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○318日前

「はぁ、本当にありがとうねゆかりちゃん……」


 カッターで画用紙を切り抜きながらため息を吐く。委員会中は野島先生の小言を聞かされ作業が進まず、かといって兄の驚きの提供に絶対手を抜きたくない私は、自宅での休日の作業をゆかりちゃんに手伝ってもらうことにした。今は岩井を含め三人でリビングの机を囲んでいる。


 こんな不穏すぎる状況の中、我が家にまで来てくれた彼女には頭が上がらない。もっと言えばゆかりちゃんと岩井を乗せてうちに二人を車で送り届け、帰りも送迎もしてくれるらしいゆかりちゃんのお父さんにはもっと頭が上がらない。


「気にしないでいいよぅ! お手伝いの約束してたし、舞ちゃんはお友達だもん!」

「ありがとう……ゆかりちゃんも何かあったら言ってね……!」

「えへへ。でもね、昨日お兄ちゃん、お父さんと喧嘩してたの。だから今日本当だったらゆかりずっとお家で二人に喧嘩しないでーって怒らなきゃだったから、舞ちゃんのおうち来れて良かったんだぁ」


 彼女は「だから今日はがんばろ?」と小首をかしげた。あまりの健気さに胸が詰まる。


「ゆかりちゃん……!」


 がばりとお互いを抱きしめあっていると、岩井が「おい」と不機嫌そうな声を上げた。奴は私たちを「手動かさねえといつまで経っても終わんねえぞ」と窘める。


「はーい」


 返事をして、私たちは作業に取り掛かった。今日は兄は自分の部屋でオンラインの英会話の授業を受けていて、それが終わったらこちらに合流するらしい。


「そういえば殺人鬼、男らしいぞ」


 しばらくしていると物々しいテンションで岩井がつぶやいた。そんなことニュースを見れば分かることだ。しかし彼は私とゆかりちゃんの怪訝な視線を見返すみたいに話を続けた。


「刺されんの、絶対女だって。そんでもって殺人鬼、火の玉操れるらしい」


「火の玉?」


「この間結構近くで事件起きてたろ? 近くを通りがかったジジイが見たんだって」


 そんな非科学的なことあるだろうか。でも、なんだか間抜けすぎるし、兄が関連しているかもしれない心配が少しだけ減った気がする。黒辺誠が火の玉操れます〜みたいなトンデモ設定はないわけだし。


「あ、ゆかりちゃんに岩井くん?」


 話をしているとリビングの扉が開き、お部屋で仕事をしていたお母さんがやってきた。岩井はともかくゆかりちゃんは度々家に遊びに来るし、母方のおじいちゃんやおばあちゃんのお葬式でお経はみんな彼女のお父さんにしてもらったから家族ぐるみで面識がある。


「ゆかりちゃんも岩井くんもまた背が伸びた? 座ってるから微妙だけど、なんだか会うたびにどんどん伸びてる気がするわ。すごいわねぇ」


 ゆかりちゃんは「これ以上は大きくなくていいかもです」と、岩井は「もっと伸びます」と対蹠的な言葉を発している。二人のやり取りを見ているとまた扉が開いた。


「あっ母さん、いた……、ちょっと今時間いい?」


「どうしたの?」


 兄はカメラ片手に困り顔だ。カメラをかなり気に入ったらしく、学校でも持ち歩くようになった。委員会でも机に置いていたりするけど、スマホじゃないからか注意はされない。


「ちょっと容量が無いみたいなんだ。動画入っててさ、家族旅行の映像だったから困ってて……ある程度空きがないとウェブカメラとして使えないっぽくて……あ」


 兄は私たちを見て「あとで合流するからね」と付け足した。私はお礼を言いながらも、ある一か所に目が釘付けになる。


 兄の持っているカメラ。そのレンズ部分が赤く発光している。撮影を知らせるみたいに、爛々と。その強く鋭い光を見て、さっき物々しく岩井が言った言葉を思い出した。


 ――殺人鬼、火の玉操れるらしい


 その火の玉って、カメラのことでは……。カメラに馴染みのないおじいさんが見たから火の玉と認識しただけで……。でも、ウェブカメラとして使うならまだしも、スマホがあるのにカメラを持っていく意味とは……。


 ゆっくりと、兄の方へ顔を向ける。変わらず瞳の奥が昏いのは分かったけれど、今日は一段と湿るように昏く、不気味に見えてしまったのだった。


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