冷夏
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。
黒辺誠は通り魔事件に映りこんでいたり、猫ではなく人間の交通事故現場を目の当たりにしたり、最悪な方向へ変化している。
でも、結局のところすべてデスゲーム開催に向けての予定調和なのかもしれない。
それを証明するように、元村エリと彼女の同行者は復縁した。
「エリちゃん」
「もー、なに?」
教室で、元村エリが彼女に抱きつかれている。女子同士特有のじゃれあいだ。
復縁した、という表現は恋人や夫婦に用いられるものだけど、二人を見ていると縁が再び繋がれたと捉えるのがふさわしい気がする。
親子や家族関係の離反は絶縁と言うし、暴力団を取り扱った映画で「絶縁」という単語が出ていた。男同士の交友関係でも用いられるわけだし、許してほしいと思う。仲直り、だとなんか違和感があるし。
そしてこういう違和感を持ってしまうからこそ、苦しむ気がする。黒辺誠は何でも予想通り、ようするに分かってしまうからつまらないと言っていたけれど、僕のこの違和感の解決策を教えてほしい。
なんて、くだらないことを考えていると、机をとん、と叩かれた。顔を上げると元村エリとその同行者がいた。
「田中」
「はい」
考え事をしすぎて、目の前の存在に気付かず田中ひろしのロールプレイを失念していた。
「はいってなに、そんなにかしこまんないでよ」
元村エリはバツが悪そうに言う。
「えっと……どうしたの」
「いや、この子のこととか、私のこと、色々ありがとうと思って」
「ああ……いや、べつに」
二人の仲直りは、シナリオ通りに事が進むからこそのものだろう。僕には関係ない。でも二人は漫画について知らないのだ。
とりあえずご都合主義解決要因として、仲直りの理由が僕にあると定義されたのだろう。
嫌な気持ちだ。何もしてない中で感謝されるのは。他人の功績を奪っている。田中ひろしの皮で徳川明日加に好かれている僕と同じ。寄生虫。死んだほうがいい人間のくせに。
「これさ、良かったら食べてよ」
元村エリが透明な袋に包まれたクッキーを取り出す。
「なにこれ」
「チョコレートクッキー、良かったら食べてよ」
「なぜ……」
「お礼」
元村エリは呆れたように言う。すると、彼女の同行者が補足するように続けた。
「田中くん、オーストラリア行けなかったじゃん。オーストラリアで二人で食べたチョコレートクッキーすっごく美味しくてさ、エリちゃんと一緒に再現してて、良かったら田中くんにも食べてほしいなって」
「あ……ありがとうございます」
「なんで敬語? もしかしてまずいんじゃないかって疑ってる? ちゃんとこの子の言う通り作ったから美味しいよ」
元村エリは若干不機嫌そうに言うが、おそらくこの振る舞いは元々のものだろう。
「じゃあ」
そして元村エリは去っていく。すると彼女の同行者も元村エリに追随しながらもこちらに振り返った。
「田中くん」
「ん?」
「ありがと。田中くんのおかげで、エリちゃんと仲直り出来た」
そう言って彼女がはにかみ去っていく。
申し訳ないと思う。こうして優しくしてくれるけど、僕は彼女たちを助けられない。
彼女たち、いや、誰かにデスゲームについて打ち明けて、デスゲームを食い止める、本当はそういう風にデスゲームに抗うのが一番いい。そうしないと、たぶん、みんな助かる手段はない。黒辺誠がデスゲーム開催をやめて、みんなでちゃんと卒業するのが一番いい。
でも、僕にはそれが出来ないと思う。僕がみんなの協力を得てデスゲームを止めるなんて信じられない。田中ひろしですら出来なかったのだ。僕に出来るはずもない。黒辺誠の凶行を止めるなんて。
だから、徳川明日加の走馬灯を優しくすることに注力する。
それに誰かを助けられるなら、徳川明日加に生きていてほしい。クラスメイト全員が死に導かれようと、徳川明日加にだけは生きていてもらいたい。自分以外のクラスメイトが全員死んでいる状況なんて、絶対にその先の人生、まっとうに幸せになることなんて出来やしないのに。
それでも、生きていてほしい。
彼女以外、全員死んでも。
だから元村エリと彼女の同行者に申し訳ない。僕は感謝されるような存在じゃない。徳川明日加の為なら僕は平気で二人を見捨てる。
凪いだ気持ちで二人を見送っていると、視界をさえぎるように目の前に白いシャツが現れた。顔を上げると徳川明日加が立っていた。
「明日加……」
「美味しそう」
明日加がどことなく感情の欠けた眼差しで僕を見る。一体何が美味しそうなのか。ああ、クッキーかと結論に至る。
「貰って……」
「うん。なんか、言ってたね」
心の奥底まですべて、冷え切ったような声音だった。
「食べるの?」
明日加が聞く。
他人から貰ったものをそのまま明日加に流すのも気が引けるし、なおかつこれは手作りの品物だ。他者からの手作りをさらに横流しすることは気が引ける。
「……良ければだけど、一緒に購買とか行く?」
「うん。ひろしが行くなら」
「じゃあ一緒に行こう」
僕は明日加と一緒に教室に出る。
「木本さんと仲いいの?」
しばらくして明日加が聞いてきた。
「木本さん……ああ」
元村エリの同行者の名字か、と気付く。デスゲーム開催の日が近づくたび、クラスメイトに対して、「個」という認識が薄れてきた。黒辺誠の被害者。どうしたってそういう前提がつく。長谷が転校してからなおさらだ。
そのためか、元村エリはまだしも泣いていた彼女については、元村エリの同行者としか思えなかった。
「仲良くないよ。話をしただけ」
「どんな話?」
「人間関係」
「ひろし、そういう話するんだ」
「まぁ……それより、夏休み、どうする?」
明日加の疑問に答えていく。戻ってしまっているなと思う。きちんと田中ひろしでいなくてはいけないのに。深海を潜り、底に近づかれているみたいな気がして、僕は話題を変えた。
「どうするって?」
「行きたいところある?」
「ひろしの家」
即答に、がくん、と膝が笑う。体勢を崩した僕を、明日加が見下ろす。
「付き合ってから行ってないから、行きたい」
どういう意味で言っているのか。背中に冷や汗が伝う。徳川明日加は誰より可愛くて綺麗だ。魅力的な人間だと思う。でも、本能的な忌避感のほうがずっと勝った。
「勉強するなら、外のがいいんじゃない。うち、あんまりエアコン効かないから」
僕は逃げの選択肢を選んだ。
「家の中に見られたくないものでもあるの?」
明日加が何かを見透かすようにしている。
そんなものはない。
「何もないよ」
見られたくないものがあるならば、僕の心のうちだけ。
何もない。何もない僕だけ。
田中ひろしの皮をかぶった、本当の僕だ。
そして家の中に見られたくないものがあるのは、黒辺誠だ。彼は、家の中の本棚に武器を隠し持っている。改造し、殺傷性を高めたエアガン、ナイフに包丁、一度に大量に仕入れれば咎められるそれは、夏休みの宿題のようにこつこつと地道に集められ、クラスメイト全員の命を奪う結果となった。
黒辺誠にとっては、最良の宿題の成果だろう。
「じゃあ、ひろしの家で勉強する。図書館は涼しいかもしれないけど、図書館に行くまでが暑いし、辿り着く前に死んじゃうよ」
明日加はパタパタと手で自分をあおぐ。おどけた仕草に安堵した。
なんだか大人びた雰囲気で言ってきたから、勘違いをした。
死刑になりたい。
僕は自分を戒めるように手のひらを握りしめる。
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。




