的な気持ちになった。

 ──そこまで、田中ひろしが好きなのか。

 血の気が引くという感覚は、恐怖以外にも感じるのかと学ぶ。

 身体すべてが冷えて、落ち着きを取り戻した僕は明日加のシャツに触れた。露になっている前を隠すように、ボタンとシャツを止める。その動きに明日加は顔をゆがめた。

「ひろし、なんで……? 私のこと好きって言ったのに」

「好きだよ」

 この上なく、僕は明日加が好きだ。

 田中ひろしとしてではなく僕として好きだ。だから駄目になった。

 苦しい。田中ひろしとして好かれることに喜んでいればいいのに、僕は僕として好かれたくて、ありえない夢を見続けるのが愚かなのにやめられなくて、苦しい。

 偽りがないと判断したのだろう。明日加は僕を責めることも疑問をぶつけることもなく黙った。 その沈黙を僕は破る。

「8月が終わるまで待ってて欲しい」

「え……?」

「明日加は何も悪くない。8月さえ終われば、全部大丈夫になるから、そのときに明日加が、僕を好きだったらにしよう」

「なんで? 9月でいいなら今日だっていいじゃん!」

「駄目だよ」

 僕は今まで明日加を強く否定したことがない。そもそも、誰のことも強く否定したことがない。勇気がないし、そんな人間関係を形成出来たことだってない。

「ごめんね、明日加」

 僕は謝る。明日加は僕から身体を離し、逃げるように部屋から出ていく。

「本当に、ごめん」

 なにもかも。

 僕が田中ひろしじゃないことも、全部。





本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。

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漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生

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