きみの好きなところ
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。
帰りのホームルームが終わり、僕はいつも以上に淡々と支度を終えた。
「あのさ、体育祭のことなんだけど」
すでに明日加は教室を出ている。僕も教室を出ようとすると、堂山が勢いよく立ち上がった。
「帰宅部組で、今のうちに練習はじめとかない?」
それまで放課後の始まりにどことなく浮きたっていた皆が、しんと静まり返る。
「え」
「体育だけじゃ足りないと思ってさ、テストもあるし、先にちょっとずつやるのどうかと思って」
誰とも分からぬ疑問の声に、堂山が答えた。
堂山は体育祭委員だ。ついでに応援団も兼任している。本来体育祭委員と応援団は別の人がするのが好ましいらしいけど、クラスで誰も立候補する人間がいなくて、堂山が「俺やりたい」と手を上げた。2軍3軍あたりだったらクラスから失笑されるような行動だが、堂山は、声や体躯もあってか、いわゆる1軍カーストトップ組。やる気に満ち溢れていても引かれない。頭も悪くなく、馬鹿にされたりいじられる所もないから強者であることに変わりはない。
正直、漫画で見る分には問題ないが同じクラスにいるという難しさは感じていた。
黒辺誠は教室を支配できるが、する気はない。クラスをこうしたいという方向性を持つこともない。
一方、堂山英雄は教室を支配できる素質を持った上で、クラスをこうしたいという方向性を持つ。それが、僕には苦しい。
これから先体育祭に向けて練習させられるのか。
辟易していると、凛とした声が響いた。
「ごめん、今日は妹の病院に付き添わなきゃだから」
「えぇ、黒辺がいないと始まらないだろ!」
堂山の言う通りだ。うちのクラスは、運動部が少ないわけじゃないけれど、体育祭に熱意を持ち取り組みそう、かつ運動神経のいい生徒は限られている。いわば堂山と黒辺誠ありきだった。
「そんなことないし、ほかの皆に失礼だよ。俺がいなくてもどうにかなるし」
黒辺誠は謙遜しつつも堂山を牽制した。堂山が鬱陶しいのか、それともクラスの皆を慮る人間を演じているのかどちらかは分からないし、しいて言えば気分かもしれない。
「そんなことない! お前しかいないんだって!」
堂山は悪気がない。というか直球すぎるくらい正論だった。体育祭で、うちのクラスの頼みの綱は黒辺誠。夏にクラスメイト全員皆殺しにしようとそれだけは確実だった。
「体育祭は、みんなで頑張るものだよ。でも妹には、俺しかいないから」
黒辺誠は堂山英雄の返事を待たずして教室を出ていく。
「ねぇ、黒辺くんの妹さんって……」
女子の一人が確信めいた響きを持ちながら切り出す。するとそれまで黙っていた池田まゆが躊躇いがちに口を開いた。
「調理実習の時、入院したことあるみたいなこと言ってて……身体、弱いみたいなことも……」
「堂山、謝ったほうがいいんじゃねえの」
サッカー部の男子たちが言う。
「え」
「ジジババでもねえしさ、入院って、結構悪いってことだろ。さっきしつこかっただろ」
「でも、俺、知らなくて……それに入院って言ったって怪我とかかもしれないし……」
「怪我だって治んねえ怪我かもしれねえだろ。足だったら歩けねえとか、色々あんだよこっちは。お前帰宅部だから分からねえだろうけど」
サッカー部の男子たちは吐き捨てるように続けると、教室をぞろぞろと出ていく。
黒辺誠が出ないなら出ない。堂山に協力もしたくない──そんな主張をうっすらとにじませながら、ほかのクラスメイト達も去っていく。僕も堂山に恨みはないながら、それとなく追従した。存在感の薄さが役に立った。ほっとしながら、僕は学校を出て、裏門に回っていく。
住宅街のそばの公園で、陰に潜むように明日加が立っていた。
「ごめん、ちょっと色々あって」
「何かあったの?」
「堂山が帰宅部で今のうち体育祭の練習しない? って言って……黒辺が妹の病院行くからって抜けて……便乗してきた」
「あぁ、妹さんいるって調理実習の時に話してたね」
「聞いてたんだ」
黒辺誠は女子から「声もかっこいいよね」と褒められていたけど、長谷ほど声は大きくない。だから明日加が会話の内容を知っていることは意外だった。
「まあね」
明日加は短く返す。
「そういえば明日加、体育、お疲れ様」
「ありがと~。普段の部活より疲れた」
明日加と一緒に公園を出る。みんなが使う通学路より一本奥まった場所だから、生徒の姿はない。
「なんか、一方的な試合だったね」
「私そんなやりすぎてた?」
「いや、みんな明日加に頼りすぎっていうかさ、明日加にパス回しておけばいいって感じだったから」
言いながら批判的だったと反省する。
前もこんなことがあった。明日加と僕が小学校6年生の頃だろうか。彼女は地元の新聞に取り上げられることとなった。学校があるから届いたプリントに記入する形だったけど「バスケをどうして続けているか」の返事に苦悩していた彼女に、僕は「楽しいからでいいんじゃない?」と言ってしまった。今思えば、馬鹿なことを言ったと思う。明日加みたいに才能がある人間は周囲から奉仕を望まれる。
応援してくれるみんながいるから頑張ってます。
みんなのためです。
たとえ応援してくれる人間が一人もいなくて、むしろ中傷される機会のほうがずっと多くても、みんなに感謝しなくてはいけない。だから最適解は「みんなが応援してくれるから」だった。実際明日加から言われた。「こういうのって応援してくれるからって言わなきゃいけないんだよ」と。
『でも応援してもらえなくても続けていいんじゃない』
僕は僕の人生を思い出さなくても、卑屈さがにじみ出ていた。
明日加はその言葉を受け、黙った。当たり前だ。こんな僕の言葉で助かる人間なんていない。駄目だった。ようするに僕は失敗した。
田中ひろしだったら、徳川明日加に寄り添った言葉で彼女のインタビューの相談にのっていて、きっともっといいインタビュー記事が出来ていたはずなのに。過去の自分の行いを思い出して無性に死にたくなる。
「ごめん」
僕は明日加に謝罪する
「なにが」
「明日加のチーム、ディスったから」
「ディスったの? ひどーい」
明日加はからかうように言う。ありがたいなと思った。フォローしてくれている。
他人から気を遣われるのは、配慮されている立場なのに勝手に息が詰まる。でも彼女の気遣いは、呼吸がしやすい。
「あ、ねえ」
歩いていると、それまで前を見ながら話をしていた明日加が、何か思い出したようにこちらに振り向いた。
「ん?」
「私のどこが好き?」
「え……?」
「だって告白してくれたじゃん」
明日加が得意げに笑う。教室やクラブ、部員たちの前では無邪気だけど、僕には──田中ひろしには、こうしてお姉さんっぽいような笑みの時もあれば、妹みたいな表情をしている気がする。
「ね、私のどこが好きなの?」
「え……せ、世話焼きなところ?」
「何それ、ひろしはお世話してくれる人は誰でも好きになるってこと?」
本当は、ゆっくりでいいって言ってくれたところ、だけどそれは田中ひろしっぽくない。そんな薄暗い好意を向けられても嬉しくないだろう。僕なんかに好きだと思われたり褒められたりして嬉しい人間なんていない。
「じゃあ、子供みたいなところ……」
「ロリコン」
「えっ」
明日加が足を止め、じと……と音がしそうなほどの軽蔑の目を向けてくる。
「ま、待って、考える」
「そんなに悩むくらい好きなところないんだ……ただ、彼女が欲しかっただけとか……? 身近にいた手に入りそうな女、捕まえただけなんだ……」
「そ、そういうわけじゃなくて、て、手に入りそうなんて思ってないし!」
「じゃあバスケが得意ところとかさ、即答してもいいわけじゃん」
「だってバスケが得意な人はいっぱいいるし、バスケが得意な人が好きなら女子バスケ部全員好きってことになるよ……?」
「ひろし女バス全員好きなの⁉」
「明日加が言ったんでしょ、バスケが得意なところって」
「だって私って言えばバスケじゃない?」
「明日加がバスケが得意なだけで明日加は明日加だよ」
「得意なだけってなに……?」
「そういう意味じゃなくて……」
焦っていると、明日加がふいに僕をじっと見つめてきた。そして、堪えきれなくなったようにくすくす笑い始める。
「え、明日加?」
やがて明日加は「なんでもない、あはは」と肩を震わせ、また歩き出した。
「私はね、ひろしのそういうところが好きなんだ」
「そういうところってなに」
「ふふ、どこでしょう~」
明日加は僕を置いてどんどん進んでいってしまい、僕は慌てて追いかける。
やけに楽しそうな明日加に戸惑いつつも、嬉しかった。
明日加が楽しそうで、僕は嬉しい。
──こういう時間が、ずっと続けば、僕はまともになれるのかな。
泡のように浮かぶ浅はかな期待を殺す。
徳川明日加が田中ひろしを好き、という設定がなければ、こうはならなかった。
誤解しないよう自分を戒めつつ、限りある時間の中、僕は明日加と帰宅した。
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
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