入学式
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。
田中ひろしと徳川明日加の交流は互いが五歳のころにさかのぼる。徳川明日加の住んでいた家の隣に、田中ひろしが引っ越してきたことがきっかけだ。
徳川明日加は幼いころからスポーツが得意で、明るい性格だった。
しかしスポーツが得意すぎるあまり、彼女に敵うものは一人もいない。
孤独と戦い自分を高める個人競技ならまだしも、彼女が望み得意とするのはバスケットボールという集団行動が必須なもの。
彼女に敵う存在もいなければ彼女に並べる仲間もいない。
明日加ちゃんを混ぜると明日加ちゃんのチームが必ず勝つ。
物語の中盤、挿入された回想。吹き出しに囲われたポップ体によるインスタントな決別宣言。
子供はいい意味でも悪い意味でも、都合がいい。一方的に勝つことは好きだけど、自分が負け続けることは耐えられない。
明日加を混ぜれば必ず勝てるが、対照的に明日加がいなければ負けが確定し、皆で遊ぶ前に明日加の取り合いで勝敗が決まるようになってしまう。
そんなことを続けていれば普通に飽きる。皆で遊ぶ楽しい日々を取り戻すための最短ルートは、徳川明日加の排除だった。
そんな明日加のもとに現れたのが、田中ひろしという未熟者。彼は平凡、至らない人間が喉から手が出るほど欲する「普通」を持っているが、慣れない新天地で四苦八苦することになっているぶん、普段より能力は下がる。
そこを、明日加が補った。パズルピースのようにぴったりと。突出しすぎた才能に、凡才が機能すると誰が予想できただろうか。
田中ひろしというハンデが生まれたことで、徳川明日加は子供たちの遊びの場に回帰した。
日常生活でも同様だった。
幼稚園生は遊びの時だけ一緒にいる、なんて要領のいい関係性は築けない。徳川明日加も同じで、遊びの場で田中ひろしをリードするように、彼の日常生活もリードすることで輪に戻った。
田中ひろしが物を忘れれば貸してやり、田中ひろしが転べば手当をする。同い年の姉と弟。そんな二人を見守るみんな。
田中ひろしと徳川明日加の関係は、周囲から見ても本人から見てもそう称するのが最も正しかった。
二人が十歳になるまでは。
小学校に上がって、徳川明日加は近所のバスケットボールクラブに入った。幼稚園生のころと異なり、強ければ強いほど人気は高まり欲しがられる。
自室には、地区大会優勝のトロフィーや最優秀選手として選ばれた賞状が、マイボールを入れたバッグには、バスケットボールや彼女のユニフォームを模したフェルトのキーホルダーが、手首や腕にはチームの結束を示したミサンガが、周囲の彼女への期待や好意は、試合会場の歓声だけでなく目に見える形でも示されていた。
しかし、どんなに自分が交通安全に気を付けていても、前方不注意や飲酒により交通事故に遭うことがあるように、徳川明日加のような、誰かを意図的に傷つけようとしない、悪意を持たずとも、攻撃を受ける機会は訪れる。
徳川明日加のいるチームに負け優勝が出来ず、バスケットボールの道を諦めた子供の親が、公園で開かれた小規模な大会を終え、公衆トイレで一人になった彼女を狙ったのだ。
公衆トイレは危険が多いとされ、チームの保護者達は注意をはらっていた。
しかし、保護者達が警戒するのは男だけ。
子供を狙うのは、性的ないやがらせを目的とした男。
徳川明日加と同じような子供を持つであろう世代の女は、子供を守ることはあっても攻撃なんてしない。
そんな思い込みが隙を生み、徳川明日加は責め立てられた。
『人の夢を壊して楽しいのか』
『対して才能もないくせに調子に乗って』
『お前は絶対に幸せになれない』
その声は、男子トイレに響くほどの激しさだった。
明日加の男子トイレにいた田中ひろしは、その声を聞きつけ、女子トイレに向かい徳川明日加を助ける。不審者用のブザーを押し、周囲の大人たちに助けを求めながら外からは絶対開けられないトイレのドアを何度も叩き、明日加を助けた。
個室でヒステリックに叫ぶ大人、それも自分と親と同じ世代に詰められる恐怖にさいなまれているとき現れた田中ひろしは、徳川明日加にとってまさしくヒーローだったのだろう。
それまで自分が守るべき、と定義していた曖昧な存在が、男の子に変わり、徳川明日加の中で田中ひろしは特別になっていった。
でも、僕は徳川明日加を助けていない。
そもそも、明日加は襲われていない。
僕は田中ひろしの精神性を持たず、歩道橋で飛び降り他者との交流の面で欠けている僕のまま、今に至るまで生きていた。
漫画で徳川明日加が襲撃された大会の記憶は、今の僕にもある。大会の後、漫画では田中ひろしがジュースを差し入れしていて、徳川明日加はそれを飲みトイレに行った、のだと思う。
しかし僕はジュースの差し入れなんてしていない。
明日加のバスケの試合に誘われ、家族に連れ出されるかたちで向かったことはあっても、積極的に関わろうとはしていなかった。相手は徳川明日加。住む世界が違う。僕が差し入れなんてしなくても、徳川明日加のもとへは何でも集まってくる。
当日、僕らは普通に帰った。明日加はトイレに行っていない。僕は助けてないし、もし明日加が襲撃にあっていたのなら、僕は助けられなかった。
つまり僕の必要性は、田中ひろしと異なり幼稚園のころで消えている。
『将来、必要とされる社会の一員になれるよう、一生懸命に学び、悔いのない充実した三年間を過ごしたいです』
あれから体育館に集められ、今まさに入学式が行われている。新入生代表として壇上に立つのは黒辺誠だ。入試成績トップ、中学では生徒会長を勤め上げた彼は、在校生や教師も注目する中、堂々と新入生代表の挨拶をしている。
教師たちは緊張なんて微塵も感じさせない黒辺誠に感心しているが、そもそも緊張なんて、するはずないだろう。彼は僕らを人として見ていない。いや、人として見るという概念すらない。同じ世界の生き物と認識しているだろうが、だから生きていたほうがいいとか、死んだほうがいいとか、そういう思考すら持ち得ていないのだ。
ただ、そこにある何か。
道の先に立てば遮蔽物で、後ろにあるのなら景色。
黒辺誠は今、職員、在校生、新入生と三通りの人種を前にしているが、それは第三者の視点というだけに過ぎない。彼にとっては、体育館の床に引かれたバスケのコートラインも、壁を囲う紅白幕も、今語りかけているマイクも、すべて人々と同じ、どうでもいい『何か』だ。
紅白幕が一か所だけほつれていても誰も気に留めないように、生徒たちのうち一人が倒れたところで彼が心を動かすことはない。
「彼女とかいるのかな」
「いないわけなくない?」
「でも同中いないっぽいよね。高校離れてるならさ……」
黒辺誠の本質を知らない女子生徒たちは、彼に注目し、心惹かれている様子だ。あとで声かけに行こう、なんて彼の挨拶を聞き流しながら、ひっそりと作戦会議をたてている。
しかし、僕の前方に立つ徳川明日加だけは、盛り上がる女子たちと話しながらも、ぼんやりと黒辺誠を眺めていた。
明日加は教室に向かって早々、中学が異なる女子たちを束ね、もうグループを形成している。中学でもそうだった。あっという間にクラスに馴染み、本人はバスケ部に入ることが決定しているにもかかわらず、女子たちみんなで新入生向けの部活見学会に向かっていた。
一方の僕はといえば、教室に向かい、特に誰とも話をすることなく今に至る。同じクラスで話をしたのは誰か問われれば明日加だし、そのうち誰とも話さない日が来るだろう。
元々僕と明日加は、一緒に学校に行く習慣も帰る習慣がない。今日のような入学式や始業式など、少し特別だけど文化祭や体育祭のようなイベント感のない日に、なんとなく一緒に行く。それが僕と明日加だ。
そこは、田中ひろしと徳川明日加と、同じ。
僕は明日加のスカートから飛び出すように繋がれているイルカのストラップを見る。
田中ひろしは、明日加と同じイルカのストラップを持っていた。明日加が水色で、田中ひろしが青。それは勉強机に適当に置かれていて、とはいえしまわれることもなく、ただ在る。
僕はクラゲを選んでいた。机に出すことはなく、引き出しの一番下に入れている。
そういうところにも主人公である田中ひろしと、僕で違いが出ている。同じようにデスゲームが開かれない未来もあるかもしれない。
そう思えたら、どんなにいいんだろう。
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
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漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。




