田中ひろし転生済み
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
『愛され聖女は闇落ち悪役を救いたい』
KADOKAWA フロースコミック様にて
漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
コミカライズ2025/08/29日より開始です。
デスゲーム漫画の黒幕殺人鬼の妹に転生して失敗した。小説版にはない二人のその後も収録したコミック最終巻⑥巻が発売中です。
そして本作が韓国のRIDIさん(電子ストアサイトです。国内でいうシーモアさんやピッコマさんです)
RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。
「ひろし、どうしたの? 入学式始まっちゃうよ?」
鬱陶しいほどの桜の花弁が舞う通学路、黒髪ショートカットの女の子が、こちらを手招きしている。真新しい制服に身を包み、快活そうな雰囲気を持つ彼女は、徳川明日加、僕の幼馴染。
明るく男勝りで、小学生の頃は男子生徒に混ざりドッジボールで遊んでいて、中学に入ってからは女子バスケットボール部に入って、4番選手として活躍していた。成績は中の上で、数学は得意だけど英語と国語が苦手。暗記科目は高得点なものの応用問題では一切得点できず、平均よりちょっと上に落ち着く、一芸型。
文化祭や体育祭などイベントごとが好きで、行事には積極的に参加するものの1軍には入らず、それでいて1軍のギャルっぽい女子とも地味な図書委員の女の子とも仲良くできる、元気枠。
そんな明日加と幼馴染かつ、小学校から中学校に至るまで同じクラスだった僕は、どこまでも彼女と対照的な存在だった。
勉強もスポーツも、大きな苦手はないけど得意なものもない。特徴がない。
好みも同じだ。好きなものもなければ嫌いなものもなく、内申点のために一応放送委員会や図書委員会に入ったけど、それだけだ。ほかの委員がお気に入りのCDや本を熱く語る様子を眺めていただけ。
部活は帰宅部。かといって放課後にすることもなく、ゲームセンターに行ったり図書館で勉強したり、何となくで過ごしていた。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてて」
僕は小走りで明日加へ向かっていく。確かに並んで歩いていたはずなのに、彼女はずっと先にいた。
「昨日寝れなかった?」
「いや、なんか普通にぼーっとしてた」
「え~緊張してるの~?」
いたずらっぽくはにかむ明日加のスカートには、イルカのキーホルダーが揺れている。おそらくポケットに収納されているスマホに繋がれているそれは、小学校のころに校外学習で行った水族館で買ったものだ。
遊園地や海沿いのお土産屋さんで見かけるような、そこじゃなくても買える、種類だけ豊富なラメ入りプラスチックの既製品。
一方イルカは、ショーが始まりさえすれば、それまで水槽をゆっくり眺めていた人々を一気に集める、人気者。
明日加と同じだと思う。
そして明日加がイルカなら、僕はクラゲだ。
水槽の中から出ることなく、海にいたとしても半透明で浮いているだけのクラゲ。種類によっては深海に住むクラゲもいるらしい。イルカは深海では暮らさない。そんなところも似ている。
でも、こうして一緒に高校へ向かっているのは、イルカとクラゲが水族館という共通のコミュニティに強制収容されているように、僕と明日加の家が近いからだ。
個々を構成する要素も住む世界も違うのに、家が近いから一緒にいるなんて、まるで物語の世界みたいに思う。それに明日加の特徴を並べれば並べるほど、物語の登場人物みたいだ。
平凡で地味な男と、個性的な美少女。
物語の世界ならば何かしら起承転結があるだろうけど、ここは現実。なにもない。それに高校まで同じ場所に進学することになったけど、きっと大学、就職で離れ離れになるだろう。
明日加はきっとハッピーエンドを迎えるけど、僕はこの先、なんとなく生きるか死ぬかで、幸せとは無縁な気がする。
「小学校からずっとひろしと一緒だしさ、高校でもまた同じクラスだったりして」
「さすがにないんじゃないかな。結構クラス多いらしいし、岬中は僕と明日加だけだし、同じ中学が固まらないようにしそう」
明日加は僕をひろしと名前で呼ぶ。僕も彼女を明日加と呼んでいるけど、高校では徳川さんのほうがいいかもしれない。
小学校のころは誰だって当たり前だった互いを名前で呼ぶ習慣は、いろんな小学校の出身者が集まったからか、中学でほぼ消えていた。それでもからかわれることは無かったけど、高校はどうなるか分からない。
でも、「これから徳川って呼ぶ」って言っても明日加にからわかれそうな気がする。切り替え方に悩んでいれば、ふいに明日加が隣にいないことに気づいた。振り返れば、明日加は桜の木をじっと眺めている。
「どうしたの」
「蛹がある」
明日加の視線の先には、桜のつぼみの一角を占拠するように蛹がくるまっていた。まるで桜に守られているみたいだ。見入っているとどこからか雀が飛んできた。
桜に雀、まるで和室に飾られる日本画のような組み合わせだと思っていると、雀は蛹を鋭利な嘴でつついた。蛹はあっという間に地面に落ちるが、雀は蛹を気に留めることなくまわりの桜のつぼみを啄み、適当に散らしながらまた飛び立っていく。
「うわ……」
明日加は懐からポケットティッシュを取り出すと、一枚とって蛹を取り、そのまま桜の木の下に沿える。
「なにしてるの」
「蛹、多分死んじゃってるわけでもないから、埋めても羽化しなくなりそうで……とりあえず応急処置」
そう言って、明日加は「行こうか」と立ち上がる。蛹は中途半端に触れられれば羽化出来なくなる。それに成体になれたとしても、飛べない不完全な成長を遂げる。
だから多分、意味がない。そう思いながらも口に出さず、明日加の隣を歩いていれば、高校が見えてきた。もうかなり新入生が集まっているらしい。そして、もうグループが出来上がっている。さっき水族館のことを考えていたから、水槽みたいだなと思う。貝は貝、海老は海老、魚は魚で似たような種で分けられるのと同じように、皆大体雰囲気が同じ人間と群れをなす。そして群れの中でも目立つ存在──巨大水槽の中でメインとなる存在は、どこにでもいる。
「あの人でしょ? 入試の成績一番だったのって」
「顔見てあれ、普通にかっこよくない?」
「っていうか作文コンクールとか、美術のコンクールで名前見たことある。すごいよね、漫画の人じゃん」
女子たちがスマホ片手に一人の男子生徒に注目している。そしてその男子生徒は、すでに1軍っぽい目立つ男子たちの中心になっていた。
「名前なんだっけ」
「黒辺誠くんだよ」
黒辺誠。そう聞いて、視界のものすべてが停止したような錯覚に陥る。吹雪くように舞っていた桜も、一枚一枚意思を持って止まっているように見える。
そんな異常な空間で、その男子生徒──黒辺誠だけが動き、ゆっくりとこちらに振り返る。何の興味もなさそうに。見つめていればいいのだろうと言いたげに。
全てを飲み込む暗い海の底のような、深淵の目。目が合った瞬間、景色が漫画調に代わり、血で真っ赤に見えた。
後ずさっている間にも、桜の代わりに血しぶきが舞い、頭に映像が流れ込んでくる。
真っ赤な学校の廊下。月の光を受けて鋭く光るのは、包丁。その中央で静かに笑う、黒辺誠。その目は酷く虚ろで光がない。
彼は興奮しながら命を奪う過程や己の退屈について語った末に、一直線にこちらへ駆けてくる。ああ駄目だと武器を構え、そばにいた女子生徒を庇うが間に合わない。
黒辺誠の持つ包丁の切っ先が眼前に迫る。月光を反射したそれは、一瞬にして僕の心臓に突き刺された。赤い血が噴水のように吹き出る。
「ひろしくん!」
悲痛な叫びが廊下に響く。膝から力が抜けると同時に、肉が潰れる音がした。隣をみると、女子生徒が黒辺誠にわき腹を刺されていた。
僕は女子生徒に手を伸ばすが、どうにもならない。意識が薄れていく。赤が広がる。生ぬるい沼のそこから、冷たい水の底へ堕ちていく。
濁っていく視界のなか、静かに目を閉じる黒辺誠の姿だけがはっきりとしている。
「ひろし?」
呼びかけられてはっとする。道の先に立つ黒辺誠という男の制服は、しみもしわも汚れもない。周りの景色も、血の赤なんてどこにもなく、桜の淡い色みが広がっている。
さっきの映像は、いったい何だったんだろう。
「何でもないよ。だいじょ……」
早く明日加を安心させなければ。僕は彼女の顔を見て――僕は息をのむ。
ああ。駄目だ。
徳川明日加。僕──田中ひろしの、幼馴染。
快活で、皆の人気者。まるで物語の登場人物のよう──なんてものじゃない。
彼女は、「さよなら天国おはよう地獄」という漫画の登場人物。
夏休み、黒辺誠により開催されるデスゲームで殺される、被害者。
そして僕は、最終的に誰も守れず、最後の最後で殺される主人公──田中ひろしだ。
本作のコミカライズを担当してくださったぺぷ先生と新しいコミカライズがスタートしますのでご連絡です。
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漫画/ぺぷ先生 キャラクター原案/春野薫久先生
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RIDIAWARD2024(2024年のお祭り)の次に来るマンガ賞を受賞しました。ありがとうございます。




