一度目の永久欠番
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。
黒辺誠がデスゲームにおいて使用していた武器は、一本の包丁だった。
ほかの生徒は極限まで殺傷性を高めたモデルガンや、斧にサーベル、チェーンソーまで用意されていたのに、接近戦しか許されないハンデを自らすすんで負った。
それはひとえに、黒辺誠が退屈だったからだ。なにをしても自分の予想通りになる。停滞気味の毎日に飽きた。しかしながら堂山のように自分の思い通りにならないことは嫌う。
気分屋というより、どこまでも自分の望むように場の状況を支配したい、サイコパスの習性。
そんな黒辺誠は一本の包丁を持ちながらも、多彩な手段で人を殺した。包丁で人を刺すのは、一度で飽きたからだ。
流しに顔を沈めて、階段から蹴落として、コンセントケーブルで絞め殺して、漫画の世界の彼は殺しにおいても完璧だった。
ちなみに義妹である黒辺舞は、自らの手で首を絞めて殺した。
理由は、首を絞めて殺したことがなかったから。それだけ。ドラマの殺人鬼は、殺す上で血の赤が好きとか、温度が失われる瞬間に焦がれたとか、常軌を逸した愉しみ方を述べる。でも黒辺誠は違う。新しいことをしてみたい、昨日食べたものと同じものを食べたくない、そんな日常に根ざした感覚を持ちながら、そのベクトルが常人のそれとは異なる。
完全で完璧な異常者だった。
「この応用問題は、正しい解法だと時間を取られるから、こっちの答えを出してからのほうがいいと思う。先生の求めてる解き方は違うけど、途中式は得点に関わらないから」
放課後の清掃前、正しすぎない優等生の顔で黒辺誠が姫ヶ崎に勉強を教えている。
「ありがとう黒辺くん……先生よりずっと分かりやすいわ」
「そんなことないよ。俺はただ、解ければ何でもいいってスタンスでいるから。理解できないものは捨てちゃってるしさ」
「捨てるだなんてとんでもない! 黒辺くんは良く理解してると思う」
「そうかな、だといいけどね」
黒辺誠は姫ヶ崎の称賛に笑みを浮かべる。
姫ヶ崎ゆりあは黒辺誠への好意を隠さなくなった。男子生徒とお昼を食べる黒辺誠の元へ向かったり、来館者増員を目的とした図書館でのイベントに誘ったりしているらしい。
二人の仲の進展は、今流行っている人気俳優と若手女優主演の恋愛ドラマよりずっとクラスメイトの関心を集めている。
「なぁ、これ黒辺の妹に渡しといてくれん?」
今日は勉強会に行かないらしい男子生徒が黒辺誠に声をかけた。手には紙袋を下げている。
「どうしたの?」
「この間、お菓子作ってくれたじゃん? それのお礼」
「これ動画で見たやつ! 駅の地下街のでしょ!」
周りの女子が「いいな~!」と自分のことのようにはしゃいでいる。
「あんなん選べるセンスあったんだ」
「彼女がやばいんじゃなかったっけ? サプライズ無いと大ギレって」
「別れたらしいよ。今あいつソロ」
「あぁ~無理もないよな。後遺症だ。可哀そうに。南無」
周囲の男子生徒が話す。
黒辺誠の妹──黒辺舞。
病弱とされる彼女は、勉強会でお菓子を作ったりと、クラスの面々をもてなしているらしい。黒辺誠への執着心が強くほかに対して当たりがきつい、とされているが兄の手前、けなげな妹としてふるまっているのかもしれない。
「別れたのさ、彼女に付き合いきれんかったのもあるけど、好きな人出来たかららしい」
「姫ヶ崎? 池田? 徳川?」
クラスで注目を集める女子として名前が上がるのは、大体三人だ。美人の姫ヶ崎ゆりあ、女の子らしい可愛さを持つ池田まゆ、そして明日加だ。姫ヶ崎は言わずもがな、池田まゆは将来ニュース番組の天気予報コーナーで名物になりそうな可愛さだと評判で、明日加は──彼女にするなら徳川だと言われている。姫ヶ崎は手がかかりそうできつそう、池田まゆはアイドルっぽい雰囲気もあり手が届かなそう、でも明日加は親しみやすさがありながら可愛さと綺麗さを持っていて、現実みのある彼女感があるらしい。
「あいつ、黒辺の妹が、好きらしい」
男子生徒の一人が声をひそめる。
「本気⁉」
「顔可愛いし、適度にちゃんとしてる感じがいいんだって。黒辺の妹だしさ、もっとしっかりしてそうなイメージあるじゃん。でも、元気すぎず、暗すぎずみたいな」
「長谷ライバル到来じゃん」
「長谷も好きなの?」
「ふつーに言ってた。黒辺の妹みたいな彼女ほしいって」
「黒辺が義理の兄ってハードル高くね? めちゃくちゃ比べられるしクラスメイトにお兄さんとか言うのキツ」
「でも、やべー義兄だったら黒辺のがいいだろ。優しいし」
「確かに」
納得しているが、実際のところ「やべー義兄」そのものだ。黒辺誠は。
人を殺せるのだから。
「お菓子ありがとね、悪いけど鞄に入れてもいいかな。落としちゃったら嫌で」
「大丈夫、妹ちゃんによろしく」
黒辺誠はお菓子を差し入れした男子生徒とやり取りを終え、「じゃあ続きは家でしようか」とほかの生徒を伴い教室を出ていく。
眺めていると視界をさえぎるように明日加が来た。
「ね、ひろし」
僕の名前を呼ぶ。ここ最近、明日加が僕の席に来るようになった。
「今度図書館行かない?」
明日加の手には図書館のイベントに関するチラシがあった。
クラスメイトの「なぜ?」という視線が集まってきている気がして、僕は声をひそめた。
「行かない」
「なんで?」
「ほかの人が、行くらしいから……」
明日加の望みとはいえ、図書館のイベントは黒辺誠と姫ヶ崎ゆりあが行くかもしれないイベントだ。参加して、明日加がデスゲームを待たずして黒辺誠に殺されるのは嫌だ。
「ほかの人と行くんじゃないの」
「違う。姫ヶ崎と……黒辺が行くらしいから、見られたくない」
「ふぅん」
明日加は「じゃあ違う場所ならいい?」と目をすがめる。
「もちろん」
「なら私の部屋ね」
「えっ」
ごく、と息を飲む。やけに響いた気がして、背中に汗が伝った。気付かれてないか不安を覚え、明日加から視線を落とす。
「嘘」
僕を見下ろすように眺めながら明日加は続けた。
彼女はそのまま「ひろしに予定あるなら、私は部活しとく」と教室を出て行く。
明日加の部屋には、小学生以来入ってない。漫画の田中ひろしは入っていただろうけど、中学に入学したあたりで明日加の部屋というか女の子の部屋に入る、というのが無理になった。女の子の部屋といっても明日加以外の女の子との交流なんてないけど。
別になにか悪いことをするつもりじゃないけど、でも、部屋に呼ばれることに戸惑った。そんなつもりないだろうけど。そういった想像が一瞬でもよぎったからこそ、返事が出来なかったし、それを悟らせて傷つけることが怖かった。
そして、激しい空虚に襲われた。
最近いつもこうだ。明日加と話をしたあと、無性に苦しくなる。自分の欠落や至らなさを思い知るみたいな、絶望とも言い難い苦しさだ。
日に日にデスゲームの開催が迫っているが故のものだろうか。帰るため教室を出て廊下を歩いていると、「田中じゃん」と声をかけられ足を止めた。長谷だ。
「どうしたの」
「なにも? いるなと思って声かけたんだけど、急ぎ?」
「いや……急いでない」
こういうところが、僕は駄目なんだろうなと思う。
普通にただ声をかける、という選択肢がない。僕なんかに声をかけているということは何か用があるんだろうという前提で対応してしまい、結果的に相手に気を遣わせてしまう。
「そっか、なら一緒に帰ろ」
長谷は自然と言う。僕には絶対できない芸当だ。羨ましい。こういうフランクさが欲しい。そうしたら、まともになれたと思う。
明日加にも、ちゃんとできた。さっきだって普通に「分かった」と言って、普通に部屋で勉強をすればいいのに、何故あんな。
鬱々としてきた僕は、長谷に意識を向ける。
「勉強会、今日はいいの?」
「今日はバイトなんだよ。行きたかったんだけどなー……っつうか田中って勉強会来たことないよな?」
「うん」
「なんで?」
デスゲーム前に殺されたくないから、とはいえない。死んでもいいけど、明日加の走馬灯を寂しくないものにするまでは死ねないし、死にたくはない。
「勉強は、一人派……だから」
「あぁ~集中したい感じか。俺もわりとそうだった」
「長谷が?」
素直に驚いてしまい、失礼すぎたとハッとする。長谷は「案外直球だなお前」と苦笑した。
「意外かもだけど俺結構ソロ派よ」
「かもじゃなく、意外……だと思う。いつも、クラスの中心にいるし」
「置いてもらってるだけだよ。いようと思っていれねーしな」
ふはは、と長谷は笑う。
「つうか死にそうな顔してたけど、どしたん」
かと思えば真面目な顔で問いかけてきた。
「死にそうな顔?」
「うん。なんか、寂しそうな、切なそうな顔してたから」
寂しい。
僕には無いはずだ。だってずっと一人だったわけだし。
「寂しくはないかな……僕もソロ派だから」
「本当にぃ……?」
長谷は疑いの目で僕を見る。
「うん。なんていうんだろ、なんか……特定の人と話をしたあと、ちょっと、自己嫌悪っぽいというか、空っぽな感じする、だけ」
長谷と接することに慣れてないからか、なんなのか、僕はそのまま言った。
「自己嫌悪ってあれ? あんなこと言わなきゃよかった! みたいな一人反省会?」
「それは別でやる」
「やるんかーい」
きゃっきゃと長谷がはしゃいでいる。明るい。僕相手でもここまで明るくできるのは才能だと思う。
「名探偵長谷くんの推理聞きたい?」
「……うん」
「本当に⁉」
「う、うん」
「なら今の間はなに?」
「いや自分から聞きたいって言ってきたんじゃん」
「それもそうか、ふはははは」
前の人生でも田中ひろしとしても、明るい人間に目をつけられることは多々あったし、正直不快だった。でも長谷に対して不快さはない。今まさに、うざ絡みとやらをされているはずなのに。
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。




