身に入れたくない
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。
中には、真っ黒な塊がいくつかある。
「ごめんなさい……タイマー、止まってたっぽくて……」
池田まゆが今にも死にそうな顔でそばにあったタイマーを指す。どうやら故障らしい。
「お、お昼、皆のぶん買うから……」
元村エリが続けた。今日は調理実習があることで、お昼を買う、持ってこなくても良かった。
「俺は大丈夫」
黒辺誠が即答する。
「今日、調理実習ってこと忘れて、弁当持ってきてたから」
そう言って、黒辺誠はバンダナに包まれた弁当を見せる。調理実習の料理と一緒に食べるつもりだったようだ。
「だから田中だけでいいよ」
黒辺誠は続けたけど、僕は首を横に振った。
「僕もいいや」
「田中くんもお弁当持ってきたの?」
池田まゆが問う。
「いや、食欲ない。今日も、調理実習どうしようかなって思ってたから」
僕は適当に誤魔化す。二人は「ごめんね」とただただ居心地が悪そうにしている。でも、調理実習で食事をするのも、二人に食事を買ってもらうことも、面倒だった。
そもそも、食事に楽しみだという感覚がない。前の人生からだ。
母親は僕にメニューを見せて「どれがいい」と聞くけど、僕が選ぶと「ええ、それは良くないんじゃない?」「こっちのほうがおいしそう」「こんなの?」と、店員が横にいようと大きな声で言う。「お母さんが選んで」と選べば、「好きに選んでいいんだよ?」と不思議顔だった。
それでも食事を残すのは勿体ないこと、という感性はあって、自分の食べきれなくなった分の処理を僕に任せていた。
だから僕は、母親が許容するメニューと、母親の残飯整理の二つを考慮してメニューを選ぶのが癖になっていた。だから、食べたいものを問われても、ない。好きな食べ物もない。
そして給食も起因していると思う。
食べ終えた後一緒に遊びに行く友達もいないし、話しながら食べているわけでもないのに、僕は周りと比べ食べることが遅かった。
正しい箸の持ち方が身についていなくて、箸で食べ物を掴むことがうまくいかなかったこと、それを何気なく担任に指摘されてから、周りの視線がこちらにきていないときに食べすすめるようにしていた。だから食べるのが遅くて、咀嚼していればもっと遅くなる。
ほぼ飲み込む状態だったけどそういう姿も見られたくなく、給食の時間は制限時間以内に脱出しなくてはならない迷路にいるみたいだった。
でも今、箸はきちんと持てる。
この人生の両親が教えてくれた記憶もある。前の記憶を得るまでは、何気なくしていた食事だけど、思い出してからは食事への価値が自分のなかで下がった。
一緒にいたい誰かと食べれば違うのかもしれないけど、作りたい誰かも作ってもらう誰かもいなかった。
だから、田中ひろしのために料理を作りたい徳川明日加の感情が分からない。彼女に報われてほしい、彼女のために田中ひろしを引き渡す。作ってと言われたら、勉強すると思う。でも、たぶんずっと分からない。自分が作ったものが──いや、自分の行動が誰かの喜びに繋がるなんて、想像できないから。
調理実習を終えた昼の休憩中、僕は校内を散策しながらスマホを見ていた。
「田中」
かけられた声に心臓が止まるような錯覚がした。振り返ると、黒辺誠がいた。右手には弁当を包んだバンダナ、左手にはジャムパンがある。
「ど、どうしたの」
「焦がしたのほかの班にもバレてたみたい。貰ったんだけど、俺弁当あるからあげる」
そう言って黒辺誠は僕にジャムパンを渡す。
「ありがとう……」
「全然」
そう言って黒辺誠は僕に並走する。どこに行くつもりか分からないが、方向が一緒なのだろうか。突然去るのも不自然な気がして一緒に歩く。
「調理実習好きじゃないの?」
黒辺誠が問いかけてきた。
「え」
「元村たちが焦がしたとき、反応薄かったから」
「あぁ……まぁ」
僕は言葉を濁す。
「人がべたべた触ったもの食べたくないって人もいるだろうし、田中がどうか分からないけど」
「僕は……食べられればいいっていうか、好きな食べ物とかないから……面倒だなとは思う」
「あはは、ちょっと気持ちわかる。面倒だよね。俺も、メニュー選ぶ時、本当になんでもいいってなるから」
だろうなと思う。黒辺誠が興味を抱くのは、命の取捨だ。
「それで……妹さんに?」
「うん。身体弱いから家でできる趣味として、料理にハマったっぽくて。頼んだわけじゃないんだけど……助かってるんだよね」
「そっか」
「……あ、じゃあ俺はここで」
黒辺誠は曲がり角を曲がっていく。どこかで一人で食べるのだろう。
黒辺舞が病弱。
ただ単に設定上の病弱なのか、サイコパスゆえに病的な虚言壁で適当を言っているのか、代理ミュンヒハウゼン症候群に近いものか。分からない。
僕は手元のスマホで学会のホームページにあるPDFファイルを開く。
子供を対象とした場合が多い、その周囲による疾患。
曲解覚悟で特徴を簡素化すると、健気に看病するいい人、という同情や注目をひく為、自分がある程度支配できる存在を弱らせるというものだ。たとえば親が作為的に子供に毒を盛り、虚弱体質に見せかけたびたび入院させては、看護師や医者、周りの保護者から「よく頑張ってる」といった称賛に満たされ、同じことを繰り返す。
厄介なところは、褒められたい、認められたいという感情が原動力であり、弱らせている対象を傷つけたいといった攻撃的な感情を伴わない場合が多いことだ。
ただ、黒辺誠は分からない。同情を引き自らの立ち位置を有利なものとする利己性と、妹を傷つけたいという攻撃性の両方を満たす為の可能性もある。
スマホから顔を上げ、僕は黒辺誠の向かった先とは反対方向へ歩き出す、その時だった。
「あっ」
誰かとぶつかりそうになり、寸前のところで一歩下がる。明日加だった。
「ごめん」
僕はすぐに謝る。彼女は「私のほうこそごめんね、大丈夫だった?」と心配そうな顔で僕を見た。
「大丈夫だよ」
「でも、なんかすごく暗い顔してたから……」
黒辺誠とデスゲームについて考えていたから。なんて言えるはずもない。「テストのこと考えてて」と簡単に答える。
「テストってまだ先じゃない? オーストラリアの前だけど……」
「うん、そうかも」
黒辺誠と会話をした直後だからか、うまく返事が出来ない。
「ひろし今時間ある?」
「うん、どうしたの? なにかあった?」
「ちょっと来てほしい」
明日加は周囲を少し確認するそぶりを見せた。僕はそのまま、目的地を言わず歩き出した彼女の後を追った。
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。




